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「オフィシャル・ゾンビ」11

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 11

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり異形の亜人種=ゾンビであることを告げられたお笑いコンビ、「アゲオン」のツッコミ担当、鬼沢。
 人気のお笑いタレントとして活躍する傍ら、裏ではゾンビの公式アンバサダーとしての活動を、同じく若手のお笑い芸人にしてゾンビのアンバサダー、日下部に要請されてしまう。
 露骨に嫌がる本人をよそに無理矢理にゾンビの正体を呼び起こされ、あまつさえ先輩の芸人、実は野良のゾンビだったというコバヤカワにはガチの真剣勝負を挑まれてしまうのだった。
 ドタバタした悪夢のような一日から数日――。
 またしても日下部につきまとわれる中堅タレントは、そこでまたあらたなる新顔のゾンビたちと引き合わされることに……!? 
 ドタバタお笑いバトルファンタジー、新展開に突入!!


 青くて高い空により近い場所で、初春の風が、より冷たくこの頬をなでた。

 とっくに通い慣れたはず某民放キー局の勝手知ったる建物の内でも、そこだけは人気のない拓けた高層階にひとりでたたずむ、やや中年にさしかかりのおじさんタレントだ。

 はじめひどく所在なげにたたずんでいながら、それにつきやがてしみじみとした抑揚の感想を漏らす。

「へぇ、意外といい見晴らしなんだな……! 天気もいいし。でもここっていつもは鍵が掛かってて、ひとは原則立ち入り出来ないはずなのに、なぜか今は空いてるんだ? あいつとの待ち合わせに指定されていたから、おかしいとは思っていたんだけど」

 見た感じはそこが屋上階と思わせて、実は本来の屋上との間の謎の空間となるここは、果たして何階となるのか。

 緊急時のヘリポートや番組のロケ現場ともなる空中庭園がある広い屋上階は、頑強な鉄骨の構造物で土台が築かれており、この土台部分の基礎を支えるのが、今いるコンクリの平たい床面だけが広がる、やたらに無機質で閑散とした場所だ。

 まずどこにも人気がない。

 そこでは四方を囲む壁の代わりに、鉄製の高いフェンスがぐるりと張り巡らされており、その分にあたりの景色がことのほか良く見えて、ある種の絶景スポットかとも思える。

 風通しがすこぶる良くてこんな天気の日なら一般向けに解放してもいいくらいだ。

 ひとりになりたい時はまさしく絶好の穴場だな、と密かに心の内に書き留める、人気お笑いコンビのツッコミ担当だった。

 中堅漫才コンビ・アゲオンの鬼沢と言えば、もはや全国的にもそれなりに名が通るだろう。

 トレードマークのきれいなまあるい坊主頭に、愛嬌のある笑顔で憎めないキャラクターとしてお茶の間にはそれなり好評を博しているとは、当の本人も少なからず自負しているくらいだ。

 テレビの露出は他の同期と比べても高い方だし。

 そんな自他共に認めるイケてるタレントさんが、今はやけに神妙な顔つきをして、そわそわとこの周りに視線を泳がせていた。

 要は誰かを待っているのだが、その当の待ち人がフロアの奥の暗がりから、のっそりと姿を現してくる。

 相変わらずの冴えない表情で無愛想なボサ髪の後輩芸人に、ちょっと緊張した面持ちの先輩は、そこで気を持ち直すと、あえてうんざりした調子でみずからの言葉を発した。

「ああ、おはよう、日下部! てか、そっちから呼び出しておいて待たせるなんてひどくないか、後輩として? 俺、先輩だよな、芸歴で言ったらお前なんかよりもずっと??」

 不機嫌なさまを隠さない物言いに、まっすぐに歩み寄る後輩はソーシャルディスタンスはぎりぎり保つ範囲でその足を止める。

 こちらもなんだか浮かないさまで苦笑い気味に言葉を発した。

「ああ、はい、すみません……! 芸人とゾンビの、この公式アンバサダーの掛け持ちしてると、どうしても時間にルーズになっちゃって……。でも来てくれてありがたいです、鬼沢さん。ひょっとしたら、すっぽかされちゃうかも知れないと思ってましたから。あの例のゴタゴタした一件がありましたからね?」

「ああ、いっそすっぽかしてやろうかと思ってたよ! でも逃げたところでお前が追っかけてくるんだろ? 公式のアンバサダーでございって、何食わぬ顔してさ! ちょっと癪だけど、逆らってもいいことなさそうだから。長いものには巻かれろって昔から良く言うしな?」

 いいトシのおっさんがひどいむくれっ面で何かしらをひどく揶揄したような言葉付きに、対するこちらもいいトシのこやじは、かすかにうなずく。

「いい心がけですね。確かにおれのバックにはれっきとした国がありますから……! で、あれから体調はどうですか? ひょっとしてゾンビの正体を他人に見破られかけてたりして、すったもんだとか? この場合の他人は家族も含むんですけど……」

「は、家族は他人じゃないだろ? おい、相変わらずイヤな言い方するよな。たく、そんなヘマするほどガキじゃないさ。お前からもらったあの妙な水晶石、クリスタルだったっけ? すっかり色があせてただの石ころみたいになっちゃてるけど、そのおかげか体調は悪くはないよ。コバヤさんから食らったどぎついトラウマみたいなのも、ひょっとしてあれが癒やしてくれたのかなぁ」

「良かったです。でもそのクリスタルはここで一度、回収させていただきます。うまくすれば今日また新しいのを仕入れられますよ。ちょうどうまい具合に、仕入れ先の納入業者さんが来てますから……!」

 そんな後輩芸人の意外なセリフには、ちょっと怪訝に聞き返す鬼沢だ。

「業者? なんだよ、あれって仕出し弁当みたいに局に搬入する業者さんがいたりするの? あんな怪しい石、弁当よろしく楽屋においてあったことなんて、あったっけ??」

「ああ、そのあたりはもう説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いですから、これから本人さんたちと引き合わせます。それでは早速、そちらの楽屋挨拶に行きましょうか」

「は? どういうこと?? あとなんだよ、これ?」

 意味深な口ぶりする後輩が、やがてスッと差し向けてきた、いつぞやの見覚えのある金ピカの輪っかに、怪訝な表情がますますもって険しくなる鬼沢だ。

 確か、キンコンカン、とか言っただろうか?

 例の頭にすっぽりとはまるサイズの金色の輪っかを受け取るつもりが、相手の差し出す輪っかはあいにくこの手元ではなくて、直接にこの坊主頭にかぽりとはめられていた。

 およそ無断で、さも当たり前みたいに……!

 はじめ言葉が出てこない先輩芸人だ。

「あ、別にあのタヌキに変身するんじゃなくて、今回はただ気配を消すだけです。周りのひとから存在を認識されないように。それにもうこれに頼らなくとも変身はできるんじゃないですか?」

「……ああ、家の裏庭とか、自室の書斎とか、家族の目につかないところでちょこちょこまめにやってはいるけど……。じゃなくて気配を消すってなんで?」

「いざオフィシャルのアンバサダーとして最低限度の能力は身につけておかないと、そのための大切な実習です。あとここで待ち合わせをするときは、その機密保持の必要性からフェードの状態を保つことは必須です。だからっていちいちゾンビに変身するのはアレですから、このままの姿でですね。以前のコバヤさんがやっていたあれです。慣れればできますよ」

 真顔でなされるもっともらしい説明に、うんざりしたものが顔にわりかしはっきりと出る新人の公式アンバサダーさんだ。

「は、ここならそもそも人目にはつかないだろうさ? めんどくさいな! やってることどこぞのスパイかテロリストじゃんっ」

「これならたとえドローンで空撮されても間違って見切れてしまうことがありませんから、今はどこに誰の目があるかわからないじゃないですか。元の出で立ちが目立って仕方ない公式アンバサダーのお仕事は、原則この気配を消してでないとつとまりません……!」

「ほんとにめんどくさいな!! こんな恥ずかしいカッコで局内をうろつきたくなんかないよ、ああ、でもこれだと普通のひとには見えないんだっけ? 普通のひとってなんだよ!?」

「ふふ、ノリツッコミがお上手ですね。まあ、万一にバレても西遊記のコスプレくらいで済むんじゃないですか? それではさっそく局内に移動して、ぼくらとおなじアンバサダーの芸人さんたちの楽屋挨拶に行きましょうか。大事な一発目の顔合わせ、とは言っても、きっともう知ってるひとたちですよ?」

 あくまで真顔を崩さない日下部の物言いに、いよいよ拒否反応じみたものが目の下あたりにしわかクマとなって現れる鬼沢だ。

「おんなじってなんだ? 俺、まだ何もやるだなんて認めてないはずだけど? アンバサダー?? あと芸人さんって、コバヤさんみたいな実はゾンビのタレントさん、他にもまだいるの? 俺、そんなの全然、身の回りに覚えがないんだけど……!!」

「果たしてあちらからはどうなんですかね? 鬼沢さんが気づいてないだけで、世の中は複雑に裏と表が入り乱れているんです。すぐにわかりますよ。気のいいひとたちだから、人見知りな鬼沢さんでもすぐに打ち解けます。仲間なんですからね?」

「仲間って……! なんだよ勝手に決めつけて、俺の意見がどこにもないじゃん? ひとの都合は無視なのか? おい日下部、さっさと行くなよ、まだ話は終わって……ああん、もう、待っててば!!」

