アキバで拉致られババンバン♪ ③
Episode-file-03

パンツをください。
言うなればかなりの極限下で、かつ、かなりの悲壮な覚悟の下に血を吐く思いでぶちまけた、それは切なるお願いだ。
知らぬ間に全裸のまま、無機質で頑丈な病院のストレッチャーよろしくした担架の上に担ぎ上げられていた、この自分からしてみれば。
だがここは間違っても病院などではないのに……!
かくしてその訴えは見事に叶えられたようだが、何やら怪しい雲行きを相手の挙動から察して、顔つきに不安が広がる裸の大将、ならぬ、マッパのオタクだ。
無表情に近い真顔でこくりとだけうなずく監督官、村井はいずこか背後へと頭を巡らせる。
これに部屋の真ん中に置かれたストレッチャーの反対側に立つ女性、確か監査官とか名乗ったはず、神楽が静かに了解して応じる。
おそらくは先輩であろう相手に気をつかってのことなのだろうが、これに村井は構わないとみずからその場を離れるのだ。

「スーツでしたらば、わたしが用意しましょうか? そちらはあいにくとここには入りきらなかったので、この外に置いてありますから……」
「構わない。アレは重いからな。この彼のでかい体躯にあわせて作られているからなおさら……! ならば君はこのストレッチャーを邪魔にならないよう、この部屋の片側に寄せておいてくれ」
「わかりました」
「え、スーツ? パンツじゃなくて? やだな、重いって何が出てくるの? あっ、おれ、もう降りたほうがいいですか??」
病人よろしく担架の上に寝かされてはいたものの、別段どこにも異常はない。
服を着ていないこと以外は五体満足でいつもどおりピンピンしているのだから、そう思わず聞いてしまうとかく根が素直な青年だ。
それには無言で担架をみずからの背後の壁際へと移動させる女性監査官、神楽はてきぱきと配置換えを完了させる。
ただそんな無愛想なさまでもちゃんとこの上にじぶんが乗っかっているのを考慮してか、慎重な手つきで移動担架を動かすのを見つめる小宅田だ。
それだから気まずげなさまでも、この股間のイチモツが反応しないようにキュッと手のひらに圧を加えたりする。
幸いしゃれっ気のないメガネでその素顔が隠されていたが、メガネを取ったらけっこうな美人なのかなと思わせる雰囲気があった。
意識したらマズイのでただちに視線を逸らす童貞くんだ。
一度殺風景な部屋から姿を消した男の自衛官とおぼしきは、またすぐにもガチャリとドアを開けて入ってくる。
その時には両手に小型のストレッチャーみたいな台車を携えて、部屋の片隅に控えていた後輩の女性自衛官らしきを伴いながら、このすぐ目の前までガラガラと音を立てて歩んでくるのだった。
そのさまをただぽかんと見つめる裸のふとっちょくんである。
怪訝な眼差しを真顔のおっさんに向けてあぐらをかく。
もはやきちんと正座だなんて馬鹿らしかった。
そんな不作法者を気にするでもなくした当の中年、村井はみずからが持ち出したモノを指し示す。
「オタクダくん、きみ用の専用装備はすべからく正規品がこちらで用意してある。見ての通りだ。さあ、遠慮せずに着てくれたまえ」
「…………専用装備? え、なんスか、コレ?? おれ、パンツが欲しかっただけなんですけど? なんかやけにかさばるけど、これってみんなおれ用のヤツなの? なんで??」
見た目きれいに畳まれているが、きっと広げれば人間大の大きさの何かしらなのだろう。
おまけにこのじぶんみたいな肥満体型の成人男性向けの、たっぷりとしたボリューム感の。
それにつき目元がだいぶ引きつり気味のいまだ全裸の青年に、男の背後から悪気もなくしたメガネ女子がさりげない説明をよこしてくれる。
聞かされる側からした悪意のカタマリみたいなヤツをだ。
「そちらはちゃんと各部の採寸を済ませて、あなたにピッタリのジャストサイズに仕立ててあるから、この着用につき何ら問題はないはずです。見ての通りで結構な税金が投じられていますが、気にせずにお召しになっていただければ? この世であなただけの、まさに一点物のパイロットスーツですから……!」
「あのぉ、ツッコミどころが多すぎてもはやまともに口を聞く気にもなれないんですけど、採寸なんていつしたの? このおれがここで寝ているあいだ? だからこんなマッパなの? この世にプライバシーなんて概念はもはやなくなったの?? ついでに人権とかも??」
顔つきが苦み走るばかりのオタクに、すぐこの正面に立つ監督官がたちまち破顔して応じる。
ただしこちらも大概、ふざけていた。
