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「オフィシャル・ゾンビ」10

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 10

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり人外の亜人種である〝ゾンビ〟の宣告をされてしまったお笑い芸人、鬼沢。おなじくゾンビにして、その公式アンバサダーを名乗る後輩芸人の日下部によってバケモノの正体を暴かれ、あまつさえ真昼の街中に連れ出されてしまう。
 そしてその果てに遭遇した、おなじくゾンビだというベテランの先輩お笑い芸人、ジュウドーコバヤカワには突如として実地訓練がてらの実戦バトルを強要され、初日からまさかの〝ゾンビ・バトル〟へと引きずり込まれてしまうのだった…!

 苦戦の末に一時は優位に立ったと思われた鬼沢だが、直後に思いも寄らない反撃に遭い、およそ予想だにしない能力と真の姿をあらわにしたコバヤカワの脅威にさらされることになる…!!

  やたらに威勢の良いオヤジのがなりと共に、コバヤカワの周囲にもくもくとした白い煙幕みたいな〝もや〟が立ちこめる。

 間近で見ていてよもやこれもあの異様な悪臭を放つのか? と今はタヌキの姿の全身が思わず総毛立つ鬼沢だったが、幸いにもイヤなニオイらしきはないのにホッと胸をなで下ろす。

 先の生々しい経験がすっかりトラウマと化していた。

 ただし見ているさなかにも目の前の中年オヤジの身体は、まったく別の何かへとそのカタチを変えていくのだ……!!

 結果、なんとも形容のしがたい複雑怪奇な出で立ちをさらけ出すベテラン芸人に、自身もそれなり中堅どころの芸人である鬼沢は、このタヌキの顔面が驚きで目がまん丸になる。

 かなり特殊な見てくれをしているのでひょっとしたらアレなのかなとある程度の予測がついたりするのだが、その反面、認めたくない思いがそれをはっきりと言葉に出すのをためらわせた。

 もしそうだとしたらあんまりにもヤバイし、その旨、ベテランの先輩芸人さん相手に突っ込むのもかなり気が引けた。

「う、さっきのあの強烈なニオイって、ま、まさか、そんなことはないよね? コバヤさん、俺の勘違いならいいんだけど、ひょっとしてそれって……うそでしょ??」

 嘘だと言ってほしいと思う後輩の願いもむなしく、真正面で仁王立ちする先輩はきっぱりと大きくうなずいて断言してくれた。

「おうよ、見ての通りじゃ!! この全身を渋い黒色系とアクセントの白でまとめたおもくそかっちょいい豪快な毛並みに、背後で雄々しくそり立つ巨大なシッポ! もはやこれ以上のセックスアピールはあらへんちゅうくらいにの! おまけに代名詞のくっさい屁はおのれもその身をもって経験済みやろう? これぞまごうことなきスカンクのゾンビさまよ! 正真正銘!! どうやっ、恐れ入ったか!? だがオニザワ、おのれがビビるのはむしろこれからやぞ!! その鼻もいだるから覚悟せいや!!!」

 少しも照れるでもなくぶちまけられた完全アウトなぶっちゃけ発言に、内心どころか全身でどん引きする鬼沢は、ひん曲がった口元からひいっと裏返った悲鳴が漏れる。

「う、うそでしょう!? スカンクだなんて!! そんなのもアリなの!? それじゃさっきのって俺、ほんとにおならで攻撃されてたんだ! 冗談なんかじゃなくって!! なんだよコバヤさんっ、いくら先輩でもこんなのタチが悪すぎるよ!!」

 所属する事務所は違えどそれなり見知ったはずの後輩芸人の心からの抗議と嘆きに、対して険しい表情のスカンク、この芸名が〝ジュウドーコバヤカワ〟だなんて冗談そのもののオヤジがまたやかましくも真顔でがなり返してくれる。

「じゃかあしいっ!! 男と男の真剣勝負に冗談もシャレもありやせんっ、それがゾンビ同士となったらなおさらじゃ!! そもそものんきに平和ぼけしたリスやら野良ネコやらじゃ戦うもへったくれもありやせんやろうが? ネコ科やったらより強い虎やヒョウ、弱っこいリスよりか断然そこは攻撃力のあるスカンク!! はなっからこの一択じゃ!!」

「はあっ、そもそもなんで戦わなくちゃならないんだよっ!? コバヤさんこれ完全にいじめだからね! 俺まだゾンビになりたてで右も左もわからないのに、こんなのあんまりだよ!! あのおならは本当にシャレにならないし、コバヤさんの格好もヤバ過ぎてマジで近づきたくない!! 二度としないでよ、あんな地獄の閻魔さまがするみいたなバカでっかい屁!!!」

「あん、すかしっ屁ならいいんか? すかしたところでニオイは少しも変わらへんぞ? むしろ不意をつかれるだけより強烈に感じるっちゅうもんでの!!」

「おなら自体をしないでくれって言ってるんだよ!! というか、する気まんまんだよね? 見るからにドSの格好だもん!! なんだよ、俺、絶対に近寄らないよ!?」

 拒絶反応を激しく逆立てた太いシッポにまで出してイィッとキバをむきだすタヌキに、背後のおのれの背丈よりもさらに大きなギザギザ模様のシッポをぶん回すスカンクは、いかめしい真顔を一変、さもおおらかに破顔して後輩芸人を手招きする。

