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「オフィシャル・ゾンビ」11

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 11

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり異形の亜人種=ゾンビであることを告げられたお笑いコンビ、「アゲオン」のツッコミ担当、鬼沢。
 人気のお笑いタレントとして活躍する傍ら、裏ではゾンビの公式アンバサダーとしての活動を、同じく若手のお笑い芸人にしてゾンビのアンバサダー、日下部に要請されてしまう。
 露骨に嫌がる本人をよそに無理矢理にゾンビの正体を呼び起こされ、あまつさえ先輩の芸人、実は野良のゾンビだったというコバヤカワにはガチの真剣勝負を挑まれてしまうのだった。
 ドタバタした悪夢のような一日から数日――。
 またしても日下部につきまとわれる中堅タレントは、そこでまたあらたなる新顔のゾンビたちと引き合わされることに……!? 
 ドタバタお笑いバトルファンタジー、新展開に突入!!


 青くて高い空により近い場所で、初春の風が、より冷たくこの頬をなでた。

 とっくに通い慣れたはず某民放キー局の勝手知ったる建物の内でも、そこだけは人気のない拓けた高層階にひとりでたたずむ、やや中年にさしかかりのおじさんタレントだ。

 はじめひどく所在なげにたたずんでいながら、それにつきやがてしみじみとした抑揚の感想を漏らす。

「へぇ、意外といい見晴らしなんだな……! 天気もいいし。でもここっていつもは鍵が掛かってて、ひとは原則立ち入り出来ないはずなのに、なぜか今は空いてるんだ? あいつとの待ち合わせに指定されていたから、おかしいとは思っていたんだけど」

 見た感じはそこが屋上階と思わせて、実は本来の屋上との間の謎の空間となるここは、果たして何階となるのか。

 緊急時のヘリポートや番組のロケ現場ともなる空中庭園がある広い屋上階は、頑強な鉄骨の構造物で土台が築かれており、この土台部分の基礎を支えるのが、今いるコンクリの平たい床面だけが広がる、やたらに無機質で閑散とした場所だ。

 まずどこにも人気がない。

 そこでは四方を囲む壁の代わりに、鉄製の高いフェンスがぐるりと張り巡らされており、その分にあたりの景色がことのほか良く見えて、ある種の絶景スポットかとも思える。

 風通しがすこぶる良くてこんな天気の日なら一般向けに解放してもいいくらいだ。

 ひとりになりたい時はまさしく絶好の穴場だな、と密かに心の内に書き留める、人気お笑いコンビのツッコミ担当だった。

 中堅漫才コンビ・アゲオンの鬼沢と言えば、もはや全国的にもそれなりに名が通るだろう。

 トレードマークのきれいなまあるい坊主頭に、愛嬌のある笑顔で憎めないキャラクターとしてお茶の間にはそれなり好評を博しているとは、当の本人も少なからず自負しているくらいだ。

 テレビの露出は他の同期と比べても高い方だし。

 そんな自他共に認めるイケてるタレントさんが、今はやけに神妙な顔つきをして、そわそわとこの周りに視線を泳がせていた。

 要は誰かを待っているのだが、その当の待ち人がフロアの奥の暗がりから、のっそりと姿を現してくる。

 相変わらずの冴えない表情で無愛想なボサ髪の後輩芸人に、ちょっと緊張した面持ちの先輩は、そこで気を持ち直すと、あえてうんざりした調子でみずからの言葉を発した。

「ああ、おはよう、日下部! てか、そっちから呼び出しておいて待たせるなんてひどくないか、後輩として? 俺、先輩だよな、芸歴で言ったらお前なんかよりもずっと??」

 不機嫌なさまを隠さない物言いに、まっすぐに歩み寄る後輩はソーシャルディスタンスはぎりぎり保つ範囲でその足を止める。

 こちらもなんだか浮かないさまで苦笑い気味に言葉を発した。

「ああ、はい、すみません……! 芸人とゾンビの、この公式アンバサダーの掛け持ちしてると、どうしても時間にルーズになっちゃって……。でも来てくれてありがたいです、鬼沢さん。ひょっとしたら、すっぽかされちゃうかも知れないと思ってましたから。あの例のゴタゴタした一件がありましたからね?」

