アキバで拉致られババンバン♪ ②
Episode-file-02

目を覚ますなり思わずけたたましい悲鳴を上げてしまった――のは、そこがまったく身に覚えのない知らない場所だったからであり、それまでの経緯がさっぱり不明で、かつ、見知らぬベッド?の上に正体もなく横たわっていたこのみずからが、あろうことか真っ裸だったからだ。
それは寒いのもしごく当然!
パンツすら履いてないすっぽんぽんの自身の股間の分身は、小さくすくみ上がっているのが見なくてもそれとわかる。
もとい、体型が太っているので位置的に見えなかった。
「え? え、ええ?? なな、ななななななななっ、なんで!?」
知らない灰色の天井から、この視線を真下に落とすとこの視界の中に誰かしらの人影らしきが見て取れる。
強い視線が感じられた。
無論、知らない人間だ。
おそらくはふたり、仰向けに横たわるおのれを間近から見下ろしている。
間にじぶんを挟んで左右に分かれて立つ内の、すぐ左手に立つのが男で、ちょっとだけ距離を置いた右手にいるのが女性の影だとその細いシルエットから理解できた。
そう広くもなさそうな薄暗い室内で、ぼんやりしたふたつの影が、こちらをじっと見下ろしている……!

「だっ、だっだっだ、だれっ!? え、おれなんで! ここどこ!? てか誰!!?」
完全にパニックに陥っている素っ裸の青年に、対する二人の謎の人物はしごく落ち着き払ったさまで応じてくれる。
その冷静なありさまも含めてびっくり仰天の彼を見ながらに言うのだった。
「お、ようやく目を覚ましたな? ふむ、いささか興奮気味のようだが、まずは鎮静剤でも打ったほうがいいものかな? このオタクくんは……」
「ち、ちん!? ナニ言ってんの? てか、そもそもで誰なんだって!? マジでこのおじさんてば!!」
のっけっからただならぬ気配と危機感に仰向けのままで身体を硬直させる青年だが、それをもう一方から見つめる細い人影が静かに諫める。
ただし言っているのはじぶんにではなくて、むしろこの間近に立つ男にであるようなのに、ちょっとだけ心拍数が下がった。
「いえ、その必要性はないものと思われます。監督官、あまり強行な手段はみだりに講じないように願います。職務とは言え、後々に職権の濫用だと疑われる行為は、見過ごすわけにはいきませんので……!」
「わかった。留意しよう」
「お、おれはなんにもわかんない! 待ってよ、ここどこっ、なんでおれはハダカなの!? おじさんさっきから真顔で怪しすぎるって!!」
「あとちなみに、わたしはおじさんではない。その点は留意してもらたいな。こう見えてちゃんとした名前と役職があるんだ。つまるところでそう、オタクの特任パイロットの、小宅田 盛武〈オタクダ・モブ〉くん、きみと同じでな?」
「オタク?? え、おっ、お、おれの名前を? なんで?? まったく知らないおじさんなのに? あと、そっちはおねーさん??」
当たり前みたいな顔でズバリ、おのれの名前を言い当てられてしまい、ひたすらキョトンとするまだ若い男子は、こわごわとふたりの大人たちを見上げる。
およそ三十代半ば過ぎの男と、もっと若いお姉さんぐらいかとだけ認識して、それ以上は思考が停止していた。
この見た目の格好からだけではそれが何とは判別できない。
しがないフリーターであるじぶんとはまるで別世界のお堅い仕事柄の格好であることだけは予想がついたが……。いかんせん、普段からスーツ姿の仕事人とは会うこと自体が希な職域で生きながらえているこのじぶんだ。
相変わらず真顔のまじめな社会人らしき人間たちを目の前にして、ちょっと引いてしまう情けのないじぶんを、こんな時にも意識してなおのこと身体が硬直する。
それになんか、やけに寒いんだよなぁ……?
とみずからのありのままの姿を改めて見るにつけ、ギョッとして跳ね起きて仰向けからただちに正座へとこの姿勢をただす。今さらながら。
それまですっかり開けっぴろげにしていた、このみずからの股間を両手でしっかりとガードしながらだ。
そう、特に右隣のお姉さんの視線から……!