「おう、済まんかったな! そう邪険にすな、何もおのれが憎くてやっとるわけではのうて、むしろオニザワ、おまえにゾンビのなんたるかを教えたるためにやさかい! 何事も経験やろ、今のうちに痛い思いをしておいたら、この先につまづくことはそうそうあらへんのや。お互いのことをよう知るためにも、ここはこの先輩、コバヤカワの胸にぶつかってこい! 優しく受け止めたるから、ほら、こっちへ来いや。早うせい! ここやここっ!!」

「あ、あん、なんだよ、だから近づきたくないって言ってるじゃないか、俺イヤなんだよ、本吉(もとよし)の芸人さんたちの強引なノリとかボケとか小芝居とか! 一発当てたら終わりって言うんなら、さっさと当てて終わらせちゃうよ!! そんな無防備の棒立ちでいたらあっさり届いちゃうんじゃないの?」

 おなじ業界における先輩と後輩の悲しい性か、言われるがままに反射的に足を前に踏み出してしまう鬼沢だ。

 お互いに手を伸ばせばすぐ届く距離までみずから詰めてしまう。

「ええ。そやったらまずはここに一発当ててみい、このわかりやすい土手っ腹に軽くでいいから一発の! 簡単やろ? ほれっ」

 みずからの腹を突き出してくる見た目ヤンキーみたいな出で立ちのスカンクに、すっかり腰の引けたタヌキが困惑して返す。

「えっ、いいの? 終わっちゃうよ?? 軽くでいいんだよね、それなら、ほら! これで当たりだよね?」

 利き手の拳を突き出してそれを相手のまん丸い腹の中心に軽く押し当ててやる鬼沢だが、そこにすかさずに返されてきたコバヤカワの文句に、えっと目を丸くする。

 その瞬間、ぴきりと場が凍り付いた……!

 おまけ返ってきたのは言葉だけではなかったのになおも呆然と立ち尽くすタヌキであった。

「あほう! いつ誰が一発当てたらそれでええなんて言うた? そんな生ぬるいものやあらへんのや、ゾンビの、男の戦なんちゅうもんは!! おのれのような甘ちゃんの腰抜けにはとびきりくっさい屁をお見舞いしたる! 思い知れ!!」

 ぶにっとした柔らかい感触を手の甲に感じたのとほぼ同時、その突き出た腹の周囲からシュババっと噴出した煙が鬼沢の顔面、タヌキ面の突き出た鼻先をもろに直撃する!!

 はじめ何が起こったのか皆目見当がつかなかった。

「えっ、なに、今の?? あ、待って、まさか、あ、あ、あああっ、あ、くさっ、くさいっ!! くさいくさいっくさいぞ!! 鼻がっ、俺の鼻がっ、パニックしてるよっ、くさい、あれ、これ、くさいのか? あ、やっぱりくさい! くせっ、なんだよ、どこからおならしてるんだよっ、ふざけんなよっ、ひどいぞ、こんなのだまし討ちじゃないか!! 涙が出てきたっ、ああ、神様、俺がいったい何したの!?」

 不覚にも鼻で呼吸してしまったらば全身身もだえするようなこの世の終わりみたいな臭気に脳神経が混乱を来した。地獄だ。

「気を抜いとるからや! このわいはスカンクなんやから、その手の攻撃は簡単に予想がつくやろ? 事実、この装束は相手からの打撃にカウンターで屁、人呼んでブラストガスがぶちかませるギミックがたんまり仕込んである! わざわざケツなぞ向けんでも的確に相手の弱点、鼻っ面を撃ち抜いてやれるのよ。触れたら大けがするんや、この漢、コバヤカワっちゅうもんはの!!」

「何言ってんだよっ、ただの変態屁っこきおやじじゃないか! あああっ、くさいくさいくさい!! 鼻のスペアが欲しいっ、日下部のと交換してくれないかな? あいつどこ行ったんだ! うう、俺もうぜったいに近寄らないからね? コバヤさんに!!」

 たまらずバックステップで再び距離を空ける後輩に、先輩の芸人は不敵な笑みを口元に浮かべてまだなお余裕の口ぶりだ。

「かまへん。届く範囲に限りのある拳の打撃とちごうてスカンクのおなら、気体のガスっちゅうんは風にのせて飛ばすことも地雷のようにとどまらせておくことも自在や。あいにく目では見えへんからの! ならおのれは逃げ場を無くして結局この前にまたその姿をさらすしかあらへんのや!! そうやろ、オニザワ?」