「ああ、いっそすっぽかしてやろうかと思ってたよ! でも逃げたところでお前が追っかけてくるんだろ? 公式のアンバサダーでございって、何食わぬ顔してさ! ちょっと癪だけど、逆らってもいいことなさそうだから。長いものには巻かれろって昔から良く言うしな?」

 いいトシのおっさんがひどいむくれっ面で何かしらをひどく揶揄したような言葉付きに、対するこちらもいいトシのこやじは、かすかにうなずく。

「いい心がけですね。確かにおれのバックにはれっきとした国がありますから……! で、あれから体調はどうですか? ひょっとしてゾンビの正体を他人に見破られかけてたりして、すったもんだとか? この場合の他人は家族も含むんですけど……」

「は、家族は他人じゃないだろ? おい、相変わらずイヤな言い方するよな。たく、そんなヘマするほどガキじゃないさ。お前からもらったあの妙な水晶石、クリスタルだったっけ? すっかり色があせてただの石ころみたいになっちゃてるけど、そのおかげか体調は悪くはないよ。コバヤさんから食らったどぎついトラウマみたいなのも、ひょっとしてあれが癒やしてくれたのかなぁ」

「良かったです。でもそのクリスタルはここで一度、回収させていただきます。うまくすれば今日また新しいのを仕入れられますよ。ちょうどうまい具合に、仕入れ先の納入業者さんが来てますから……!」

 そんな後輩芸人の意外なセリフには、ちょっと怪訝に聞き返す鬼沢だ。

「業者? なんだよ、あれって仕出し弁当みたいに局に搬入する業者さんがいたりするの? あんな怪しい石、弁当よろしく楽屋においてあったことなんて、あったっけ??」

「ああ、そのあたりはもう説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いですから、これから本人さんたちと引き合わせます。それでは早速、そちらの楽屋挨拶に行きましょうか」

「は? どういうこと?? あとなんだよ、これ?」

 意味深な口ぶりする後輩が、やがてスッと差し向けてきた、いつぞやの見覚えのある金ピカの輪っかに、怪訝な表情がますますもって険しくなる鬼沢だ。

 確か、キンコンカン、とか言っただろうか?

 例の頭にすっぽりとはまるサイズの金色の輪っかを受け取るつもりが、相手の差し出す輪っかはあいにくこの手元ではなくて、直接にこの坊主頭にかぽりとはめられていた。

 およそ無断で、さも当たり前みたいに……!

 はじめ言葉が出てこない先輩芸人だ。

「あ、別にあのタヌキに変身するんじゃなくて、今回はただ気配を消すだけです。周りのひとから存在を認識されないように。それにもうこれに頼らなくとも変身はできるんじゃないですか?」

「……ああ、家の裏庭とか、自室の書斎とか、家族の目につかないところでちょこちょこまめにやってはいるけど……。じゃなくて気配を消すってなんで?」

「いざオフィシャルのアンバサダーとして最低限度の能力は身につけておかないと、そのための大切な実習です。あとここで待ち合わせをするときは、その機密保持の必要性からフェードの状態を保つことは必須です。だからっていちいちゾンビに変身するのはアレですから、このままの姿でですね。以前のコバヤさんがやっていたあれです。慣れればできますよ」

 真顔でなされるもっともらしい説明に、うんざりしたものが顔にわりかしはっきりと出る新人の公式アンバサダーさんだ。

「は、ここならそもそも人目にはつかないだろうさ? めんどくさいな! やってることどこぞのスパイかテロリストじゃんっ」

「これならたとえドローンで空撮されても間違って見切れてしまうことがありませんから、今はどこに誰の目があるかわからないじゃないですか。元の出で立ちが目立って仕方ない公式アンバサダーのお仕事は、原則この気配を消してでないとつとまりません……!」