「あっ、あっ、ああ! ごめんなさい!! ひいっ、もうやだよっ、こんなカッコで!? おれどうしてマッパなの? おれなんか悪いことしましたっけ!!? あとこのおじさん返す返すも誰ぇ??」
半泣きでパニックしながら涙目で見上げてくる若者に、ちょっとだけ困り顔になる中年の男は、咳払いして鷹揚に応じてくれた。
悪い人間ではないのだろうか?
この状況ではなかなかに判断がしがたい。
「おほんっ! まあ、気持ちはわかるが、少し落ち着きたまえ……! 見ての通りで、わたしは怪しい者ではない。とは言え一口には説明がしがたいので、この場ではあえて省かせてもらうが、とりあえず監督官の村井とだけ答えておこう」
しれっとした語り口で何やらやけに都合のいい申し開きに、どこにも合意なんてものができない裸の青年はひどくいじけた物言いになる。
できたらパンツが欲しかった。
「えっ……は、省いちゃうんですかぁ? でもおれからしたらぁ、一番知りたいことなんですけどぉ……! それになんでマッパなのかぁ、さっぱりわからないんですけどぉ、これも省かれちゃうんですかぁ? あとそっちの若いお姉さんの視線がぁ、すっごく気になるんですけどぉ……!!」
みずから村井と名乗る男のことよりも、むしろ右手に立つ女子のことをよっぽど気にしているような青年の返事に、やや肩をすくめ加減の中年男性だ。
仕方もなしにおのれの正面へと視線で何やら促すのだった。
するとこれを了解した当の若い女子が、落ち着きはらったさまでみずからの口を開く。
「ごめんなさい。驚かせてしまったのならば、この通り謝ります……! ですがここはれっきとした国の正規の施設で、詳しいことは省かせてもらいますが、あなたの身柄は安全に確保、もとい、保護されています。ですからどうか安心して、そんなに緊張しないで……」
「やっぱり省かれちゃうんだ? この状況でそれは無理というものでは……なんかマジで泣きそう……!」
がっくりとうなだれるのに、男がまたまじめな顔でもっともらしげなことを付け加える。
「そんな状態でなんなのだが、君の安全は保証する。我々に関しては機密事項が多いのでそう多くは語れないのだが、とりあえず、自衛隊の関係組織だとだけは明かしておこう。どうかな、少しは納得ができたかね?」
「え、自衛隊? それってまさか、あの、神隠しの特務部隊……みたいな?」
めちゃくちゃどん引きしていた青年の青い顔が、ついには驚きにより真っ白へと変わる……!
泡食ったさまで男へと向き直った。隠していた股間がおろそかになるほどの動揺ぶりで正座の姿勢が崩れてしまう。背後にどっと尻餅ついて、うわごとを発するようにわめくのだった。
「そっ、それっていわゆるあのひとさらい部隊でしょう!? 昨今のSNS界隈で話題が持ちきりの!! マジでヤバいじゃんっ、おれ、このまま行方不明でどうにかされちゃうの!? 秘密の地下施設で死ぬまで奴隷労働とか、怪しい実験の被検体とか!?」
寒さだけではなしにガクガクと震えるのに、対してこれを見下ろす男は、いまだ落ち着いたさまでかすかにため息をつく。やれやれとでも言いたげにかぶりを振って、ぬけぬけと言い放った。
「……フフ、さすがはオタクくんだな? 情報がかなり偏っている! きみ、それは世間一般に流布されるそれこそ都市伝説というもので、実態はまるで別のものだ。当然だろう? まあ端的に言ってしまえば、きみはこれから巨大ロボに乗っかって悪の存在と戦うのだから! どうだ、納得がいったかね?」
「なおさらヤベーじゃんっっ!!? あ、わわわっ!! 見ないで!!!」
たまらずに大股おっぴろげてがなってしまうのに、もう一方の無言の女子の冷たい視線に慌てて太った身体を縮こまる。相手はメガネ越しでこのレンズの反射具合では視線の向きが定かでなかったが、今のはもろに見られていたはずだ。
こんな真っ裸ではこのちんちんどころか尻の穴まで見られかねないと、うめくような泣き声が漏れ出た。