 さっさときびすを返して暗がりに姿を消す後輩に、先輩の人気タレントが半泣きの困惑顔してこの背中を追いかけていく。

 そうしていざ局内に戻ったら、そこからはふたりとも押し黙ったきりですっかりと気配を殺した隠密行動になる。

 途中で何人もすれ違ったが、やはり見知った人影は誰もこちらに視線をくれるようなことはなく、完全スルーでやり過ごしていくことになる。

 だがこのあたり普段から人気商売でならしいてるぶん、実は内心でビミョーな心持ちのタレントさんだ。

 おまけ驚いたのはエレベーターのようなごく狭い密室でも、まるで気配を感じ取られている様子がないことで、本当に透明人間になったかの心持ちになる。

 ちょっとした冒険をしてるみたいでわくわくもするが、隣で日下部が何事がつぶやくのに耳を済まして、途端に吹き出しそうになる鬼沢だ。

 いわく――。

「……オナラはしないでくださいね?」

「ぶっ、するわけないじゃん!! 今のは違うぞっ! コバヤさんじゃないんだからっ、あぶねっ、気づかれちゃうよ……!!」

 額にイヤな汗を浮かべながら、ある特定の階で動く密室から降りるふたりのゾンビたちだ。

 そうして長い廊下を進んだ先にたどり着いた、あるひとつの楽屋なのだが、やけにビミョーな面持ちでそれを見つめる鬼沢だった。

 そこはとてもなじみがある景色で、そうだつい最近、おのれが巻き込まれたいつぞやのドタバタのはじまりとなった、まさしくあの時のあの楽屋なのだ。

 ヘンな既視感みたいなものを覚えて、隣のアンバサダーに白けた視線を向ける。

「おい、ここってあの楽屋だよな? てことはまたおかしな規制線が張られてたりするのか、このあたりに? だったら気配なんて消す必要なかったんじゃないのか、おまけに確かにこの中にいるのって、知ってる芸人さんたちだし!!」

 ドアに掲げられた案内ボードには、それはしっかりと有名な漫才コンビの名前が書き込まれていた。

 じぶんたちよりもさらにベテランのそれだ。

 おかげでちょっと緊張してしまうが、一方でみじんも悪びれることもない日下部は先輩の文句をしれっと聞き流す。

「ああ、まあ、そう言わないでください。ここらへんある種のお約束で、言わば各局ごとのデフォルトなんですかね? この局はここがぼくらゾンビがらみの完全対応区域ってことで……!」

「ふんっ、あとさっきの屋上階の怪しい陰のフロアか? なんだよ、ある意味バレバレじゃん、知ってるヤツらからしたら! なんかどっちらけるよなあっ……」

「おほん、それじゃ、とっとと入りまーす。あ、ちゃんと円満に挨拶してくださいね、このあたりは持ちつ持たれつってヤツで、みんなお互い様なんですからっ……はい、失礼しまーす」

 いきなりドアをノックして楽屋に身を乗り出す日下部に、鬼沢はまだ心の準備ができてないと慌てふためくが、これに無理矢理に引っ張り込まれてしまった。

「あ、お、おはようございまーす! どうも、アゲオンの鬼沢です。お世話になってます。えっと、今後ともよろしくお願いします、その、バイソン、さん……?」

 いざとなるとその職業柄で身に染みついた習性からか、それっぽいことが口からすんなりと出る中堅芸人だ。

 そうしてじぶんよりもさらに芸歴が長いおじさんたちの顔を上目遣いでうかがう。

 あの見慣れた楽屋の風景はいつものままで、そこに今はふたりのおじさんたちがくつろいださまでこちらを見返してきていた。

※この挿し絵は完全に失敗しているので、以下におおよそのコンビのイメージをのっけておきます。これでいいのか?

※左がバイソンのボケ担当、東田と、右がバイソンのツッコミ担当、津川のおじさんコンビです(^^) 元ネタの芸人さんとはやっぱり似てないですね!

 番組収録の時と同様、普段からとかく落ち着いた真顔で、内心の思いを滅多に表情に出さない東田は、何でも顔色に出す素直な後輩の芸人くんにそう何事か問うてくれる。

 えっ? えっ?? と内心の狼狽ぶりがあからさまな鬼沢に、相変わらずのすまし顔した日下部がしれっとフォローを入れる。

「ですから、アレです。いまさっき回収すると言ったもの、鬼沢さん、持ってますよね? それです。元の持ち主の東田さんに返してあげてください。でないと次のものがもらえませんから」

「えっ、アレ?? あのクリスタルって、実は東田さんのものだったの? なんか、イメージに合わないんだけど……これ??」

 言われてぶったまげた顔でみずからの懐から濁った灰色の水晶石みたいなものを取り出す鬼沢だ。
 それをほれと手を差し出してくる先輩のボケ芸人さんにおっかなびっくりに手渡す。

 すると何食わぬ顔でそれを手にした東田は、おのれの手元をしばらく見つめてから、きょとんとした鬼沢を目の前にしてこの顔つきがさらに呆気にとられるような意外な仕草をしてくれる。

「イメージは関係あらへんやろ? ふうん、しっかりと回復の効果は使い切っとるんやな。そやったら、ああんっ、んんっと!」

「えっ、え? なんで??」

 カエルかトカゲみたいな無表情な顔つきで大きな口を開けると、そこに例のものをポイッと放り込んで一息に飲み下す東田だ。
 ギョッとなる鬼沢は腰を浮かせて大きくのけぞってしまう。

「た、食べちゃった……! それって食べ物だったの?? え、いやいや、ただの固いカチカチの鉱物だったよな、無味無臭の??」

 顔を引きつらせる鬼沢だが、周りの面々は何とでもなさげなさまなのに、自分も必死に心を落ち着けるよう努める。
 これに内心のパニックを見透かしたかの先輩芸人は、あくまでしれっとした口ぶりで言ってくれた。

「ええんよ、身体に取り込んだところで害はないし、ぼくの場合は特別や。もとからこの身体の一部やったさかい。こうして取り込んで、ふたたび再生したものを取り出すんよ。その繰り返しや」

「ははん、ちゅうてもはじめて見た子はみんなびっくりするやろ! 口から取り込んだもんはそのまんまケツからひねり出すんやから、なおさらビックリやわ!!」

 相方がすかさずツッコミを入れるのに、それを聞かされたふたりの後輩くんたちの気配がにわかにざわつく。

「え、お尻から?? それじゃまさか、あれって……!?」

「そうだったんですか?? まさかそんなことだったとは……」

 表情にくっきりと暗い影が浮き出る他事務所の後輩たちに先輩のおじさんは苦笑いしてこの首を振る。

「ちゃうちゃうっ、そないないわけあるかい! ケツが血だらけになるやろ。おいおかしな茶々入れんと、ふたりとも引いとるがな。あと鬼沢くんに新しいヤツをやったれよ。ほれ、口で説明するより目で見たほうが一目瞭然やんか、まさしくで?」

「んっ、おう、めんどいの! あないにでかいのは取り出すのが面倒やからほどほどのにしてや? それじゃふたりともよう見といてや。おい東田、どこや? 手が届かれへんところやろ??」

 座卓を挟んで相対していたコンビのおじさんたちの内、ツッコミ担当の津川がいざ腰を上げるとぐるりと相方の東田の背後に回り込んで、その背中に手を当ててもそもそとやりはじめる。

 それをはじめ訳もわからずに見ていた鬼沢だが、静かにそのさまを見つめる日下部とふたりで先輩のベテラン芸人のコンビ芸に固唾を飲む。
 お笑いと言うよりはビックリ人間ショーに近いさまをまざまざと見せつけられるのだった。

 相方の背中をどれどれとさすっていた津川が、やがてその真ん中あたりで何かしらの感触をこれと探し当てたらしい。
 無言でみずからの右手を東田の襟首からこの奥底へとずぽりと潜り込ませる。

「あった! これか、でかいのう? 目で見えんさかい邪魔なこの服、脱いだほうがええんちゃうか? 取りずらいでほんま!!」

「いいやろ、はよ取れや。企業秘密やさかいひとには見られたない。こそばゆいわ、はよ取れって、はようっ、あんっ……!」

「おかしな声出すなやっ、ひとが聞いたら勘違いされるやろ! ん、ほれ取れたぞ、これやろっ、でかいの!!」

 やがて津川がその手に取り出した緑色に輝く物体には、心底びっくり仰天する鬼沢があっと声を上げる。

「あっ! クリスタル!! どこから出したの? 東田さんの背中から出てきたぞ? まさかあの身体から生えてきたのか??」

「はい。そのまさかなんですかね……! ある程度予想はしていましたが、実際に見るとビックリです。あの服の下がどうなってるのか、想像するのがこわいですね……」

 目をひたすら白黒させる鬼沢にさめた視線の日下部が応じる。

 無機質な真顔に意味深な笑みを浮かべる東田はかすかにこの肩をすくめさせた。そうして相方が手にした緑色の光りを放つ例の水晶石を利き手に取って、これをしげしげと見定める。

 用が済んだとおぼしき津川は、もと自分がいた場所へともどってまたぺたりと尻を付けた。そうして感情が複雑な鬼沢にさも楽しげなしたり顔して言ってくれるのだ。

「わいらとゾンビ仲間の鬼ちゃんには特別サイズの一級品や! 大事にあつこうてや。あのクラスなら致命打でもぎりぎりしのげるで」

「ふん、そこまでちゃうやろ? まあ、こないなもんか。いい出来や。ほれ、あげるから大事に取っといてや。回復系のアイテムならゾンビ界イチの使い手、このバイソンが特製のクリスタル。ケガしたらたちまち効果を発揮して治してくれること請け合いや」