「ほんとにめんどくさいな!! こんな恥ずかしいカッコで局内をうろつきたくなんかないよ、ああ、でもこれだと普通のひとには見えないんだっけ? 普通のひとってなんだよ!?」

「ふふ、ノリツッコミがお上手ですね。まあ、万一にバレても西遊記のコスプレくらいで済むんじゃないですか? それではさっそく局内に移動して、ぼくらとおなじアンバサダーの芸人さんたちの楽屋挨拶に行きましょうか。大事な一発目の顔合わせ、とは言っても、きっともう知ってるひとたちですよ?」

 あくまで真顔を崩さない日下部の物言いに、いよいよ拒否反応じみたものが目の下あたりにしわかクマとなって現れる鬼沢だ。

「おんなじってなんだ? 俺、まだ何もやるだなんて認めてないはずだけど? アンバサダー?? あと芸人さんって、コバヤさんみたいな実はゾンビのタレントさん、他にもまだいるの? 俺、そんなの全然、身の回りに覚えがないんだけど……!!」

「果たしてあちらからはどうなんですかね? 鬼沢さんが気づいてないだけで、世の中は複雑に裏と表が入り乱れているんです。すぐにわかりますよ。気のいいひとたちだから、人見知りな鬼沢さんでもすぐに打ち解けます。仲間なんですからね?」

「仲間って……! なんだよ勝手に決めつけて、俺の意見がどこにもないじゃん? ひとの都合は無視なのか? おい日下部、さっさと行くなよ、まだ話は終わって……ああん、もう、待っててば!!」

 さっさときびすを返して暗がりに姿を消す後輩に、先輩の人気タレントが半泣きの困惑顔してこの背中を追いかけていく。

 そうしていざ局内に戻ったら、そこからはふたりとも押し黙ったきりですっかりと気配を殺した隠密行動になる。

 途中で何人もすれ違ったが、やはり見知った人影は誰もこちらに視線をくれるようなことはなく、完全スルーでやり過ごしていくことになる。

 だがこのあたり普段から人気商売でならしいてるぶん、実は内心でビミョーな心持ちのタレントさんだ。

 おまけ驚いたのはエレベーターのようなごく狭い密室でも、まるで気配を感じ取られている様子がないことで、本当に透明人間になったかの心持ちになる。

 ちょっとした冒険をしてるみたいでわくわくもするが、隣で日下部が何事がつぶやくのに耳を済まして、途端に吹き出しそうになる鬼沢だ。

 いわく――。

「……オナラはしないでくださいね?」

「ぶっ、するわけないじゃん!! 今のは違うぞっ! コバヤさんじゃないんだからっ、あぶねっ、気づかれちゃうよ……!!」

 額にイヤな汗を浮かべながら、ある特定の階で動く密室から降りるふたりのゾンビたちだ。

 そうして長い廊下を進んだ先にたどり着いた、あるひとつの楽屋なのだが、やけにビミョーな面持ちでそれを見つめる鬼沢だった。

 そこはとてもなじみがある景色で、そうだつい最近、おのれが巻き込まれたいつぞやのドタバタのはじまりとなった、まさしくあの時のあの楽屋なのだ。

 ヘンな既視感みたいなものを覚えて、隣のアンバサダーに白けた視線を向ける。

「おい、ここってあの楽屋だよな? てことはまたおかしな規制線が張られてたりするのか、このあたりに? だったら気配なんて消す必要なかったんじゃないのか、おまけに確かにこの中にいるのって、知ってる芸人さんたちだし!!」

 ドアに掲げられた案内ボードには、それはしっかりと有名な漫才コンビの名前が書き込まれていた。

 じぶんたちよりもさらにベテランのそれだ。

 おかげでちょっと緊張してしまうが、一方でみじんも悪びれることもない日下部は先輩の文句をしれっと聞き流す。

「ああ、まあ、そう言わないでください。ここらへんある種のお約束で、言わば各局ごとのデフォルトなんですかね? この局はここがぼくらゾンビがらみの完全対応区域ってことで……!」