「うるさいな! 屁理屈ばかり言って本当にキライになりそうだよ!! スカンクの屁理屈ってなんだよ? さっきのは軽く当てただけだから、本気でやったらどうなるかわからないじゃないか!! 無傷でいられる保証なんてないはずだし、俺、本当に腹が立ってきたぞ、ぜったいに見返してやるからね! いくら臭くても要は鼻で息をしなければいいんだからさ!!」 

 さも鼻をふさいで口呼吸で一気に勝負を決めてしまえばいいと言いたげなタヌキに、眼光のやたらにするどいスカンクが笑う。

「ははん、笑止やの! スカンクの屁がそないなもんで済ませられるほどしょぼいわけがあるか! ゾンビなめるなよ、鼻からでなくとも口やら皮膚やら身体に摂取してしまえばそれまで、脳の神経細胞に直接作用して精神に大打撃をおよぼすんや。決して逃げられへん。肉体ではなくメンタルをねじ伏せる最強の一発や、戦わずして勝つとはまさにこのことやの!!」

「ほんとにうっさいな!! 聞きたくないよ、変人の狂言なんて!! そんなの誰も笑えやしないんだからね!? おかげで完全に息を止めて本気でボコらなけりゃいけなくなっちゃったじゃん! 他事務所の先輩さんを!? でも俺は悪くない!!」

「やれるもんならやってみい! あと、そうだひとついいものを見せてやるぞ、オニザワ、こいつをよう見てみろ、ほれ、受け取れ!! おのれのちゃちな小道具のマントやのうて、ガチもんやぞ! モノホンの〝神具羅〟っちゅうもんを教えたる!!」

 いいざまみずからの装束の股間のあたりについていた何かしらの球状の物体を片手に取り出して、それを無造作に放り投げるスカンクだ。左右にふたつあったものを、右の球を利き手でパスしてくれるさまを目をまん丸くして見ながら思わず両手で受け止めてしまうタヌキである。

「え、なにそれ、取れるの、そのおまたにぶら下がってるふたつの金玉(キンタマ)みたいなの? コワイっ、わ、なにこれ、どうすればいいの? 見た感じは堅い金属の球だよね、野球のボールみたいなサイズの、おまけに全体にボツボツのある、あ、これって、まさか……!?」

「タマキンがそないに器用に取れるはずないやろ! 着脱式の睾丸なんてどこぞの世界の生き物や? せやからそいつはれっきとしたX-NFT、このわい専用の神具羅や! 使い方は、推して知るべしっちゅうもんで……のう?」

「ぐぐっ、ぎゃあ!! またあっ!? キンタマと見せかけて、おならの詰まった爆弾じゃないか!! いきなり爆発したぞ!? うわあっ、くさいくさいくさいくさいくさいっ!!! げほっ、げほほっ、うわああああああああああっ!!」

 いきなり両手の中でブシュウウウウウッ!と白い煙を吐き出すのに慌ててよそに放り投げるが、目の前が真っ白に染まるタヌキは鼻を押さえて身もだえるばかりだ。

 凄まじいばかりの悪臭が鼻から脳へと突き抜ける!

 精神が崩壊するのではないかと思うほどの精神的苦痛と恐怖が頭の中に稲妻のように駆け巡った。

 いっそのことギブアップしてしまいたいところだが、そこはあいにくルール無用のゾンビバトル。

 どこにも逃げ場などない。

「なんだよっ、こんなの反則過ぎるよ! 近くても離れてもこっちの手出しのしようがないじゃないか!? 俺、このままじゃ頭がおかしくなっちゃう! もう逃げるしかないよ、さもなきゃ、コバヤさんを思いあまって殺しちゃうかも??」

「言うたやろ、気を抜いとるからや。おんどれ、日頃芸人としても受け身ばかりでじぶんからそないに攻めることがおよそあらへんよな? ひとの言いなりやからそないなことになりよる。あと脳みそにダメージを食らわすわいの屁ぇは冗談抜きで自我が崩壊するぞ? 一発かませば街のタフなゴロツキどもが一瞬で正気をなくして挙げ句、何でも言いなりのかわいい下僕へと成り下がるからの! 警官やろうが坊さんやろうがみな一緒や!!」

「調教しちゃってるじゃん!! もはや変態だよただの!! コバヤさんの下僕だなんてそんなのまっぴらだ! マジで逃げなきゃっ、ちょっとタンマ! ちょっと体勢を整えるからそこで待ってて! ちゃんと考えて出直してくるから! でもぜったいに一泡吹かせてやるからね? あ、声を荒げたらまた吸っちゃった、くっさいおなら! もうやだあっ!!」

「好きにせい! そやったらせいぜいそのない頭を振り絞ってマシな反撃を見せてみいよ? 特別に今から10分やるからそれが過ぎたら楽しい鬼ごっこや」

 文字通りシッポを巻いて逃げ出していくタヌキを悠然と見送ってその場に仁王立ちするおじさんスカンクだった。

 このまま追い回してやるのも面白いかもしれないが、それではただのいじめに他なるまい。

 少し猶予を与えてやって、改めて逆襲に来たところに自慢のカウンターを食らわせてやるのがいいとほくそ笑む。

 そうしてタヌキの気配が遠のいたところでこれと入れ替わるように他の気配が、間近からピリリと乾いた電子音が鳴った。

 これにみずからのふところに手を突っ込むスカンクが濃い胸元の体毛から取り出したのは、それはよくある普通サイズのスマートホンだ。
 バケモノのごつい手では扱いかねるが、今日日は音声で操作が効くからそう問題はない。