「ああっ、はい、どうもっ……! て、いいんですか? もう何度もお世話になっちゃってるけど」

 相手が差し出してきたものをまたおっかなびっくりに受け取る鬼沢だが、日下部からしれっと釘を刺された。

「いいんですよ。お互い様なんですから。鬼沢さんから提供する時もじきに来ます。アイテムの生成自体は鬼沢さんも素質があるみたいだから、きっと持ちつ持たれつでうまくいきますよ」

 これにははじめやや苦笑気味にうなずく東田だが、不意に何やら感じたものか鬼沢に驚いたふうな視線を向けてくれる。

「ふふん、そう願いたいもんやな。ん、にしても鬼沢くん、しょっぱなからキツい目に遭ってるみたいやな? さてはコバヤの兄さんにひどくいじめられたんやろ? さっき取り込んだ石の記憶にはっきりと残っとるわ。うわ、くっさいの食らわされとるのう!」

「うわ、最悪や! オニちゃん、あれ食ろうたの? てことはあの兄さん、あのおっかないゾンビの姿になったんや? うわ、くわばらくわばら!! 勘弁してほしいわ、ほんま」

 相方のセリフに過剰な反応して津川がガヤを発する。
 まるでバラエティ番組のやりとりを見てるかの心持ちの鬼沢だが、目をまん丸くして頭を大きく傾げていた。
 ちょっとした危機感みたいなものに内心で舌を巻く。

「石の記憶……? そんなのあるんですか? うわ、やばい、俺、変なことしてないかな、あれから家とかロケ現場で……! プライベートなことがもろバレじゃん!!」

「確かに肌身離さずとは言いましたが、ひとに見られたくないことをする時にまで持っている必要はありませんよね? それにしてもあの水晶にはそんな機能まであったんですか」

 バツが悪い顔で言葉が無くなる鬼沢だ。これに覚めた目つきを右から左に流す日下部に、東田が何食わぬさまで応ずる。

「ふん、何から何まですべてを記憶しとるわけやあらへんよ。ボイスレコーダーとちゃうんやから。ごく一部、特に印象に残ったことや、多くは精神的なショックや肉体的ダメージを食らった時なんかやな……! 特にコバヤの兄さんのアレは格別くっさい、やのうて、えげつないもんやから。鬼沢くんよう耐えたわ。ぼくなら心がぽっきり折れとる……!!」

「ほんまにきっついもんな! あれはシャレにならへんもん」

 ふたりしてうんうんとうなずき合うお笑いコンビに、鬼沢も自然と頷いてかつてのことを脳裏に思い返す。
 うげっと苦い顔で舌を出してしまった。

「うへっ、そうか、コバヤさんのあれをふたりともやられたことがあるんだ……! 確かにシャレにならないよな。俺も心が折れそうだった。あの時の記憶があの石に残ってたんだ……!!」

 先輩たちの反応にある種の共感を覚えるが、それとはまた別の共感を抱く日下部が意味深にうなずいて言った。

「便利な能力ですよね。いわゆるブラックボックスみたいな機能も果たすわけで、東田さんはこの記録の解析とおまけに未知の敵の情報収集ができるわけだし……」

「なんやストーカーみたいないわれようやな? 気ぃわるいわ。そのくらいの役得はあってもええやろ。まあええ、それよりも鬼沢くんがコバヤの兄さんと互角にやりあったちゅうんが、びっくりやわ。きみ、まだゾンビになりたてやのに、大したもんやろ」

「ほんまにどうやって戦ったんや? コバヤの兄さんの能力はわしらゾンビの中でも特殊でめちゃくちゃ強力やんけ! じぶん初心者なのにようやれたよな?」

 左右から興味津々の視線を浴びてちょっと恥ずかしくなる新人のゾンビは首を右へ左へしきりと傾げさせる。

「ああ、あの時はほんとに無我夢中で、ほとんど覚えてないんだけど、でもコバヤさんはナチュラルなんだっけ? 日下部やバイソンさんたちがオフィシャルのゾンビなのに? あれ、そもそもオフィシャルとナチュラルってどんな違いがあるの? 結局みんなゾンビはゾンビなんだよね??」

 新人ゾンビの疑問に、古株のゾンビたちがそれぞれに私見を述べる。

「ゾンビって言い方がそもそも難ありなんですけど。要は国の認定を受けているか、受けていないかの違いです。それ以上はまだ言いようが……! 今はまだ法律も出来上がっていない状態ですからね、ぼくらみたいな人間にして人間ならざる亜人種に関しては」

「ふん、みんなそれぞれに立場や考え方っちゅうものがあるからの。国にしばられたくない人間もおるっちゅうことや。そのぶん、公的な保護が受けられないわけやが、それでも身分や正体を隠しておられるだけ、マシかもしれんしの……」

「おお、このわしらもこっちに上がってくるまでは長らくナチュラルでしらばっくれておったからの! いざオフィシャルのゾンビを公言してから上京したわけやから。地元から追われるように……!」

 含むところがありそうな物言いに少なからぬ引っかかりを覚えながら、はあととりあえずは納得したさまの鬼沢だ。

「ああ、そうなんですか。俺、関西を主軸にして活動していたバイソンさんたちのこと、こっちにふたりが来てから意識しはじめたから。なおさらわからなくて……!」

 三人が難しい顔で見合わせるなか、いまだとぼけた白け顔の日下部がぬけぬけと言ってくれる。いいずらいことよくもまあと鬼沢は目をまん丸くした。

「あいつらは正体がバレたからいずらくなって仕方なしにこっちに来たってコバヤさんが言っていたけど、そうなんですか? おれとしてはバイソンさんたちみたいな芸達者なゾンビがコンビで来てくれて、とっても大歓迎ですけど。頼りになりますもんね」

「きみ、言い方がいちいちビミョーやな? そういう見方をされるのは不本意やけど、ないとは言い切れん。好きに思えばええよ」

「コバヤの兄さん、能力も口もとびっきりえげつないのう! ナチュラルなんやったらもっとおとなしくしとけっちゅう話やのに。ほんまにしんどいわ。鬼沢くん、いっぺんどついたってや!」

 しかめ面の先輩芸人に見つめられて泡を食う後輩の新人ゾンビだ。ひどい苦渋の顔つきでうなだれた。

「無理ですよ! どついたらカウンターであれ食らっちゃうんだから! もう二度とごめんだもん、あんなの」

「せやな、あれはゾンビどころの話じゃない、悪魔や! 心が折れる。あんなくっさいもん、人間がしたらあかん。ましてやそれを武器にして戦うなんて、悪夢や。ほんまに心が折れる」

 しごく共感してくれる東田に、日下部は苦い笑いで鬼沢と顔を見合わせる。

「ふふ、鬼沢さんに負けず劣らず、凄いトラウマがあるみたいですね? わからなくはないですけど」

「ゾンビどころか悪魔になっちゃった、コバヤさん。おんなじ事務所の後輩さんたちなのに、なんかひどい言われようしてるよ」

「事務所は関係あらへんやろ。あかんもんはあかん。化学兵器の使用が禁じられているように、あれも本来は禁じ手や。それなのにあの悪の大魔王ときたら、ゲラゲラ笑ってこきよるんやから手に負えん。あかん、ほんまに心が折れそうや」

「とうとうラスボスになっちゃった! ナチュラルってひとたちの中ではコバヤさんは特殊なんですか? なんでナチュラルなんだろう?」

 頭の中が疑問符だらけの鬼沢のセリフに、苦笑いで津川が受け答える。普段のキレ気味のツッコミらしからぬ冷静な返答だった。

「野良のネコはおっても野良のライオンはありえへんからのう。もとより力のあるなしでは分けられるもんやないんちゃう? あの兄さんはもちろん強いけど、みんなそれぞれに主義主張で仕方なしに別れとるんよ。そんで鬼沢くんは、オニちゃんはオフィシャルになるんやろ?」

「俺は……! どうなんだろう」

 また考えあぐねるのに、ボケらしからぬまじめな言葉が渋い声で言い渡される。東田は普段から真顔なぶん、余計に説得力があった。

「力があるっちゅうんは、便利なことやけど危険なことでもある。鬼沢くんはオフィシャルを名乗ったほうがええんちゃうか? きっと悪いやつに利用されてまうで、そんなぼやぼやした態度でおっては。そっちの日下部くんとコンビを組んどいたればええねん。日下部くんはアンバサダーの中ではかなりの使い手なんやから」

「どうでしょう? それなりに修羅場はくぐってきたつもりでけど。でもおれも、鬼沢さんにはアンバサダーとして活躍してもらいたです。」

 はぐらかした返答しながらこの時ばかりは鬼沢にまじめな目線を向ける日下部だ。これにしたり顔して津川が言ってくれるのは意外な言葉だった。

「見込みありそうやもんな? その訓練にこれからみんなで繰り出すんやし! ほな、そろそろいったればええんかい」

「?」
 
 何のことだと目が点になる鬼沢に、覚めた目つきの日下部がまた意外なことを言ってくれる。

「連絡、来てませんか? マネージャーさんから? この後の収録のことです……」

「え? なに、え、スマホになんか来てる! マネージャーからだ、え、この後の収録、バラしになりました……て!!」

「決め打ちやんな。それじゃいざアンバサダーの任務に入ろうか。鬼沢くんがおるんやから、ほどほどのが相手なんやろ? ゾンビやのうて、グールかゴーストあたりの?」

「さくっとやってさくっとギャラもらおうや! 四人もおったら楽勝やろ? おいしいところはオニちゃんにゆずってやるさかいに」

「へ? へ?? グール、ゴースト? 何言ってんの??」

 本来はあったはずの番組収録に参加するはずの面々だと今さらになって気が付く鬼沢だが、ことの変化にまるで付いていけなかった。
 なんだか知らないワードがしれっと出てきているし。