「ふんっ、あとさっきの屋上階の怪しい陰のフロアか? なんだよ、ある意味バレバレじゃん、知ってるヤツらからしたら! なんかどっちらけるよなあっ……」

「おほん、それじゃ、とっとと入りまーす。あ、ちゃんと円満に挨拶してくださいね、このあたりは持ちつ持たれつってヤツで、みんなお互い様なんですからっ……はい、失礼しまーす」

 いきなりドアをノックして楽屋に身を乗り出す日下部に、鬼沢はまだ心の準備ができてないと慌てふためくが、これに無理矢理に引っ張り込まれてしまった。

「あ、お、おはようございまーす! どうも、アゲオンの鬼沢です。お世話になってます。えっと、今後ともよろしくお願いします、その、バイソン、さん……?」

 いざとなるとその職業柄で身に染みついた習性からか、それっぽいことが口からすんなりと出る中堅芸人だ。

 そうしてじぶんよりもさらに芸歴が長いおじさんたちの顔を上目遣いでうかがう。

 あの見慣れた楽屋の風景はいつものままで、そこに今はふたりのおじさんたちがくつろいださまでこちらを見返してきていた。

※この挿し絵は完全に失敗しているので、以下におおよそのコンビのイメージをのっけておきます。これでいいのか?

※左がバイソンのボケ担当、東田と、右がバイソンのツッコミ担当、津川のおじさんコンビです(^^) 元ネタの芸人さんとはやっぱり似てないですね!

 番組収録の時と同様、普段からとかく落ち着いた真顔で、内心の思いを滅多に表情に出さない東田は、何でも顔色に出す素直な後輩の芸人くんにそう何事か問うてくれる。

 えっ? えっ?? と内心の狼狽ぶりがあからさまな鬼沢に、相変わらずのすまし顔した日下部がしれっとフォローを入れる。

「ですから、アレです。いまさっき回収すると言ったもの、鬼沢さん、持ってますよね? それです。元の持ち主の東田さんに返してあげてください。でないと次のものがもらえませんから」

「えっ、アレ?? あのクリスタルって、実は東田さんのものだったの? なんか、イメージに合わないんだけど……これ??」

 言われてぶったまげた顔でみずからの懐から濁った灰色の水晶石みたいなものを取り出す鬼沢だ。
 それをほれと手を差し出してくる先輩のボケ芸人さんにおっかなびっくりに手渡す。

 すると何食わぬ顔でそれを手にした東田は、おのれの手元をしばらく見つめてから、きょとんとした鬼沢を目の前にしてこの顔つきがさらに呆気にとられるような意外な仕草をしてくれる。

「イメージは関係あらへんやろ? ふうん、しっかりと回復の効果は使い切っとるんやな。そやったら、ああんっ、んんっと!」

「えっ、え? なんで??」

 カエルかトカゲみたいな無表情な顔つきで大きな口を開けると、そこに例のものをポイッと放り込んで一息に飲み下す東田だ。
 ギョッとなる鬼沢は腰を浮かせて大きくのけぞってしまう。

「た、食べちゃった……! それって食べ物だったの?? え、いやいや、ただの固いカチカチの鉱物だったよな、無味無臭の??」

 顔を引きつらせる鬼沢だが、周りの面々は何とでもなさげなさまなのに、自分も必死に心を落ち着けるよう努める。
 これに内心のパニックを見透かしたかの先輩芸人は、あくまでしれっとした口ぶりで言ってくれた。

「ええんよ、身体に取り込んだところで害はないし、ぼくの場合は特別や。もとからこの身体の一部やったさかい。こうして取り込んで、ふたたび再生したものを取り出すんよ。その繰り返しや」