 呼び出し音がなったきりに沈黙するスマホにこちらから声をかけてやる。渋いオヤジのバリトンに、するとスマホからはやけに落ち着いた青年のテノールが響いた。

「おう、見とったか、クサカベ! おのれ今どこにおるんや? このわいが本性さらしてからさっさととんずらこきおって、おかげでオニザワが泣きわめいて逃げ出しおったぞ? まあ、ヘタに巻き添え食わんでおるためには身を隠すのは正解なんやが……」

『はい。コバヤさんのおならは空気よりもずっとその比重が重いから、まずは高い場所に避難するのが一番ですよね? 鬼沢さんは気づいているかわかりませんけど』

「ふん、おのれひとりで上階に退避したんか? 抜け目のないやっちゃ! だがあいにくオニザワはそういうわけにはいかへん。ここのエレベーターはどれも電源が落ちとるさかい、上へはフロア中央の大階段を使うしかあらへんが、そっちにはトラップを仕掛けて屁の包囲網を敷いとるからの! ん、ちゅうことはおのれもまだこのフロアにおるんか、クサカベ? はん、相棒が無茶せんように見張るつもりなら余計な手出しだけはするんやないぞ? あいつのためにならへん。以上や!」

『はい。でもおれは信じてますよ。鬼沢さんのこと。もちろん、コバヤさんのこともです。おいしいご飯をごちそうしてくれるんですもんね?』

「ふん、あいつ次第や。そやの、10分経っても出てけえへんかったら、おのれがわいの相手をしいや? それでチャラにしたるさかい。いやもとい、わいも信じてみよるかの? オニザワのことを。あのタヌキはあれでなかなかにやりよるのかもしれん。それだけのポテンシャルはおのれも見込んでおるんやろう?」

『はい。だからお願いします。引き出してください。鬼沢さんのポテンシャル、コバヤさんの男気ってヤツで……!』

「知らんわ」

 捨て台詞を吐いてスマホを懐にしまうコバヤカワだ。

 素っ気ない言いようでいながら、口元にはやけにおかしげにしたニヒルな笑みがある。

 スマホの声の主はさすがに戦い慣れしていてまるで気配がわからないが、もう一方のゾンビになりたての後輩の中堅お笑い芸人はちょっと遠くのほうからあからさまな気配が伝わってきた。
 
 時計で言ったらおおよそ二時の方角、このまままっすぐ歩いて行ったら間抜け面とぶち当たるのだろう。

「かっか、ほんまにかわいいやっちゃの! あほのタヌキが何をしとるのか知らんが、とにかく10分だけは待っといてやるわ。ちゅうてもこの姿ではあいにくタバコは吸われへんからなるべくはよう出てこいよ……!」

 がに股の仁王立ちでその場で待ち構える見た目がスカンクのバケモノは、遠くの柱の向こうあたりで何やらわさわさした気配がひっきりなしにあらい息づかいをともなってうんうんとうなっているのを楽しげな目つきで眺める。

 完全にバレバレなのだが、当の本人はそんなことまるで知らないで必死にあれやこれやと算段しているらしい。けなげなこと。

 かくして案外と面白いものを見せてもらえるのではないかとおかしな期待にちょっと楽しくなる先輩芸人だった。

「そうや、おのれも芸人のはしくれなら、せいぜい気張っておもろいもんを見せてみいよ、オニザワ! ん、あれ、なんや、もう終わったんか? 気配がもろバレやんけ……!」

 急に静まり返ったかと思ったら、どたどたした足音が視界の右奥のほうから聞こえて、あるところでこれがぴたりと止まった。

 不自然な静けさに直感的に上だと悟るコバヤカワだ。

 元は企業のオフィスビルはエントランスの部分が四階までぶち抜く吹き抜けで、この高い天井に一匹のひとがたのタヌキが舞うのを確認、腰を据えてただちに迎撃態勢に移る。

 中途半端な攻撃にはこちらのガスブラストのカウンターを当ててやると狙いを定める。後輩は勘違いしている節があるが、何も打撃を当てられなければカウンターが発動しないわけではない。

「そもそもが相手の攻撃をギリでよけながらこちらの攻撃を倍にしてぶち返したるのがカウンターの基本やろうが! おまえのぐだくだパンチじゃはなからろくな打撃にはならへんっ、ん、なんや、例のびらびらのマントが両手に、二刀流か?」

 あのタヌキの得意技の自由自在にカタチを変える白いマントが左右の手からたなびく状態でこちらめがけて落下してくるのをはじめいぶかしく見つめるスカンクだが、さして気にするでもなくどっしりとその場で体を正面に構えた。