「やればわかります。あと本日の案件をもって鬼沢さんはオフィシャルのアンバサダーに決定です。でないとこの作戦に参加できませんから。いいですよね?」

「ええやろ。ほなとっとと行こうか。みんなで楽しいグループワークや! 世のため人のため、何よりぼくらみたいなゾンビのためっちゅう、難儀なもんやなあ? こないな世の中に誰がしたんや」

「ひとに見られへんようにフェードをかけて行ったほうがええんか? こそこそ裏口から出るのはめんどいから、それでええよな。ほな、とっととやったろ、グール狩りやら、ゴースト退治やら」

「え、え? なに? 勝ってにそんな……! あの……」

「いいから着いて来てください。簡単な案件ですから、前回みたいなとっちらかったことにはなりません。習うより慣れよで、ゾンビとしての経験をこなしていかないとアンバサダーは名乗れませんから、そちらとしてもギャラもでますし。下手なローカル番組よりも高額ですよ」

「え、いや、そうじゃなくて、あの、みんな……行っちゃった」

ひとりでその場に取り残されるタレントさんだ。
 換気の配慮がなされた楽屋に、ぴゅーと季節外れの木枯らしみたいなものが吹いた。
 タレントではなく、ゾンビとしてのお仕事が待っていたことに愕然となる鬼沢は、やがてみずからも重い腰を上げて出口へと向かう。

 しまり掛けた出入り口の扉に手を掛けて、はっとなる新人のゾンビだ。

「あ、あの頭のワッカ、日下部に返しちゃったよ! しまった、あれがないと透明人間になれないじゃん、俺!! 日下部っ、待ってくれっ……」

 ドタバタとした日常がまたはじまった。


  次回に続く……! 



クリスタル

回収 新しいものを入手

ナチュラル Official

コバヤ

演習その②

グループワーク

局外へ

プロット
  鬼沢 テレビ局の屋上?で、日下部と待ち合わせ。
 会話
  神具羅 金魂環  フェードを鬼沢にかける。
 会話
  移動~

  楽屋、挨拶、芸人コンビ、新キャラ登場!
  バイソン・ボケ   「東田 勇次」ひがしだ ゆうじ
       ツッコミ 「津川 篤紀」つがわ あつのり


ゾンビ   グール   ゴースト 

ゴースト退治
グール狩り  
  

本文とイラストは随時に更新されます!

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「オフィシャル・ゾンビ」⑦

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

 オフィシャル・ゾンビ ⑦

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日、いきなり異形のゾンビ(亜人種)、タヌキの妖怪(?)と化してしまった人気お笑いコンビ、「アゲオン」のツッコミ担当、鬼沢 耀(オニザワ ヨウ)。そこに政府公認のオフィシャル・ゾンビとして公式のアンバサダーを名乗る、おなじくお笑い芸人にしてクマのバケモノと化した「宮田日下部(みやたくさかべ)」のボケ担当、日下部 煌(クサカベ コウ)により、すったもんだの末に自身もアンバサダーとしての実施訓練を強要されることとなり……!! 抱腹絶倒のドタバタコメディ佳境に突入!!


 ガッシャアアアアアーーーーーーンッ!!!

 狭い楽屋にひとつだけある大きな窓ガラスが派手な音を立てて粉みじんに砕け散る!

 その窓をみずからの背中で突き破った毛むくじゃらの人影が、勢いもそのままに仰向けで背後の虚空にその身を投じる。

 だがここは、地上から実に七階もの高さがあり……!

 もはや自殺行為、アクロバティックな身投げもさながらだ。

 ただし見た目がタヌキらしき謎の怪人は、それがみずから意図したものではなくて第三者に無理矢理に突き飛ばされただけに、およそ恥も外聞もなくした魂消るような悲鳴を発していた。

 その一部始終を間近で見つめるこちらも謎のクマの怪人めは、覚めたまなざしで空中で手足をバタつかせるタヌキを見送る。

「うっわああああああああああああああああっっっ!!!」

「あ、ちゃんと両足で着地してくださいねっ、鬼沢さん! 今はゾンビの状態だからよほどのことがなければケガなんてしませんからっ、頭から落ちなければ実質OKです!!」

「わああっ、なっ、何言ってるんだよっ、ここ何階だと思っているんだ!? うっわっ、あああああああああああっっっ!!!」

 やけに冷静なクマからの忠告に、背後の窓を派手に突き破って今しも高層階の楽屋の外へと放り出される哀れなタヌキが必死にわめき叫ぶ……!

 それきりすぐに見えなくなったのに続いて、これをただちに追いかけるべくしたクマもガラスの破片をさらに勢いよく飛び散らせて外へとその身を投げ出した!!

 いざ「ゾンビ」と化しての任務行動、公式アンバサダーとしての実施訓練のスタートだ。

「わああああっ! あ、え、ここって何階だったっけ?? は、わわっ、死んじゃう死んじゃうっ、死んじゃうよぉっっ!!」

 仰向けの姿勢で楽屋の窓を突き破ってそのまま虚空に放り出された人型のでかいタヌキは、その背中越しに振り返って見た光景にただちに全身の体毛が総毛立つ!

 はるか遠くにコンクリの地面が見えるが、今しもそこめがけてこの身体が重力の法則のなすがままに落ちていこうとしている。

 通常なら絶対に助からない高さと落下速度でもってだ。

「ああ、いやだっ、いやだよっ、死にたくなっ……あ?」

 シュタっ……!!

 目をつむって死の恐怖にあがきもがく見た目ひとがたのタヌキのバケモノだが、それはただ一瞬のことで気が付いたらばすべてが一変していた。

 地上七階から地べたまでの自由落下はほぼ一瞬で、頭から落ちるなと言われるまでもなくこの体勢を自然と空中で立て直していたタヌキ、もとい人気お笑いタレントの鬼沢だ。

 直後には足下に堅い感触を感じたくらいでしっかりとコンクリの地面に着地していたことに見開いた目をひたすら白黒させる。

「あれ、着地できちゃった? あんな高くから落ちたのに??」

 見上げたテレビ局の巨大な社屋、七階に相当するある一部だけが大きく窓が破損しているのを視認して、はたと首をかしげる。

「まあ、ゾンビだからそんなものです。もちろん個体差があるから一概にとは言えませんが、人間の時のそれよりはすべての感覚や運動能力が大幅に勝っているはずですよ? 今、鬼沢さんがその身をもってしっかりと実演してくれたように」

「……! なんだよ、おまえに無理矢理やらされたんだろ? よくもやってくれたよな、しかもこんなおかしな見てくれしてるのに、真っ昼間のこんな街中の屋外に放り出すだなんて……!!」

 気が付けば音もなくすぐそばに着地していたクマ、厳密には日下部の澄ました返事にこちらは仏頂面して文句がだだ漏れる。

「お互いさまじゃないですか。もとよりこの見てくれに関してはそんなに気にしてくれなくていいですよ。それをこれから現実に実演して証明してみせます。もちろんふたりでですね? つきましてはここから大通りを渡った先にあるわりかし大きな公園、わかりますか?」

「公園? わかるけどなんで?? この局からちょっと離れたところにある『第三市民公園』だったっけ、ずっと昔のまだ若手の頃に相方とそこで漫才の練習とかしてたから、いざ番組収録の前とか大事な時に! でもよりにもよってそんなところに顔出したらすぐさまパニックだろ、あそこって普段から家族連れで混んでるし、そこまでもけっこうな人通りがあるし?」 

 不審な顔で尖った鼻先をひくつかせるでかいタヌキに、相変わらずのんびりした顔つきの大柄なクマがちょっとだけ意味深な目つきで先輩の芸人、今や見てくれの怪しげなゾンビ(?)を、その背後に面した大通りへと誘う。

 局の敷地を離れたらそこはもう結構な人混みで、この格好で向かうのにはかなりの気後れがするタヌキの鬼沢をよそにさっさとそちらへと大股で歩きだした。

「おれの後に付いて来てください。ああ、おかしな物音を立てたりヘタに騒いだりしない限りは、見た感じちゃんと身体のステルス効いてるみたいだから大丈夫ですよ、鬼沢さん。周りにぶつからないように注意を払えば、走っても平気なはずです。それじゃ、行きますよ?」

「ステルス?? あ、お、おいっ! 行くって、このカッコじゃさすがにマズイだろ? ちょっと、クサカベ! 待ってよ、ひとりにしないでくれ!!」

 その場で二の足を踏む鬼沢だが、周りの人気を恐れてこわごわと自らも足を踏み出す。結構派手な物音を立てたばかりだから、この場にいても人目を避けることはできないのは理解していた。

 大股で詰めてそのでかい背中に手が届くぐらいになったら、この毛むくじゃらの巨体がいきなりスピードを上げて走り出した。

 有無も言わさずにだ。

 するとこちらも焦って駆けだしてしまうタヌキである。

「あっ、おいっ! そんな走るなよっ、て、信号もないところでいきなり渡っちゃうの!? だ、大胆だなっ、みんな見てるじゃんっ!! テレビタレントが人前でそんなことしたら、しかもこんなおっかない見てくれでっ、おおいっ、待ってくれよ!!」