「ハッハ、まさか、馬鹿なことを言わないでくれ! つい今のさっきで、こんな急に作れるわけがないだろう? モノは全く違うが、言うなれば空自のパイロットがジェット機に乗り込むような正規のフル装備のパイロットスーツだよ? ちゃんと前々もって採寸は実行してある。そちら向きの有能な密偵機動部隊員たちの手によって! その際、第一次の適性検査もしっかりとパスしているのだから? よってあとは実働試験あるのみだ。さあ、まずはそのパイロットスーツの装着を。すぐにも実戦が控えているのだから!」
「この国はいつからこんな独裁国家にぃ? 待って、これって着たらマジでヤバいやつなんじゃ? 着なくてもヤバいけど、おれはほんとにパンツが欲しかったですぅ! 白のブリーフで構わないからぁ!」
「いいえ、巨額の公金を投じてあるのだから、それはありえません。だからこそ監査官としてこのわたしも見定める必要があるので、小宅田さん、あなたもすみやかに装着を願います。これは言うなれば国家プロジェクトです。そしてもう時間がありません……!」
またしても男の背後からのメガネのおねーさんのだいぶ斜め上からのツッコミに、反論の余地がなくなるオタク、もとい小宅田は半泣きでうなだれる。
「はあぁっ、人生ってこんなにもあっさりと終わりを迎えるんだ。おれまだ若いのに! パイロットスーツって、おれはただのしがないデブのオタクですよ? てか、あんたらが言うオタクって、そもそもなんなの???」
「いいから、まず着はてみたまえ。移動寝台の上では危ないから、まずはここに降りて。着るのは簡単だから。最終的な目視のチェックをして、ただちにこの場を移動だ。現場は荒れているらしいからな!」
「現場? 説明はなしっスか? てかこれ、ほんとにイカついな! マジでパイロットのスーツじゃん? いくらするの??」
ただ真顔で見つめられて、しかたなく手にした装備品と向き合う青年だ。
およそ、五分後――。
「………………」
このじぶん専用の装備品だという、やたらに重装備のパイロットスーツらしきものを、いやいやで着ることになるデブの青年――。
小宅田 盛武は、あますところなくがっちりと固められたみずからのスーツ姿を見下ろして、言葉もなく立ち尽くしていた。
正直、途方に暮れていた。
目の前の自称、監督官が言うとおり、着ること自体はそう難しくはないのだが、着た後が問題だ。確かにあらかじめ採寸済みだったとあって、着心地自体は悪くはない。むしろいいくらいだ。しっかりとなじんでいる。なんなら普段着?に欲しいくらいだ。いくらするんだろう?
もとい!
気がつけばこんなわけのわからない格好をさせられてしまったおのれの境遇が謎すぎて、顔にひたすらに暗い影が走る青年だった。
およそすべてが想定外過ぎる。

「…………なに、コレ? やたらにガッチリしてるんですけど? マジでガチのパイロットスーツじゃん! なんでおれが着てるの??」
困惑の表情でおそるおそる目の前の背の高い中年男性を見上げるに、まるで感情が表に出ない自衛官? 村井は真顔で言うのだった。
「良く似合っているよ、オタクくん、もとい、小宅田くん。加えてかくも協力的な姿勢を見せてくれて、まことに感謝する」
どの口が言うんだ?
内心で複雑な思いの小宅田は顔つきがなおのこと苦み走る。
そんな本当に思っているのか怪しい限りの言葉に、パチパチと乾いた拍手が重なる。これも本気で思っているのかわからない、背後の若い女性自衛官のものだとわかるが、そちらには極力目をやらないようにして、正面の村井と向き合う囚われのオタクだ。
「ま、まあっ、とりありえずちんちんを隠す必要がなくなったのはいいコトなんだよな? たぶんっ! でもなんかやたらにゴチャゴチャしてるけど、こんなのわざわざ着込む必要あるの? そもそもがなんなんだっけ……えっと……」
戦いた眼差しを目の前に向けるに、平然とそこに仁王立ちする細マッチョの体格がいかにも自衛官してる村井は、ことさらに堂々と応じる。
どこにも罪の意識はないらしい。おっかないこと。国家権力のなんたるかをまざまざと見せつけられる思いの小宅田こと、盛武だった。
「ふむ、どこにも支障はないようだね? アラート(警告)サインが出ないからこれにて準備完了だ。最後にいくつか質問はあったりするかね? 時間がないからそう長くは割けないが、最低限度のQ&Aには答えよう。さあ?」
「えっ、ええ~~~? いや、わからないことだらけで、もはや何から聞けばさっぱりなんだけど、おれじゃないとダメなんですかね? この格好から見てわかると思うけど、おれ、さっぱり向いてないと思うんだけどなあ? ねぇ?」
こんなの運動能力のまるでないデブが調子に乗って身の丈に合わないコスプレをやらかしているの図にしかならないだろう?