「ほんま器用なのは認めたるが、しょせんはバカの一つ覚えやろ! ぐだぐだの風船パンチが二つになったところでなんも変わらへんわっ、おまけになんやっ、この根性無しが!!」

 落下の勢いをまんま利用して強襲かけてくるのかと思ったら、あっさりと目の前に着地したのに肩すかしを食らうコバヤカワだ。

 対するタヌキの鬼沢はむすっとした表情でがなり返す。

「見てから言ってよね! 俺なりちゃんと考えて最善のやり方を組み立てたんだから!! こっからだよっ、そら、行くよ!!」

 右手で翻した白マントを上手投げでたたきつけるようにぶちかます。白マントはただちに巨大なグーのパンチと化してスカンクの身体を狙い撃つが、あいにくそれが届くよりもスカンクの反撃のほうが早かった。

「あたらへんでもガスはお見舞いできるで! この太鼓っ腹におのれでリズムを刻めばそれが合図よ!! おおらっ……!!」

 大きく息を吸い込んでから利き手の拳をみずからの丸い太鼓腹に打ち付けると、それをきっかけにその身に付けた装束に複数ある通気口のような凹みや穴ぼこから真っ白い煙が噴射される!

 まさしく必中のタイミングだった。

 もはやよけようがないのがわかって一度は勝ちを確信するコバヤカワの表情が、だがそこで一変する。

 その場で泣きわめいて無様にはいつくばるはずのタヌキは、そのタイミングでここぞとばかりに今度は左手に掴んでいたもう一方の白マントをバサリと目の前に翻す!

 するとこちらはパンチではなくて真っ白い壁のような一枚のスクリーンが生み出され、スカンクから放射された白い煙幕をまとめてはじき返す。

 それは見事な盾の役割を果たしていた。
 
 とは言えニオイそのものを殺したわけではないが、次の攻撃に移るだけの時間は楽に稼げていた。

 白一色に染まった視界の向こうで、決死の覚悟のタヌキが息を荒げる。これが最後とばかりに渾身の力を込めて放つのだった。

「いくぞおっ! そおら、まとめてぶった切れぇええっ!!」

 それが一度は引っ込めた右手のグーパンチであることを推測するコバヤカワは、だったら真っ向から受け止めてねじ伏せてくれると恐い形相でこちらも高くうなりを上げる。

「ほんまにバカの一つ覚えやな!! いい加減に学習せいよっ、そないな貧弱パンチはこけおどしにもならへんちゅうことをっ……んんっ!?」

 壁をぶちのけてくると思われた巨大な握り拳はいっかなに姿を見せず、その代わり、不意に壁からこの上半身をさらしたタヌキが起死回生の思いを込めて繰り出したのは、上段からまっすぐに振り下ろされた力一杯のマントの一閃だ。

 その鋭さに目を疑うスカンクだった。

 目隠しにしていたマントごと空を引き裂く一太刀は、それまさしく日本刀の切れ味でコバヤカワの眼前を一直線にかけ抜ける。

 グーパンチの平たい横の面ではなくて、これを縦の線で一振りのカタナのような形状にして繰り出した攻撃、この意味と威力は思いの外の驚きをもってスカンクの亜人を沈黙させた。

 ……ゴトンッ!

 顔の前にかざしていたみずからの左手がスッパリと肘の付け根のあたりから見事に切り落とされ、手首ごと地面に落ちるのをおよそ他人事みたいに見つめてしまう。

 思わず漏らした呼吸に感嘆の色がにじんだ。

「フッ……やりおったわ……!!」

 少なからぬ驚きと興奮で顔が硬直していたが、この後の予定が決まったことをしっかりと頭では理解していたベテラン芸人だ。

 焼き肉パーティか、あるいはカウンターの寿司ざんまい……!

 今ならうまいタバコが吸えそうやわと口もとに笑みがこぼれかけるのに、だがあいにくで目の前のタヌキが顔面蒼白、ただちに仰天して魂消た悲鳴を上げる。

「ぎゃあああああああっ!? えっ、えっ、え、え、えええ!! コバヤさんの腕がっ、腕が、丸ごと落ちちゃった? うそでしょ、俺なにもそこまでやるつもりはっ、そんなつもりじゃっ、いいやあああああああああああああっっっ!!!」

 ごめんなさいごめんなさい!とその場に土下座する勢いで膝から崩れ落ちるのに、覚めた表情のスカンクはなにほどでもないとどこか浮かない返事だ。

「……ああ、かまへん。ゾンビやから、そないに騒がんでもすぐに応急処置しとけばきっちりと元に収まるやろ。ほんまきれいにスパッと切り取ってくれたからの。血も出てへんやろ? 今は頭の中にアドレナリンが出とるからそんなに痛いこともあらへんし、ほれ、そんならその腕拾うて、ここに貼り付けい!」