 東京の都心で、おまけ昼間の街中じゃ人通りも車の通りも決して少なくはない。

 そんな中に正体不明のバケモノが二体も出現したら、ちょっとしたパニックは免れないだろうと恐れおおのくテレビタレントの心配をよそに、何の苦もなく大通りを横切ってその先のビル街の脇道へとその身をくらますクマの後輩芸人だ。

 その後を必死になって追いかけた。

 なんて悲鳴や罵声を浴びせられるのか気が気ではない鬼沢だが、なぜかどこからもそれらしきが上がらないのには、内心で不可思議な困惑と共に、もはや夢なのかとさえ疑ってしまう。

「いいや、だったらさっさと覚めてくれよ! おおい、クサカベっ、あ、騒いじゃダメなんだっけ? おおーい、いた! ちょっとクサカベっ!!」

 まだ慣れない感じの毛だらけの身体と背後でぶんぶんと揺れるシッポのバランスに悪戦苦闘しながら、どうにか見失いかけた後輩の背中に追いすがる。ちょっとスピードをゆるめて小走りくらいのクマは覚めたまなざしで大汗だらけのタヌキを見返した。

「……ほら、平気だったでしょ? この調子で目標の公園まで行きますよ。この姿になったおれたちは普通の人間の知覚や認識では捉えにくくなっているんですよ。人間じゃ無いんですね、しょせんは? 気を引き締めて息を殺していれば、まず感づかれることはありませんから」

「そ、そうなのか? 確かに周りの誰とも目が合わないのがびっくりなんだけど、つまりはこれって『透明人間』になってるってこと?? すごいじゃん!!」

「……いえ、厳密には違うと思いますよ? というか鬼沢さん、なんか今やらしいこと頭で考えてるでしょ? そういう煩悩や雑念が働くと途端に見えちゃったりするから、やっぱり透明人間じゃないんですよ、おれたち! 気をつけてくださいね?」

「や、やらしいって何だ! そりゃちょっとは想像したけど、この見てくれでそんなのただの変態だろ!! ……触ったりはできるんだ?」

「発言がことごとくいやらしく聞こえますよね? もちろんできますよ。でもたぶんその時点で、この身体のステルスが切れちゃうと思いますけども。フェードとかも言ったかな? 要は気配を殺して身を隠しているんですが、驚いたことにカメラとかの撮影機器にも写らないらしいですよ、ちゃんと意識してその状態を保っているぶんには?」

「いや、その状態って、どれがそれなんだかイマイチわからないんだけど? 意識をそれなり集中していればいいのか?? それともこれもいわゆる慣れってヤツ??」

「あはは、良くおわかりで。理解できてるんならこんな人通りを避けた裏道でなくても大丈夫ですね! それじゃさっさと人通りを渡って目的地へと向かいます。くれぐれも余計な物音は立てないでくださいね!」

「あっ、だからっ、ああっ、もう、待ってよ……!!」

 なるべく物音を立てないように用心しながら人混みを息を殺して走り抜ける二匹のバケモノたちだ。
 その身に古めかしい装束をまとってはいながら、この足自体はどちらも裸足なので余計な靴音などは響かない。
 だが雨上がりの歩道はいたるところに水たまりがあって、そこを渡るたびに水音だけがピシャピシャと鳴るのだった。

 ほどなくしてお目当てとしていた市民公園へとたどり着く。

 いざ公園に着いてみれば、そこは思った以上の家族連れで賑わっているのに、ちょっと意外げな顔でこの広場の入り口近くから辺りを見渡す鬼沢だった。

 雨上がりの晴れた日常の風景にじぶんがいかになじまない見てくれをしているのかひどい困惑を覚えながらも、目の前の平和な景色には内心でカレンダーの日付を思い出す。

「あ、そうか。今日って休日なんだっけ……! あ~ぁ、それなのにどうして俺はこんな……!!」

 恨みがましげにすぐ隣で呆然と同じ景色を眺めているいかついクマのバケモノを見やるが、その当人、後輩の他事務所所属の若手の芸人くんはそ知らぬさまで明後日の方向に目線をくれる。

 チッと小さく舌打ちして、それから辺りの平和な景色を改めて眺めては自然と深いため息をついていた。
 それにクスっと笑うような気配を発するクマが言ってくれる。

「ね、見えていないでしょう? こちらからわざとわかるようなそぶりを見せなければ、おれたちはほぼいないも同然なんです。それこそがゾンビのゾンビたるゆえんですね?」

「はあん、みんな家族の団らんを楽しんでいるよな。ここに得体の知れない不審者がいるとも知らずにさ! しかもふたりも!! こんな目立って仕方がないカッコをしていてもまったくバレないのはありがたいけど、タレントとしては悲しいものがあるよな……! いや、こんなゾンビ、もといバケモノじゃ仕方ないのか、おまけに俺ってタヌキなんだ? はああ、家族になんて説明すればいいんだよ……」

 がっくり肩を落とすタヌキの妖怪と化した鬼沢に、相変わらず他人事みたいな物言いのクマのバケモノ、日下部がぬけぬけと言ってくれた。

「言わなくていいんじゃないですか? さしあたって今のところは?? このあたりまだ法的な整備が整っていないんだし、亜人種管理機構への個人的なカミングアウトだけで十分ですよ。周りへの周知は後後にしておいてですね。かく言うこのおれもごく一部のひとにしかそれとはっきりとは言っていないし。まあ、噂はいろいろと走っているようですけど……」

「ああ、俺もいろいろ聞いてるよ。あることないこと、ありとあらゆる妄言から誹謗中傷みたいなことまで! まったくいざ自分の身に降りかかるとなると寒気しかしないよな、こんなの!!」

「慣れるしかないんですかね、誰しもが……? 社会の共通認識としてそれが正しく認知されるまで、あるいはおれたちが一方的に我慢し続けるか? 無理がありますかね。平和が一番だなんてのんきなことは言ってられないこのご時世ですから」

「なんか気が滅入ってくるよな? で、どうしてこんな真っ昼間の平和な公園なんかに連れて来たんだよ? 俺たち、ここじゃ異物か不審者でしかありゃしないぞ。くそ、家族と来てたら最高の思い出作りじゃないかよ。ここってこんな穴場だったんだ!」

 ちょっと悔しげなさまで身もだえするタヌキに、隣のクマがちょっとだけ苦笑いしてそこからまじめな話を切り出した。

「来たのにはちゃんと意味があります。実際の肌で感じた自分の身体の出来具合を見るのと、人混みに問題なく紛れることができるのかのチェックとかを兼ねてですね? この点、鬼沢さんは自然とできているから問題ないですよ。たとえ家族の前ででもその姿でいる限りは見つかることはありません」

「だからそれはそれで、なんか悲しいだろう? あれ、いざ正体を明かしたところでこの姿を見せることができなかったら、なんか説得力がないんじゃないのか? ただの嘘つきみたいな??」

「まあ、そのあたりは、説明がしづらいんですが、たとえば自慰をしているところをわざわざ家族に見せることはありませんよね? それと同じで、あえて隠さずに見せようと思えば見せることができるはずです。恥を忍んであえて恥部をさらすみたいな感覚で?」

 しまいにはえらくぶっちゃけた物言いをしてくれる後輩に、家に帰ればタレントからマイホームパパになる中堅芸人は泡を食ってわめいてしまう。周りを気にして口元に手のひらを当てて努めて語気を落としつつ、それでも最後にはまたわめいていた。

「待て待て! 自慰ってなんだ! ……あ、語弊があるだろう、俺は間違っても子供の前ではそんな姿見せないぞ? この姿はそんな恥ずかしいことなのか? 冗談じゃない! だったら俺は絶対に見せないぞ、家族にこんなわけのわからないゾンビ、じゃなくてタヌキのカッコ!! だからなんでタヌキなんだよっ!?」

「愛嬌があっていいんじゃないですか? おれは好きですよ、タヌキの鬼沢さん。むしろ元の姿の時よりも愛着あるかも? 普段は坊主の太ったおじさんですものね? いかにも見え透いたビジネススマイルの??」

「待て! それこそ語弊があるだろう? おじさんなのは認めるが、ビジネススマイルってなんだ?? 俺はお笑い芸人だよ、根っからの! そもそもまだ若手のお前にどうこう言われる筋合いはない。それよりも、これからどうするんだ?」

 ひょうひょうとした後輩の横顔を睨んで問いただすのに、いっかなに悪びれるでもないクマはこれまたぬけぬけとしたさまで果ては意外なことをさらりと言ってのけた。

「まあ、とりあえずはその状態に慣れてもらうことが一番ですかね? 来ている衣服、装束っていうのか、そのへんのアイテムだとかもそれなりに調べて使い方をきちんと押さえてもらって……あ、あと、あるひとを呼んでいますので、この場でそちらとの顔合わせもしてもらってですね……」

「あるひと? え、誰?? なんかコワイんだけど、このカッコで引き合わせるってことは、ひょっとしてそのひとも……!」

 怪訝なさまで毛むくじゃらの頭を傾げさせるのに、落ち着き払ったクマの妖怪はあくまでもクレバーな調子で言ってくれる。

「会えばわかりますよ。ちなみに鬼沢さんも知っているひとです。ちょっと意外かも知れないですけど? でも身元自体はとてもはっきりとしているひとですから」

「は? まさか顔なじみの先輩のお笑い芸人が出てくるなんてことはないだろうな? 頭に黄色いメットを被って?? ドッキリじゃん! タチの悪い? でもこの俺たちのことが見えるヤツなんだろ、だったらやっぱり……」

「来ましたよ。ほら……!」

「あ!」

 何かしらの気配に感づいたのか、ふと背後を振り返ってそれと目線でそちらを指し示す日下部だ。
 これに同じく背後を振り返る鬼沢なのだが、いざ振り返って見た先にいた人物に、ポカンとしたさまで大きな口を開けてしまうのだった。

 確かに見知った人間がそこにはいた。

 だがそれは実に思いもよらない人物で、なのに比較的に身近な立場にいるごく見知った人間だったのだ。

 それこそが……!