「ははん、ちゅうてもはじめて見た子はみんなびっくりするやろ! 口から取り込んだもんはそのまんまケツからひねり出すんやから、なおさらビックリやわ!!」

 相方がすかさずツッコミを入れるのに、それを聞かされたふたりの後輩くんたちの気配がにわかにざわつく。

「え、お尻から?? それじゃまさか、あれって……!?」

「そうだったんですか?? まさかそんなことだったとは……」

 表情にくっきりと暗い影が浮き出る他事務所の後輩たちに先輩のおじさんは苦笑いしてこの首を振る。

「ちゃうちゃうっ、そないないわけあるかい! ケツが血だらけになるやろ。おいおかしな茶々入れんと、ふたりとも引いとるがな。あと鬼沢くんに新しいヤツをやったれよ。ほれ、口で説明するより目で見たほうが一目瞭然やんか、まさしくで?」

「んっ、おう、めんどいの! あないにでかいのは取り出すのが面倒やからほどほどのにしてや? それじゃふたりともよう見といてや。おい東田、どこや? 手が届かれへんところやろ??」

 座卓を挟んで相対していたコンビのおじさんたちの内、ツッコミ担当の津川がいざ腰を上げるとぐるりと相方の東田の背後に回り込んで、その背中に手を当ててもそもそとやりはじめる。

 それをはじめ訳もわからずに見ていた鬼沢だが、静かにそのさまを見つめる日下部とふたりで先輩のベテラン芸人のコンビ芸に固唾を飲む。
 お笑いと言うよりはビックリ人間ショーに近いさまをまざまざと見せつけられるのだった。

 相方の背中をどれどれとさすっていた津川が、やがてその真ん中あたりで何かしらの感触をこれと探し当てたらしい。
 無言でみずからの右手を東田の襟首からこの奥底へとずぽりと潜り込ませる。

「あった! これか、でかいのう? 目で見えんさかい邪魔なこの服、脱いだほうがええんちゃうか? 取りずらいでほんま!!」

「いいやろ、はよ取れや。企業秘密やさかいひとには見られたない。こそばゆいわ、はよ取れって、はようっ、あんっ……!」

「おかしな声出すなやっ、ひとが聞いたら勘違いされるやろ! ん、ほれ取れたぞ、これやろっ、でかいの!!」

 やがて津川がその手に取り出した緑色に輝く物体には、心底びっくり仰天する鬼沢があっと声を上げる。

「あっ! クリスタル!! どこから出したの? 東田さんの背中から出てきたぞ? まさかあの身体から生えてきたのか??」

「はい。そのまさかなんですかね……! ある程度予想はしていましたが、実際に見るとビックリです。あの服の下がどうなってるのか、想像するのがこわいですね……」

 目をひたすら白黒させる鬼沢にさめた視線の日下部が応じる。

 無機質な真顔に意味深な笑みを浮かべる東田はかすかにこの肩をすくめさせた。そうして相方が手にした緑色の光りを放つ例の水晶石を利き手に取って、これをしげしげと見定める。

 用が済んだとおぼしき津川は、もと自分がいた場所へともどってまたぺたりと尻を付けた。そうして感情が複雑な鬼沢にさも楽しげなしたり顔して言ってくれるのだ。

「わいらとゾンビ仲間の鬼ちゃんには特別サイズの一級品や! 大事にあつこうてや。あのクラスなら致命打でもぎりぎりしのげるで」

「ふん、そこまでちゃうやろ? まあ、こないなもんか。いい出来や。ほれ、あげるから大事に取っといてや。回復系のアイテムならゾンビ界イチの使い手、このバイソンが特製のクリスタル。ケガしたらたちまち効果を発揮して治してくれること請け合いや」

「ああっ、はい、どうもっ……! て、いいんですか? もう何度もお世話になっちゃってるけど」

 相手が差し出してきたものをまたおっかなびっくりに受け取る鬼沢だが、日下部からしれっと釘を刺された。

「いいんですよ。お互い様なんですから。鬼沢さんから提供する時もじきに来ます。アイテムの生成自体は鬼沢さんも素質があるみたいだから、きっと持ちつ持たれつでうまくいきますよ」