「ううっ、そんなで元通りになるの、ちゃんと? わわ、触るのちょっと気持ち悪いんだけど、わっわ……あの、怒ってない? 怒ってくさいおならとか、しない??」

「せえへん! とっととほれ、ここにひっつけいよ」

「わ、わわっ、なんかコワイな! うわあ、これでほんとにくっつけられるの?? うう、はいっ……!」

 平気な顔でちょん切られた片腕の赤黒い断面見せつけてくるスカンクに、完全に腰が引けてるタヌキがあわわと困惑しながら両手にした相手の腕を差し出す。

 ちょっとブレブレだったが、どうにかぴたっと断面と断面を合わせたところに背後からクマの気配が駆けつける。

 そうして皮肉屋のクマにしては珍しく興奮したさまでかけられる言葉には、ギョッとして声をうわずらせるタヌキだ。

「コバヤさん! 大丈夫ですか? 鬼沢さん、まさかほんとに一泡吹かせるだなんて、ビックリです! おれ、ちょっと感動しちゃいましたよ。気配を消して後ろからずっと見てましたけど!」

「は? ストーカーじゃん! おまえ、まさかずっとそばにいたの? ストーカーだよ!! 公式アンバサダーとは名ばかりの、ただの犯罪者じゃんっ、俺、そんなのとこの先やっていける自信がないっ……」

「ええから、腕、ちゃんと固定せんとうまいこと神経がつながらへんやろう? おまえのそのびらびらの神具羅で包帯みたいに巻かれへんのか、首から三角巾みたいに腕を吊る感じでよ??」

「ああ、鬼沢さんの能力はいろいろと用途が広いみたいですね? およそ布状のやわらかいものならなんでも自在に変形変化させることができるみたいな? てことは紙でもいいんですかね? あ、鬼沢さん、コバヤさんの身体には極力触れないように、腕だけを処置してくださいね。でないとまたアレが大量に出ちゃうから……!」

「アレとはなんや? 出物腫れ物所嫌わずとはいうても時と場合はちゃんとわきまえるぞ、紳士としてな! おお、おおきに、これでええわ、ほんまに器用やな、オニザワ、そんなに心配せんでもすぐに直るわ」

「ほ、ほんとに? ちゃんとした外科手術もしないでただくっつけただけなのに……! あ、指先、ちゃんと動いてる?」

 ひたらすきょとんとした鬼沢に、日下部が冷静な口調でぶっちゃけた発言する。さらに目がまん丸になるタヌキだった。

「見ての通りで、おれたちゾンビは人間よりもはるかに身体が頑丈で回復力が高いんですよ。多少の個体差はあれ、おれも鬼沢さんも首をはねられたくらいではきっと即死はしませんよ?」

「は? それは死ぬだろ、さすがに! てかどこでも拾ってくっつければ今みたいに元通りにおさまるの? もはやゾンビどころの騒ぎじゃないよな、それ……」

「まあええやろ。おまえは見事に壁を乗り越えたんや。それだけは確かやからの! 先輩の芸人としてもゾンビとしても、ほんまに鼻が高いわ。オニザワ、ようやった、マジでほめたるで!!」

「あっ、コバヤさん、て、あれっ?? ……あっ!」

「あ、コバヤさん、そんなことしたら、うわっ……くさ!!」

 反射的にバックステップでその場から退避する日下部が思わず鼻を押さえて嗚咽を漏らす。

 言えばがっちりと男と男の固いハグを交わしたコバヤカワと鬼沢だが、それによってスカンクの身体中から真っ白い噴煙が盛大にあたりに噴き上がるのだ。

 つまりはお互いに突き出た中年の太鼓腹同士が衝突しあって、まんまとスカンクのおならを誘発したのだった。

 タヌキからしてみればいい迷惑の大災害である。

「あっ、あ、くさ、くさいっ、ああ、だめだっ、臭すぎて目が回るっ、世界がぐにゃぐにゃしちゃってるっ、ああ、もうひと思いに、殺してっ、はあああああっ、くさいい~~~っ!!」

「おお、すまん! オニザワ、起きろ! まだこれからめでたい祝勝会が、あかん、コイツ、くたばってもうたぞ?」

 みずからの腕の中でくたくたと力なく崩れ落ちていくタヌキのゾンビに、なすすべもなくしたスカンクが地面にくたばる後輩をただ呆然と見つめる。

 悪気はないのらしい。

 これにちょっとげんなりした顔つきのクマがしかたもなさげに口を開く。疲れた感じで、ため息が混じった。

「コバヤさんのおならが臭すぎるんですよ! はあ、もういいです。ならここはもう解散として、鬼沢さんはこのおれが連れていきますから、コバヤさんはその身体をちゃんと癒やしてください。とりあえずアイテムを置いていきますよ。腕を一刀両断にされたのはダメージとしてはやっばりでかいですから、ちゃんとそれなりの療養をしてください」

「ふん、例のこのわいの地元の関西で噂になっとった〝グリーンストーン〟ちゅうやつか? あるいはクリスタルやったか? 気のせいかぶさいくヅラの芸人コンビがこぞって東京に進出してから、こっちでもやけに出回るようになってきたのう?」