そう言わんばかりにこのみずからのデブデブの身体をタプタプと揺らして見せる。だがこんな時だけ満面の笑みのおじさんときたら、文字通り一笑に付してオタクの言い分を即座に却下だ。
「問題ない。完璧だよ。オールグリーンだ。もはや君以外にありえない。税金もたっぷり使っている。わかるだろう? 逃げ場なんて、ない」
「はあっ、はああっ……! ほんとに泣いちゃうよ、おれ。あ、なんかロボって言ってしましたよね? それって……」
半泣きで泣き言を言うデブ、もといモブに、忌々しいことただちに真顔にもどる村井は、ひどく険しい眼差しだ。
「そのあたりについてはみだりに口にすることはできない。国家機密なのだから。むしろ実際に見てもらったほうがわかるのではないかな? 案ずるより産むが易し、当たって砕けろの精神で君には何事にも邁進してもらいたい。税金かけているんだから」
「うっさいな! おれはそんな金なんかひとつももらってないですからね! 実感ないし、だったらこのスーツ、こんなにガッチリ全身固めてるのに、この両手だけは素手なんですか? あとこの頭もまんま素顔さらしちゃってるし……!」
目の前の台の上を探しても、頭にはめるメットや両手のグローブらしきはどこにも見当たらない。
すると果たしてそこではじめて、かすかにたじろぐような困惑の表情をその顔に浮かべる監督官だ。
そもそもで監督官という響きも怪しくて仕方ないのだが、社会人で言ったら脂の乗り切った働き盛りの中年オヤジは、さも口惜しげに何やらぬかす。
「そ、それはっ……! 申し訳ない。はじめに言っておくべきだったね? 残念ながら目下、きみが頭にはめるヘッドギアはデザイン途上、もとい作製途上でまだ少し時間を要するのだ。だが本来の運用にはさしたる支障はないだろう。今のところは……」
聞こえだけはもっともらしげなのらりくらりした言いように、だが元からさしたる気がないモブは覚めた目つきでテキトーに聞き流す。どうでも良かった。なんなら逃げ道のほうがよっぽど聞きたい。
「へー……? じゃ、この手にはめるヤツもまだこれからなんスか? なんならそこらのホムセンあたりで売ってる、安い軍手でいいような気がするんだけど?」
「いや、それでは傷つけてしまうだろう? きみの何より大事な、アレを……」
「は?」
何の気なしに言ったセリフにことさらな真顔で返す村井だ。
怪訝な顔で聞き返すモブの表情がさらに曇った。
それまで黙ってことの成り行きを見守っていた若い女性自衛官、監査官の神楽が背後からこれを諫めるのがまるで理解不能だ。
「監督官。それ以上は、重大な国家機密にも関わりますので……!」
「はっ??」
あんたらなに言ってんの?
はっきりとこの顔に不信感が表れているのを、まるで歯牙にも掛けない目の前の公務員は、おまけ涼しい顔で話を勝手に切り上げる。
「時間だ。それではいざまいろうか。きみの戦場はこのすぐ側にある」
「いや、まだなんにも納得どころか理解もできてないんですけど? できたら弁護士呼んでもらえません? その権利あるでしょ、今のおれには? 間違いなく!」
「いいえ、なにぶんに多額の税金が絡んでいますから。国家権力の前には残念ながら……ごめんなさい。ですがこのわたくしたちも国民の血税が露と消えないよう、最大限のサポートをさせていただく所存です。国家を揺るがす災害への防衛は、わたしたち自衛隊が身命を賭して立ち向かうべき最大の使命です」
「おれ自衛隊じゃないですぅ! まだ入隊してないしぃ! 何やるのかもまだ知らないしぃ! 車の免許すら持ってないしぃ!」
「大丈夫。すべてクリアしている。こうしてそのスーツを着た時点で、もろもろの同意は得ているものとされるのだ。よってそのあたりの書類は後日送付するので、すべからく署名してこちらに返送、わたしに手渡しで構わないから持ってきてくれたまえ。シャチハタで構わないから。しょせんは便宜上だ。それより戦場がきみを待っている。さあ……!」
「お、おれの命日って、ひょっとして今日だったりするのかなぁ……!?」
非情の監督官の言うとおり、彼の戦場はそこから歩いて、わずか一分足らずの場所にあった――。
次回に続く……!




























































