 これにははじめやや苦笑気味にうなずく東田だが、不意に何やら感じたものか鬼沢に驚いたふうな視線を向けてくれる。

「ふふん、そう願いたいもんやな。ん、にしても鬼沢くん、しょっぱなからキツい目に遭ってるみたいやな? さてはコバヤの兄さんにひどくいじめられたんやろ? さっき取り込んだ石の記憶にはっきりと残っとるわ。うわ、くっさいの食らわされとるのう!」

「うわ、最悪や! オニちゃん、あれ食ろうたの? てことはあの兄さん、あのおっかないゾンビの姿になったんや? うわ、くわばらくわばら!! 勘弁してほしいわ、ほんま」

 相方のセリフに過剰な反応して津川がガヤを発する。
 まるでバラエティ番組のやりとりを見てるかの心持ちの鬼沢だが、目をまん丸くして頭を大きく傾げていた。
 ちょっとした危機感みたいなものに内心で舌を巻く。

「石の記憶……? そんなのあるんですか? うわ、やばい、俺、変なことしてないかな、あれから家とかロケ現場で……! プライベートなことがもろバレじゃん!!」

「確かに肌身離さずとは言いましたが、ひとに見られたくないことをする時にまで持っている必要はありませんよね? それにしてもあの水晶にはそんな機能まであったんですか」

 バツが悪い顔で言葉が無くなる鬼沢だ。これに覚めた目つきを右から左に流す日下部に、東田が何食わぬさまで応ずる。

「ふん、何から何まですべてを記憶しとるわけやあらへんよ。ボイスレコーダーとちゃうんやから。ごく一部、特に印象に残ったことや、多くは精神的なショックや肉体的ダメージを食らった時なんかやな……! 特にコバヤの兄さんのアレは格別くっさい、やのうて、えげつないもんやから。鬼沢くんよう耐えたわ。ぼくなら心がぽっきり折れとる……!!」

「ほんまにきっついもんな! あれはシャレにならへんもん」

 ふたりしてうんうんとうなずき合うお笑いコンビに、鬼沢も自然と頷いてかつてのことを脳裏に思い返す。
 うげっと苦い顔で舌を出してしまった。

「うへっ、そうか、コバヤさんのあれをふたりともやられたことがあるんだ……! 確かにシャレにならないよな。俺も心が折れそうだった。あの時の記憶があの石に残ってたんだ……!!」

 先輩たちの反応にある種の共感を覚えるが、それとはまた別の共感を抱く日下部が意味深にうなずいて言った。

「便利な能力ですよね。いわゆるブラックボックスみたいな機能も果たすわけで、東田さんはこの記録の解析とおまけに未知の敵の情報収集ができるわけだし……」

「なんやストーカーみたいないわれようやな? 気ぃわるいわ。そのくらいの役得はあってもええやろ。まあええ、それよりも鬼沢くんがコバヤの兄さんと互角にやりあったちゅうんが、びっくりやわ。きみ、まだゾンビになりたてやのに、大したもんやろ」

「ほんまにどうやって戦ったんや? コバヤの兄さんの能力はわしらゾンビの中でも特殊でめちゃくちゃ強力やんけ! じぶん初心者なのにようやれたよな?」

 左右から興味津々の視線を浴びてちょっと恥ずかしくなる新人のゾンビは首を右へ左へしきりと傾げさせる。

「ああ、あの時はほんとに無我夢中で、ほとんど覚えてないんだけど、でもコバヤさんはナチュラルなんだっけ? 日下部やバイソンさんたちがオフィシャルのゾンビなのに? あれ、そもそもオフィシャルとナチュラルってどんな違いがあるの? 結局みんなゾンビはゾンビなんだよね??」

 新人ゾンビの疑問に、古株のゾンビたちがそれぞれに私見を述べる。

「ゾンビって言い方がそもそも難ありなんですけど。要は国の認定を受けているか、受けていないかの違いです。それ以上はまだ言いようが……! 今はまだ法律も出来上がっていない状態ですからね、ぼくらみたいな人間にして人間ならざる亜人種に関しては」