「知りません。守秘義務がありますので。でもその話しぶりだとおおかたの見当が付いてるみたいだから、ご自分で確かめてみたらいいんじゃないですか? 同じ事務所の後輩お笑いコンビさんだったらなおさらです」

「しっかり言うとるやんけ? なんやあいつら、ちゃっかりとオフィシャルを公言してからこっちよ来よったんやったな? 世間的にはバレてはせえへんものの、ほんまに難儀なこっちゃで! ええわ、それじゃオニザワは任せたで、クサカベ、将来性のある相棒ができて内心でさぞかしニンマリしとるんやろが、そうそう簡単にはいかへん。せやからやるなら最後までしっかりと面倒見てやれよ……」

 ずいぶんと含むところがあるよな口ぶりで意味ありげな目つきを差し向けるスカンクのベテラン芸人に、まだ若手の芸人はクマの真顔でしっかりと頷いた。

「……はい。そのつもりです。コバヤさんこそ、おひとりであまり無理はしないでくださいね? いつだっておれたちはあなたのこと……」

「知らんわ」

 戦いが終わって自然とあたりの照明が消えていく。

 その暗い闇の中にきびすを返すコバヤカワだ。

 それきり何も言わずに廃墟の中へと消えていく。

 ぷっつりとその気配が途切れたのを見届けて、いまだ地面にくたばるタヌキへと注意を向けるクマ、ならぬ日下部だ。

「さてと、今日はもうここまでですよね。鬼沢さん、とにかく家の前までは送りますから、後はじぶんでうまいことやってくださいよ? 間違ってもシッポとか家族の前で見せたりしないように。たぶん、見えないとは思うんですけど……よいしょっ」

 気を失って自然と身体のサイズがもとの人間のそれへと戻っていく鬼沢に、おなじく人間の姿に立ち返る日下部。

 先輩の芸人を背負って廃屋の出口へと歩き出す。

 夕方の夕日をバックにだったらさぞかし絵になるのだろうが、あいにく今はまだ明るいお昼過ぎだ。

 日差しがまぶしかった。

 おかげでこのおかしな状態が人目につくことを嫌気した後輩芸人は、大股でたったの三歩進んだところで懐から自身のスマホを取り出すこととあいなる。

 帰りは無難にタクシーで送ることに決めた。

 かくしてお笑い芸人の、およそお笑い芸人らしかずしたそれはドタバタした日々が始まるのだった。

 前途は多難だ。

 タクシーの運転士から異様なニオイがしていないかと乗車拒否されかけるのを懸命になだめながら、大きなため息が出るオフィシャル・ゾンビの公式アンバサダー、日下部であった。


                 ※次回に続く……!


本文テキストとイラストは随時に更新されます! たぶん♡

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「オフィシャル・ゾンビ」09

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オフィシャル・ゾンビ 09

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり人外の亜人種である〝ゾンビ〟の宣告をされてしまったお笑い芸人、鬼沢。おなじくゾンビにして、その公式アンバサダーを名乗る後輩芸人の日下部によってバケモノの正体を暴かれ、あまつさえ真昼の街中に連れ出されてしまう。
 そしてその果てに遭遇した、おなじくゾンビだという先輩のお笑い芸人、コバヤカワには突如として手合わせ、実地訓練がてらの実戦バトルを強要され、初日からまさかの〝ゾンビ・バトル〟へと引きずり込まれてしまうのだった…!


 時は、ある休日の、それはうららかな昼下がりのこと。

 戦いのはじまりを告げるゴングもなしに、いきなり〝バトル〟がはじまった……!

 舞台は、閉鎖されて人気のない廃屋と化したオフィスビル。

 ギャラリーは、見てくれのおかしなクマがただの一匹。

 そんな中で相対するは、有名なベテランのお笑い芸人と、正体不明のタヌキのバケモノだ。

 タヌキは顔こそタヌキだが、この身体はまさしく人間のそれでかつかなりの大柄、しっかりと二本の足で地面に立っている。

 それはまたこれを見守るクマも同様だ。

 もはや完全にとっちらかった状況で、完全にパニくったタヌキ、その実態は中堅お笑い芸人の鬼沢が裏返った声を発する。

「い、いきなりなんだよっ! かかってこいって、何が何だかさんっぱりわかんないじゃん!! コバヤさん、俺、きっと手加減なんてできないよ? だってまだこの自分の状況にも慣れてないし、納得もできてないのに、バトルだなんて正気の沙汰じゃないっ! おい日下部、おまえも黙って見てないでなんとか言えよ!?」

 そう思わず助けを求めようにも、黙ったきりのでかいクマはむしろ一歩、二歩とその身を背後へと遠ざけるのみだ。

 完全に外野に徹している。

 目の前でズイと一歩、足を踏み出すオヤジが渋い声で言った。

「おう、いい加減に観念せい! オニザワ、今さら泣き言なんて言うてもしゃあないで、見た目ばっかりでゾンビはつとまらへん! 実際に能力を発揮せにゃ、おのれはこの先、生き残ってはいかれへんのやさかい。ほな、とっと覚悟を決めい!!」