                ※次回に続く……!
 

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「オフィシャル・ゾンビ」⑥

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

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オフィシャル・ゾンビ⑥(めんどくさいので今回からこのかたちにしました(^^)) 


 シンと静まり返った楽屋で、そこでは得体の知れない二体の何者かが物も言わずに相対していた。

 つい何時間か前にはそこにはそれなり名の知れたふたりのテレビタレントがいたはずなのだが、そんな面影はもはやどこにもありはしない。

 かたや毛深い毛むくじゃらの二本の足で仁王立ちして相手を見下ろすクマに、かたや四つん這いでうずくまる、こちらも毛むくじゃらでなんとも正体が知れない何かしらだ。

 力なくがっくりとうなだれているからこの顔つきがまだ定かではない。双方、見た目がケダモノで身体中毛だらけなのは同じだが、二体のバケモノたちはそれぞれが違ったカタチの衣装らしきをその身にまとっていた。

 それがまた異様さに拍車をかけているのだが、見ようによっては昔の武人が身にまとう鎧のようでもあり、頑丈な見てくれのアーマーと古めかしい装束の合わさったようなかなり独特なものだ。

 相変わらず黙りこくるクマが見ている前で、畳に突っ伏すケダモノが低いうめきを発する……!

「ううっ、う、ううう~~~っ……! な、なんだ、どうなったんだ、俺、どうして……ん、なんだ、これ??」

 あまりに突然のことに恐怖と混乱から反射的に身を固くしてその場にうずくまったそのケダモノ、もとい鬼沢だ。

 それだからようやくうっすらと目を開けて、まずそこに飛び込んで来たものにさも怪訝そうにこの顔つきをしかめる。

 ちょっと前までテレビでは人気のタレントだったはず芸人さんは目の前にあった見覚えのない毛むくじゃらの何かしら、おそらくは二本の腕らしきをしげしげと見つめるのだ。

 じいっと……!

 それが誰のものなのか認識がそれとできないままに、両手をグー、パー、グー、パーさせたりして、またしばし考え込んだ。

「……えっ! え、え、え、え???」

 ギョッとして、顔面に冷や汗じみたものを浮かべたのはこの直後のことだ。顔も全体くまなく毛むくじゃらなのに、イヤな汗をかいているのが傍から見てもはっきりとわかった。

 間近で見ているクマのバケモノ、元は日下部はうんうん、わかりますよ、ときっと内心では頷いてたのだろうか。

 よって裏返った悲鳴を発する、その元は鬼沢のバケモノだ。

「なっ、なんだこれ!? これ、まさか俺か?? いやいやいやっ、そんなわけないっ! んなわけないじゃん!!」

 ブルブルと震える両腕がそれがどちらも自分のものだとはっきりとこの身体の感覚として、そこに伝わる神経がまざまざと教えてくれるのだが、感情がそれを一切拒否、頭の認識がまるで追いつかない中堅どころの芸人だ。

 わなわなと全身を震わせながら、やがてハッとした表情で、次にはおそるおそるしてその毛むくじゃらの腕でみずからの顔を触ることとあいなる……。

「……っ!!?」

 生まれてこのかた、自分の身体からは一度たりとも感じたことがない毛むくじゃらの毛皮(?)の感触とまるで見覚えのない凹凸をなす顔の造形、いわゆる動物、ケダモノのそれにいよいよ絶句してしまうおじさんだ。

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 腰を抜かして背後の畳にぺたりと尻を付けてしまう。

 見上げる視線の先に謎のクマ、茶色いバケモノがいたが、今となってはそこに一切の驚きを感じられなかった。
 もはやどうでもいいくらいだ。

 言葉もないままにうつろな視線でどこをともなく見つめてしまうが、この視界の左の端に見切れるものに自然と焦点が合う。

 太い毛玉のような、神社の坊主が晴れの日に振り回すみたいなでかい毛筆のかなり特大のヤツがヒクヒクとひくついていた。

 それだけやけに異質だが、身体の感覚がやはりそれが自分の身体の一部であることをしっかりと教えてくれた。

 そう。人間には唯一なくて、ケダモノにはあるもの――。

 それが自分の尻のあたりから生えていることを、左手でグニュッとモノを掴んでその厳然たる事実をはっきりと自覚させられるのだ。

「う、これ、シッポ……か? ウソだろ、俺のケツから太いのが伸びてるぞ? 夢だろ?? そうに違いないよ、こんなの、ありえない……! おい、日下部、こんなの、冗談だよな??」

 半ば呆然として目の前で立ち尽くすクマに問いかけるが、こちらはこちらでやはり相当にありえない見てくれをさらしてしまっている若手のお笑い芸人だ。

 あえなく真顔でそのいかつい肩をすくめるばかりである。

 その上で変になぐさめを言っても虚しいだけだろうと、おのれが言えることだけをありのままに伝えてやるのだった。

「まあ、見たままですね……! はじめはパニックするかも知れませんけど、すぐに慣れますから。日常生活においてはむしろこっちのほうが便利な場面も多々あるし、あはは。基本的に不便はないはずですよ? それにしても鬼沢さん……」

「…………」

 まったくもって理解も納得もしがたい。

 そんなただ呆然自失の体で開いた口がふさがらない先輩タレントに現状すっかりクマの見てくれした後輩が言い放つ。

「やっぱり、タヌキだったんですね? 状況からしてそうなるんじゃないかなと予想はしていたんですけど、なるほど納得です。まあでも可もなく不可もなくで、良かったんですかね。鬼沢さんの元からのキャラに置き換えてもそんなに違和感なさそうだし」

「は? 何言ってんの? タヌキって、何??」

 いまだ呆然としたさまの鬼沢だ。
 この頭の中が真っ白けなのを察して、ごそごそとみずからの懐の内に片手を突っ込むクマは、ほどなくそこから何かしらを取り出して畳に尻をつけたままのタヌキにはいと手渡してくれる。

 それを無言で無意識に受け取るタヌキは、それをそのまま目の前にかざしてぼんやりした視線を投じてしばしのフリーズ。

 渡されたのはシンプルなデザインながらにやや大きめサイズの手鏡で、でかい頭をしっかりと捉えて克明に写しだしてくれる。

 そこに写ったものが果たして何なのか、それが果たして誰なのかを理解するのにちょっとだけまた間を要して、直後、とどめを刺されるかのような衝撃に見舞われるテレビタレントだ。

 ↑鬼沢が変化した姿のイメージです。タヌキですね♡
 ちなみに鬼沢自体がお笑い芸人のハ○イチのツッコミのひとがモデルなのですが、もはや原型が無くなっています(^^;)
OpenSeaでNFTとしても販売中!将来有望な激安物件です♡

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「うわあっ、マジでタヌキじゃん!! タヌキそのものじゃんっ!! ここに写ってるの俺か!? ウソだって!! いいや、認めない、認めないぞっ、こんなのでたらめに決まってる! ……やっぱりタヌキだあああああああ!!?」

 一心不乱に頭を振り乱して、一度強く目をつむって再び直視した鏡には、やはりおなじケダモノの顔面が写されていたのについには絶叫するタレントさんだ。もとい、元タレントさんか?

 いっそ失禁しててもおかしくないようなうろたえぶりでおまけこの世の終わりみたいな絶望的な声音を発するのだった。

「ああ、終わっちゃったよ、俺のタレント生命……! こんなんじゃどこにも顔なんて出せやしない。まずBPOが黙ってないよ。BPOってなんだっけ? そうでなくともPTAとか、なんかしらの振興会とか、動物愛護団体とか、おい、タヌキに人権ってあるのか??」

 完全に頭の中がパニックして思考がごちゃ混ぜになっている鬼沢に、見た目のほほんとした面構えのどでかいクマが右手を差し出してくる。
 のほほんとしたさまであっけらかんと言うのだった。

「まあまあ、そんなに落胆しないでください。何事も慣れですから。ぶっちゃけ嘆いているヒマなんてありませんし。むしろそれありきのお笑い芸人だし、タレント活動だって割り切ってしまえばそれでいいんですよ。このおれをはじめとして仲間は他にもいますから」

「……仲間って、俺も家族もこんなの想定外過ぎるよ。親や学校になんて説明するんだ? あとそういうの噂では聞いたりするけど、おまえ以外にはゾンビを公言してるヤツ、見たことないし。お先真っ暗じゃないか……!」

 がっくりとうなだれるその乾いた鼻先に、毛むくじゃらでごつい右手を突き出して笑うクマ、日下部はいつまでも尻餅ついたままのタヌキの鬼沢に立ち上がるように促しながらに言う。