「ふん、みんなそれぞれに立場や考え方っちゅうものがあるからの。国にしばられたくない人間もおるっちゅうことや。そのぶん、公的な保護が受けられないわけやが、それでも身分や正体を隠しておられるだけ、マシかもしれんしの……」

「おお、このわしらもこっちに上がってくるまでは長らくナチュラルでしらばっくれておったからの! いざオフィシャルのゾンビを公言してから上京したわけやから。地元から追われるように……!」

 含むところがありそうな物言いに少なからぬ引っかかりを覚えながら、はあととりあえずは納得したさまの鬼沢だ。

「ああ、そうなんですか。俺、関西を主軸にして活動していたバイソンさんたちのこと、こっちにふたりが来てから意識しはじめたから。なおさらわからなくて……!」

 三人が難しい顔で見合わせるなか、いまだとぼけた白け顔の日下部がぬけぬけと言ってくれる。いいずらいことよくもまあと鬼沢は目をまん丸くした。

「あいつらは正体がバレたからいずらくなって仕方なしにこっちに来たってコバヤさんが言っていたけど、そうなんですか? おれとしてはバイソンさんたちみたいな芸達者なゾンビがコンビで来てくれて、とっても大歓迎ですけど。頼りになりますもんね」

「きみ、言い方がいちいちビミョーやな? そういう見方をされるのは不本意やけど、ないとは言い切れん。好きに思えばええよ」

「コバヤの兄さん、能力も口もとびっきりえげつないのう! ナチュラルなんやったらもっとおとなしくしとけっちゅう話やのに。ほんまにしんどいわ。鬼沢くん、いっぺんどついたってや!」

 しかめ面の先輩芸人に見つめられて泡を食う後輩の新人ゾンビだ。ひどい苦渋の顔つきでうなだれた。

「無理ですよ! どついたらカウンターであれ食らっちゃうんだから! もう二度とごめんだもん、あんなの」

「せやな、あれはゾンビどころの話じゃない、悪魔や! 心が折れる。あんなくっさいもん、人間がしたらあかん。ましてやそれを武器にして戦うなんて、悪夢や。ほんまに心が折れる」

 しごく共感してくれる東田に、日下部は苦い笑いで鬼沢と顔を見合わせる。

「ふふ、鬼沢さんに負けず劣らず、凄いトラウマがあるみたいですね? わからなくはないですけど」

「ゾンビどころか悪魔になっちゃった、コバヤさん。おんなじ事務所の後輩さんたちなのに、なんかひどい言われようしてるよ」

「事務所は関係あらへんやろ。あかんもんはあかん。化学兵器の使用が禁じられているように、あれも本来は禁じ手や。それなのにあの悪の大魔王ときたら、ゲラゲラ笑ってこきよるんやから手に負えん。あかん、ほんまに心が折れそうや」

「とうとうラスボスになっちゃった! ナチュラルってひとたちの中ではコバヤさんは特殊なんですか? なんでナチュラルなんだろう?」

 頭の中が疑問符だらけの鬼沢のセリフに、苦笑いで津川が受け答える。普段のキレ気味のツッコミらしからぬ冷静な返答だった。

「野良のネコはおっても野良のライオンはありえへんからのう。もとより力のあるなしでは分けられるもんやないんちゃう? あの兄さんはもちろん強いけど、みんなそれぞれに主義主張で仕方なしに別れとるんよ。そんで鬼沢くんは、オニちゃんはオフィシャルになるんやろ?」

「俺は……! どうなんだろう」

 また考えあぐねるのに、ボケらしからぬまじめな言葉が渋い声で言い渡される。東田は普段から真顔なぶん、余計に説得力があった。

「力があるっちゅうんは、便利なことやけど危険なことでもある。鬼沢くんはオフィシャルを名乗ったほうがええんちゃうか? きっと悪いやつに利用されてまうで、そんなぼやぼやした態度でおっては。そっちの日下部くんとコンビを組んどいたればええねん。日下部くんはアンバサダーの中ではかなりの使い手なんやから」