「せめてパンツが欲しいっ……! ひととしての尊厳が保たれないよっ、こんなんじゃっ!? まじめな話なんてできっこない、てか、これってまじめな話し合いなのっ!!? まずは服を返すところからはじめてよっ、あとおれのおサイフとかケータイとか、人権とか、いろいろ喪失しまくってるんですけどっ!!?」
悲壮な表情を男へと向けると無情な真顔の自称、監督官、ないし自衛官は覚めた調子で答えるばかりだ。
「無論、まじめな話だよ。きみの衣服や所持品についてはちゃんとしかるべき場所に保管されているはずだ。おそらくは。あいにく我々の領分ではないのでしかるべき人間に掛け合ってもらいたいのだが、代わりなるものはこちらできちんと用意する。心配はいらない」
「…………絶望って、こういうコトを言うんだ? おれもう詰んでますよね??」
意気消沈して傍らのお姉さんに目を向けるに、相手は気の毒そうに無言で静かにこの顔を逸らした。本気で救いがない。そんなところに男がトドメを畳がける。どうやら厄日みたいだ。
「話を本筋に戻そう。意味もなくこんなことになっているわけじゃないのだ。我々の目的は、そんなうさんくさい都市伝説やネットの風説とは無関係な、実社会に基づいたあるべき社会活動なのだから。ではそれにつき、昨今のテレビやメディアの報道、きみも聞き及んでいることだろう?」
「? なんのことですか? おれ、どっちかっていったらオールドメディアよりもネット派なんですけど?? まずこの状況をどうにかしようと思わないんスか? おれいつまでハダカなの?? じゃあもうこのちんちん隠さないスよ?」
「隠さなくていい」
「ダメだろっ! すっかりパニクって興奮しちゃって、アソコがひとさまに見せられないくらいに暴れちゃってるんだからっ!! おねーさんはできたら部屋から出てってくれません? せめて背中を向けるとか??」
懇願する青年に、真顔で見下ろすあまり見かけない色合いのスーツ姿の女子は、にべもなくこれを完全拒否の構えだ。
「ごめんなさい。それはできないの。わたしには監査官としての職務がありますので。申し遅れました。あまり多くを語れないのですが、わたくしは監査官の神楽とだけ名乗っておきます。今はそれだけで、徐々にこの壁を埋めていきましょう」
「この壁? 壁があるんスか、まあそうか、こんなだもんね? おれ……」
「話を戻そう。ネットでも話題は尽きないはずだから、お互いの認識はそう違わないはずだ。君の今後にも大きく関わる……!」
「おれのはなしはマジで無視なんだ。もうどうでも良くなってきた。監査官てちんちん見るのが仕事なんですか? その真顔はマジでキツいです。見せたらプレイになっちゃうからおれの尊厳がどうにかなっちゃう! ただの変態じゃんっっ!!!」
もだえるマッパを見下ろして監督官と名乗る男は真顔で言い放つ。
「第三種災害……! この言葉はすでに聞き及んでいるだろう?」
まったく浮かない顔で応じる青年、このまわりからオタク呼ばわりされる小宅田はちょっと不機嫌に文句を垂れる。
「それこそ都市伝説じゃんっ! よくわかんないイタズラとか凶悪犯罪とか、いろいろと頻発していて、警察が苦戦してるのは知ってるけど、犯人も動機も原因もまるでわからないんですよね? むしろあえて隠してるみたいな? で、そこにとうとう自衛隊までもが関与し出してって……それで今のこれなの?? うそでしょ」
「きみがオタクで良かった。じゃ、そういうことで、さっさと話を進めさせてもらおう。何だね?」
奈落の底に突き落とされたみたいな絶望の表情で見上げてくるオタクにどこまでも無表情に相対する無慈悲の監督官、村井だ。
「ああっ、おれ、マジで詰んでる! 返す言葉が見つからないよ、ムリだって……おねえさんにも見られてるし。ああ、でもちょっとだけ落ち着いてきたから、せめて言えることだけ言っておこう……! あのっ……」
いっそ泣き崩れてやりたいくらいの心持ちをどうにか立て直して、自称・自衛官にすがるような眼差しで訴えるのだった。
せめて一言――。
「パンツくださいっ……!」
風邪ひいちゃうと涙ながらの訴えに、果たして男は無言でうなずくのであった。
めでたく合意がなされたでも言いたげなのに、とつもない不安が押し寄せるオタクの青年なのだった――。
次回に続く……!