「大丈夫です。国がうまいことサポートしてくれます。でないと世の中が乱れちゃいますからね。それよりももっと良く今の鬼沢さんの姿を見せてくださいよ。全身がタヌキに化けて、身につけているものもすっかり変わっているじゃないですか? 己を知り相手をしらば百選危うからずっていう通り、まずは自分のことをわからないことにはこの先やっていけませんよ? ついでにおれのことも見てください。お互い見せ合いっこですね。その後にいよいよ実践てことで……」

「実践? おまえ、以前と比べてだいぶ落ち着いてきたよな? 昔はそんなんじゃなかったじゃん! いいよ、自分で立つから。ほらっ、と……わ、なんだこの慣れないカンジの景色、ひょっとして背が高くなってるのか? あれ、でもまだおまえのほうがちょっと高いの??」

「クマよりでかいタヌキなんて違和感しかないでしょう。確かにおれのほうが若干だけ高いみたいですね? 鬼沢さんは、ふうん、はじめてにしてはちゃんとそれなりのカッコしてますよね? その時の状況によっては多少の誤差が出るかもしれないですけど、たぶん平均的な鬼沢さんの変化態(モード)、いわゆるゾンビ化した状態がこれなわけで……」

「ゾンビ……! て、あれ、なんで俺こんな格好してるんだ? 俺のお気に入りの私服が影も形もなくなっちゃったじゃないか? こんなヘンチクリンな衣装、俺のスタイリストは絶対に用意しないよ! というかこれって、服なのか??」

 まったく見覚えがないみずからの出で立ちに改めて意識が向いて、目をパチクリするばかりのタヌキはひたすらに首を傾げる。
 すると間近で向かい合うクマがしたり顔して言うのだった。

「スタイリストさんなんていないじゃないですか。間違いなく鬼沢さんの服、装束ですよ、それって。特殊な見た目をしているけど、そもそもで今まで来ていた服はサイズ的に無理があるじゃないですか? さっきのアイテム、X-NFTと同様の原理で物質が変化したユニフォーム版の神具楽(カグラ)だと思ってもらえばいいんですよ。これがおれたちにとっての正式な仕事着みたいなもんですから」

「うう、さっぱりわからないよ。ごめん、俺さっきからおまえが言ってることの半分もわかってないと思う。俺がさっきまで着ていた私服が、俺がこんなタヌキに、これタヌキなんだよな? なんか納得いかないけど、タヌキってあたりに、とにかくタヌキになったのと一緒に服もドロンって化けたってことなのか? あれ、俺、いま何を言ってるんだ??」

 自分の口から出た台詞に自分で困惑、げんなりしたさまで左右の眉をひそめる鬼沢に、若干の苦笑いみたいなものをそのキバが見える口元に浮かべる日下部は、こくりとうなずく。

「ちゃんと理解できてますよ。鬼沢さん。ついでにその衣装の仕様だとかもじぶんであれこれ探ってきちんと理解しておいてくださいね。ひょっとしたら意外な機能や能力があるかも知れませんよ? 昔からひとを化かすっていうタヌキだから、なおさらじゃないんですかね? 腰の左右に付いてる大きなポーチみたいなの、それっていかにも意味ありげだし……!」

「ポーチ? あ、これのことか、これって袋なのか? モノが入れられるみたいな?? なんか邪魔なカンジだよな、どっちかひとつでいいのに! 番組で用意された衣装だったら良くできてるけど、なんかビミョーだ。でも子供受けとかはするのかな? 俺、これからはよりご家庭の主婦層の支持とか人気が欲しいから、これってかなり重要なんだよな。子供がケガするような無骨な突起とかはないほうがいい! あれ、そう言うおまえはおまえでやっぱりおかしなカッコしてるよな、んんっ……」

「鬼沢さん、今さら主婦層人気なんて狙っているんですか? 鬼沢さんのところのアゲオンのファンの母体って、たいていは若めの独身男性層ぐらいに思ってましたけど。あんまり女子受けはしない芸風に見えるし……なんですか?」

 しげしげとみずからの格好を眺め回してから、次に目の前に仁王立ちする相手の出で立ちにまじまじと注目する、そのタヌキのおじさんの視線に若干気圧されながら太い首を傾げるクマだ。

 すると毛むくじゃらのタヌキは渡された手鏡を元の主に返しながら、何やらどっちらけるようなことを真顔でぬかしてくれる。

「日下部、おまえのそのカッコってさ、なんかダサくない?」

「は?」

「いや、ダサいだろう! 全体的に色味が暗いし、デザインももっさりとしてどこにも愛嬌が無いっていうか、デザイナーの意図するところがさっぱりわからないもん。俺のとは雲泥の差だ。絶対売れないだろ、そんなノーコンセプトな出で立ちの芸人!」

「はい? コンセプトは関係ないんじゃないですか? デザイナーなんていないし。失礼しちゃうな、もとより鬼沢さんのと大差ないと思いますよ。これって本人の気質、ゾンビの個体差に応じて実体化するものですから、まさしく状況に応じたベストなカタチなんですよ。変ないちゃもんつけないでください。芸人だったらむしろ悪目立ちして一発屋くらいは狙えますから」

「どうかな~? とにかく俺はないと思う。ダサいもん。子供が受け付けないって、なんか気色悪いもんな! 変質者が不気味な笑みを浮かべているように見えるぞ、おまえのその服の模様? あるいは悪質なピエロ??」

「ニコちゃんマークに見えるでしょう? 心理的に相手に不信感を抱かせないためのある種の擬態みたいなものだとおれは理解してますよ。誰にでも受け入れられる完璧なデザインです。ま、ふつうの人間には見えないんですけど、このカッコ自体は……」

「は? 見えないって何が? こんなにでかくて毛むくじゃらでむさ苦しいんだから、見えないわけがないだろう?? 俺もひとのことあんまり言えないけど、おまえは100メートル先からだって丸わかりだよ。みんなこぞって逃げていくだろ」

「そんなことないです。じゃあ試してみますか、実践で? 実際に外に出てみればわかりますよ。回りの反応ってヤツが……!」

「は? このカッコで?? できるわけないだろって、おい、何する気だ? ちょっと、そのポーズって、まさかさっきの……」

 利き手を腰だめに構えて意識をそこに集中するようなそぶりをする目の前のクマに、ちょっと危機感を感じてのけ反るタヌキ。

「はい。このおれの後に付いて来てください。これから実践に入りますので。まずは外に出てからですね、ということで、んん、伸びろ、如意棒……っ!!」

「あ、え、わあっ、ちょっと待って、まさか、壁をぶち破って無理矢理この外に放り出すつもりかっ!? そんなむちゃくちゃ、わああああああああああああああああっっっ!!!?」

「いいえ、壁ではなくて、窓です! 回りにひとはいないように配慮してありますから、問題ありませんよ。そうれっ!!!」

 派手なガラスの割れる音とおじさんの悲鳴を残して、がらんとした楽屋にはそれきりに人の気配が一切しなくなった。

 ぽつんと取り残された私物のバッグがそこにはあるだけだ。

 混迷を深める二匹の魔物、ゾンビたちの消息を知る手がかりはどこにもない。この瞬間を境にひとの感覚が及ばない未知の領域へとお笑い芸人たちの命運は転じるのだった。

                次回に続く……!

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「オフィシャル・ゾンビ」③

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

-さいしょのおはなしの、つづきの2-


 目の前でぼさぼさの頭に金の輪っかをはめた青年――。

 それなりに見知ったはずのお笑い芸人が、真顔になって何やらごにょごにょと口ずさみはじめるのを、言えばこの同業者である坊主頭のお笑いタレントは不可思議に見つめるばかりだ。

 怪訝なさまで相手をうかがうのに、みずからの腰のあたりに添えたその右手、おそらくは利き手なのだろうその手のひらを軽く握るようなそぶりを見せる若手の芸人は、どうやらそこに彼自身の意識を集中しているのらしい。

 傍目にはまったくもって意味不明なありさまながら。

 片やこれをいかにも怪しい手品でも見ているかの気分の坊主だが、ふと気が付けば何もないはずのそこに、何かしらの気配のごときものを感じているのには我ながら戸惑いが隠せない。

「え、なに、やってんの? おい、くさかっ……べっ……!?」

 次の瞬間、チラとこちらを見るむさ苦しいぼさ髪の男は何やら聞き覚えのある言葉と共にみずからの右手にぐっと力を込める。

 まさにその瞬間だった……!

「……伸びろっ、如意棒……!!」

「へ? にょ、にょいぼ、うっ? て、あっ、わああああああああっ!??」

 その不意に発した如意棒、にょいぼうのかけ声と共に、刹那、相手の手元から見えない何かがこちらめがけて走ったのか? 

 ブォオオオオオオオオーーーンンッ……!!

 低いうなりと共に、何か不可視の物体が突如としてみずからの身体を貫いた!

 もとい、思い切りに押しのける勢いでこの身体ごと背後の壁へと突き飛ばされた!?