「どうでしょう? それなりに修羅場はくぐってきたつもりでけど。でもおれも、鬼沢さんにはアンバサダーとして活躍してもらいたです。」

 はぐらかした返答しながらこの時ばかりは鬼沢にまじめな目線を向ける日下部だ。これにしたり顔して津川が言ってくれるのは意外な言葉だった。

「見込みありそうやもんな? その訓練にこれからみんなで繰り出すんやし! ほな、そろそろいったればええんかい」

「?」
 
 何のことだと目が点になる鬼沢に、覚めた目つきの日下部がまた意外なことを言ってくれる。

「連絡、来てませんか? マネージャーさんから? この後の収録のことです……」

「え? なに、え、スマホになんか来てる! マネージャーからだ、え、この後の収録、バラしになりました……て!!」

「決め打ちやんな。それじゃいざアンバサダーの任務に入ろうか。鬼沢くんがおるんやから、ほどほどのが相手なんやろ? ゾンビやのうて、グールかゴーストあたりの?」

「さくっとやってさくっとギャラもらおうや! 四人もおったら楽勝やろ? おいしいところはオニちゃんにゆずってやるさかいに」

「へ? へ?? グール、ゴースト? 何言ってんの??」

 本来はあったはずの番組収録に参加するはずの面々だと今さらになって気が付く鬼沢だが、ことの変化にまるで付いていけなかった。
 なんだか知らないワードがしれっと出てきているし。

「やればわかります。あと本日の案件をもって鬼沢さんはオフィシャルのアンバサダーに決定です。でないとこの作戦に参加できませんから。いいですよね?」

「ええやろ。ほなとっとと行こうか。みんなで楽しいグループワークや! 世のため人のため、何よりぼくらみたいなゾンビのためっちゅう、難儀なもんやなあ? こないな世の中に誰がしたんや」

「ひとに見られへんようにフェードをかけて行ったほうがええんか? こそこそ裏口から出るのはめんどいから、それでええよな。ほな、とっととやったろ、グール狩りやら、ゴースト退治やら」

「え、え? なに? 勝ってにそんな……! あの……」

「いいから着いて来てください。簡単な案件ですから、前回みたいなとっちらかったことにはなりません。習うより慣れよで、ゾンビとしての経験をこなしていかないとアンバサダーは名乗れませんから、そちらとしてもギャラもでますし。下手なローカル番組よりも高額ですよ」

「え、いや、そうじゃなくて、あの、みんな……行っちゃった」

ひとりでその場に取り残されるタレントさんだ。
 換気の配慮がなされた楽屋に、ぴゅーと季節外れの木枯らしみたいなものが吹いた。
 タレントではなく、ゾンビとしてのお仕事が待っていたことに愕然となる鬼沢は、やがてみずからも重い腰を上げて出口へと向かう。

 しまり掛けた出入り口の扉に手を掛けて、はっとなる新人のゾンビだ。

「あ、あの頭のワッカ、日下部に返しちゃったよ! しまった、あれがないと透明人間になれないじゃん、俺!! 日下部っ、待ってくれっ……」

 ドタバタとした日常がまたはじまった。


  次回に続く……! 



クリスタル

回収 新しいものを入手

ナチュラル Official

コバヤ

演習その②

グループワーク

局外へ

プロット
  鬼沢 テレビ局の屋上?で、日下部と待ち合わせ。
 会話
  神具羅 金魂環  フェードを鬼沢にかける。
 会話
  移動~

  楽屋、挨拶、芸人コンビ、新キャラ登場!
  バイソン・ボケ   「東田 勇次」ひがしだ ゆうじ
       ツッコミ 「津川 篤紀」つがわ あつのり


ゾンビ   グール   ゴースト 

ゴースト退治
グール狩り  
  

本文とイラストは随時に更新されます!

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