 結果、完全に両足が畳から浮いてしたたかにこの背中を楽屋の壁に打ち付ける丸坊主のタレントだった。

「なあっ、なんだっ! これ!? いたたたたたっ、やめろっ、やめろよっ! おいっ、誰かあ!! 助けてくれっ……!!」

 思わずボサボサ頭越しに見える閉ざされたままの出入り口の扉に向けて助けを求める鬼沢だが、あいにくとそこから反応らしきはとんと返らないのに苛立たしげに歪めた顔でわめき散らす。

「ちくしょうっ、なんだよ! ひとがこんな目に遭ってるのに、どうして誰も来てくれないんだよっ、俺、演者だぞ!?」

 がなって目の前の後輩芸人、日下部に怒りの矛先を向ける。

「おいっ、日下部! おまえっ、こんなことしてただで済むと思っているのか!? オフィシャルだかなんだか知らないが、やっていいことと悪いことがあるだろう!! この、このくそっ……なんだよこれ!?」

 不可視の力で自らの腹部を強烈に圧迫するものをどうにか振り払おうとこの両手を身体の前で振り乱そうとも、虚しく虚空をかすめるばかりで何ひとつとそこに手応えがない。

 真っ赤な顔でいまだ目の前で冴えない表情の青年をにらみつけるのに、平然としたさまの後輩芸人は覚めたまなざしで見返すばかりだ。

 すかしているにもほどがあるが、肩の力が抜けきっていっそ無気力とすら見える相手は、挙げ句の果てにはみじんも悪びれたそぶりもないままに淡々と言ってのけた。

「あ、すみません。言うよりも実際にこうして見てもらったほうが話が早いと思って……! もちろん危害を加えるつもりなんてないですから。おれたち世間から〝ゾンビ〟って言われるヤツらのちからの一端をわかってもらえれば。今はこの人間の見た目のままですけど、本来は、まあ、そっちも見てもらったほうがいいんですかね? おれも見たいし、鬼沢さんの……ね」

「な、なにわけのわかんないこと言ってんだよっ、俺はゾンビじゃないっ! おまえだって人間の姿のままじゃないか!? なにがゾンビだっ、てかこのちからなんなんだっ、ほんとにわけがわからないっ、あとなんでこんなに騒いでるのに誰も来てくれないんだよっ!! おおいっ、スタッフ、誰もいないのかあっ!?」

「ああ、いないんじゃないですか? そういう風にお触れを出させてもらっていますから。オフィシャル・ゾンビの公式アンバサダーの権限をもってですね? 今このフロアにいるの、たぶんおれと鬼沢さんだけですよ。邪魔が入らないようにあらかじめに制限と特別な配置、配慮をしてもらっているんです。何よりも他の縁者さんとか、どこにもいなかったでしょう?」

※↑日下部の変身した後の姿、とりあえずでこんなカンジを予定しています。クマの人型亜人種(通称・ゾンビ)、みたいな?

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 平然としたさまでどこまでもぬけぬけと言ってくれるのに、なおさら仰天して顔が赤くなったり青くなったりする坊主頭はなんだか丘につり上げられたタコみたいなありさまだった。

「なっ、なんだよそれっ! おまえいつからそんなに偉くなったんだ!? あとこのちからなんだ!! なんでなんにもないのにこんなにからだを押さえつけられるんだよっ、どんな手品なんだっ、日下部っ、いい加減にしろよ!!」

「ああ、はい。お気を悪くしたのなら謝ります。それではちからを解除しますから、受け身、ちゃんと取ってくださいね?」

「は? あ、わわわわわっ!? いたっ、たたあっ!!」

 ドンッ!

 身体ごと背後の壁にぐいぐいと押さえつけていた不可視の力が不意に喪失するのに、ろくな受け身も取れないままにしたたかに尻を畳に打ち付ける鬼沢だ。

 だから言ったでしょうと言わんばかりのしらけた後輩芸人の顔を見上げて泣きそうな声を出す。

「いっ、いきなりなんだよ! ケガしちゃうよ、もうちょっとやりようがあっただろう!? ゾンビもへったくれもありゃしない、ただのあやしい奇術じゃないかっ、くそ、俺は認めないぞ、こんなのただの嘘っぱちのまやかしだっ!!」

「はあ。いえ、まやかしも何も、れっきとしたゾンビのなせる技ですよ。ゾンビって言い方が悪いんですかね? でも何を隠そう、おれはこのゾンビの力、わざわざゾンビの姿にならなくても行使ができるんです。それこそがこの特殊な『輪っか』のおかげでですね……!」

「輪っか……。それがあればさっきみたいなことができるのか? いわゆる超能力みたいなのが使えるようになる、みたいな??」

「はい。まあ、誰でもってわけではないし、基本はこのおれ固有の能力ですよね。この輪っかもおれ専用のアイテムだし。ただしおれが認めれば貸与することもできますけど。あと、相手を拘束、捕まえたりする目的でも使えるし。とっても便利なんですよ、この輪っか、そうです、その名も『金魂環』!ってヤツは」

「きん、こん……かん? ひょっとしてふざけてる??」

 頭から取り外して改めて利き手でつまんで示してみせる金色の輪っかを、方やきょとんとしたさまで見上げるばりかの芸人だ。

 それにもまた平然とした様の後輩の日下部はまたしてもぬけぬけと言ってくれる。

 こちらは鬼沢の変身後の姿、のイメージです(^^)

「あ、そろそろ収録の時間なんじゃないですか? ここでお待ちしていますから、どうぞ行って来てください。あ、遠慮しないで、遅刻しちゃいますから。おおよそ二時間くらいですかね? それまでこちらはこちらでいいお返事を期待しながら待機していますので」

「え、もうそんな時間? なんだよっ、まだ心の準備がっ、てか、ここで待ってるの? ひとの楽屋で?? なんかヤだな! 貴重品とかマネージャーに預けておきたいんだけど」

「ああ、だったらおれが預かっておきましょうか?」

「結構だよ! おい、ふざけんなよ、おまえが信用できないって言ってるんだからな!!」

「はあ、そうなんですか? でもあいにくとマネージャーさんは来ないですよ? さっきも言ったとおり、この現場に関係者以外は一切、出入り禁止の第一級の機密制限かかってますから」

「なんだよそれっ! マネージャーは関係者だろうっ、頭にくるな!! だからおまえにどうしてそんな権限あるんだよ!? あと何よりおまえが関係者ヅラしてるのが腹立つわっ!!」

「ですからさっきも言ったとおり、アンバサダーですから。政府公認の? あ、オフィシャルって意味、知らないんですか??」

「知らないよ!! いや知ってるけど! ええいもういい、おまえ、あっち行けよっ、やっぱり納得がいかない、俺の視界に入らないところでじっとしてろ! もう話しかけてくんなっ、できたら隣の楽屋でくたばってろっ、営業妨害だぞっ、ああ、ほんとにイライラする!! なんかまだ大事なことがあったはずなのに、すっかり忘れちまったじゃねえか!!」

「あ、ひょっとして衣装さんのことですか? その普段着の格好じゃアレですものね? でも当然、衣装やメイクさんも来ないですよ。制限かかってるんだから? さっきから言ってますけど」

「ほんとに営業妨害じゃないか!! わああっ、どうしてくれるんだよっ、もう時間ないぞ、てか、スタッフも誰も迎えに来ないじゃないか! なんだよっ、おかしいよっ、俺の人権おびやかされてるじゃんっ、さっきからずっと!!」

「大げさじゃないですか? いいえ、ちゃんと守られてますよ。鬼沢さんのゾンビがらみのマスコミの報道規制、今月の末までは有効期限がありますから。その後はどうだかわかりませんけど? でもオフィシャルのカミングアウトをしてアンバサダーになれば、ご家族ともども安泰ですよ。このおれが保証しますから」

「なんだよその保証!? いいや絶対に信用できないっ! あと報道規制ってなんだ!! マスコミって、うそだろっ、この俺の人権、マジでおびやかされてるの!?」

 しばしの口論の後にしまいには顔面蒼白で口をパクパクさせる鬼沢に、やや苦笑いの日下部がゆっくとり道を空ける。

 左手で出入り口の閉ざされたドアを指し示して言うのだった。

「どうぞ、はりきって行って来てください。応援してますから。何かあったらすぐに駆けつけるし。あとさっきの水晶石、捨てないでくださいね。転売は最悪、国家反逆罪とかになるんで、くれぐれもなしで。あと借り物だから、おれが怒られちゃいます」

「誰に?」

「秘密です。まだ。詳しくは晴れて鬼沢さんがアンバサダーの肩書きを手に入れてからですね」

「もう強制じゃん。おまえ、俺に何の恨みがあってこんなひどい仕打ちを? 背後にどんな組織があるって言うんだよ。こんなあからさまなひどい人権侵害っ……」

 もはやぼやきが絶えない鬼沢だ。

 がっくり左右の肩を落としてどん底まで落ち込む。

 それを前にしてくすりと笑う後輩芸人は、腐る先輩のコメディアンにしたり顔して言うのだ。

「国家ですよ。はい。こんなにでかい担保はないでしょう? やればわかります。やらなきゃ……それもまたわかります。おれは鬼沢さんが正しい判断をしてくれると信じてますよ。プロなんだから収録すっぽかして逃げるなんてしないですよね? それだからどうかこのおれを……」

「ちっ、なんだよ……!!」

 衣装やメイクはもう諦めてその場をズカズカと後にする鬼沢は振り向きもせずに出口へと向かっていく。


 荒々しい手つきでドアを開いて力任せに閉じる怒った背中に、これをその場で見送る日下部はちょっとだけ切なげな視線を投げかけて、ぼそり、と言葉の続きを述べるのだった。

 さながら祈るかのように。

「このおれを、人でなしにはしないでくださいね……!」

 ぱったりと人気の絶えた狭い部屋で、うつむく青年はゆっくりとその場にしゃがみ込む。

 そのまま静かに時は過ぎていくのだった。

 かくしてそう。

 またこの後に幕を開ける、ドタバタ劇の続きまでは――。


      次回に続く……!