 強い語気で迫られて、でかい図体の腰が引けて仕方ないタヌキの鬼沢は、毛皮で覆われた獣の顔面に濃い苦渋の色を浮かべた。

 おまけキバをむきだして相手を威嚇するのは、果たしてそれが野生の動物の本能なのか、はたまたおのれの内の闘争心がなすものなのかもわからない。

 するとこれを傍から冷静に見つめるクマ、さながらリングサイドのセコンドよろしくした日下部が言った。

「別に殺し合いをしろと言っているわけではありませんから、できる限りでいいんですよ。鬼沢さん? 本気でやっても目の前の先輩は、きっと互角かそれ以上にやり返してくれます。このおれが保証しますよ。かく言うおれも、以前はずいぶんと苦戦しましたからね?」

「はっは! そうや、あの時の決着、今ここでつけたろうか? そこのしょうもない腰抜けのタヌキをちゃっちゃと張り倒して、そうや、こないなもんに三分もかからへんのやさかい!!」

「さ、三分? え、でも俺、今、こんなんだよ? 確かにコバヤさんて男っぽくてワイルドなキャラで売ってるけど、格闘技でそこまで強いだなんてイメージはないんじゃない?? でも戦うって、俺はどうしたらいいんだよ?」

 とりあえずファイティングポーズを取ってはみせたものの、その先のアクションがまったくもって想像つきかねる鬼沢だ。
 先輩芸人の怒声が響く。

「ええから! おのれの身体と心の向くままにやってみい、考えるよりも感じてその身のなすがままにや! おのれがまごうことなき真のゾンビなら、その見てくれと特性に合ったおのれのやり方っちゅうもんが、おのずと見えてくるやろ?」

「は、え、いや、何がなんだかさっぱりわからない……あ、あれ?」

 正直、何がなんだかさっぱりちんぷんかんぷんの鬼沢だが、自然と利き手がその腰のあたりにあった大きな腰袋みたいなものをまさぐっていて、そこからいざ取り出したものに目を丸くする。

 ごつい指先には、ぴらり、といつぞやの白いハンカチらしきがつままれていた。用途がまるきり不明な、およそ見た目と実際のサイズ感がまったくもってそぐわないアイテムだ。

 それを間近で認めるオヤジの先輩芸人がちょっと小馬鹿にした感じで喉仏をクックと鳴らすのには、思わず内心で焦る鬼沢だ。
 はっきりと顔に出して声がすっかり裏返っていた。

「なんや? いきなりそないなハンカチなんぞ持ち出しよって、手品でもしようっちゅうんか? はん、笑わせよるわ、よもやそないなもんがおのれの特殊能力なんか?」

「能力って、そんなの俺が知るわけないじゃない! こんなの手を拭く以外の使い方なんてなんにも思いつかないもんさっ、あ、だからなんでこんなにでかいんだよ!?」

 指先で軽く振って開いたはずの一枚のハンカチが、その実やたらな大きさとボリュームでもって目の前にばさ、ばさり!と広がるのに、またしても困惑することしきりだ。

 シーツよりももっとサイズがでかい感じで、いっそ漁船の大漁旗のようにたなびく白い布に、えっと目を細めるベテランは声を震わせる。

「おいおい! なんや、マジでやるんか? 手品!! おいオニザワ、その見てくれでその芸人根性は見上げたもんやが、褒めてはやれん、ちゅうか死ぬぞ、マジで? そないなシャレが通じるような甘ったれた世界やあらへんのや、わいらみたいなゾンビの生きる獣道は!!」

「知らないよ! やるわけないじゃん!! 手品なんて知らないし、このハンカチはなんて言ったっけ、その、エックスなんたらっていう、なんかよくわかんないけど特殊なアイテムなんでしょ? でも使い方がさっぱりわからない!! それでも持ってるとなぜか安心感があるから、悪いけどこれで戦うよ、俺!!」

「はあん、ゾンビのみが持ちうる疑似特性物質、それすなわち人呼んでX-NFT、いっちょまえに〝神具楽(カグラ)〟なんちゅうもんを扱えるのか? だが使い方がわからないならただの宝の持ち腐れやろ、そないなもんでどうやってこのわいにダメージを与えるっちゅうんや?」

「知らないよ! ただのでっかい布だもん!! でも使いようによってはどうにかできるもんなんじゃないの? そうだヘタに棍棒なんて持たされるよりかよっぽどこの俺の性に合ってる! 俺、暴力とかほんとにキライなんだよ!! 格闘技もマジで大っキライだ!!」

 派手にたなびく白いマントを利き手で振り回してオヤジの芸人を牽制するタヌキだ。まさしく闘牛士のマントさながらだが、これを傍から眺めるクマが思案顔して思ったことを口にする。

「こんな屋内で風もないのにバサバサと良くはためきますね? まるでみずから意思を持ってるみたいだ、あるいは鬼沢さんの意思を反映しているんですかね? なるほど、だとしたらこれって本当に使いようだ……!」

「ふん、そいつ自身が自然と身の回りに風を起こせる、〝風の属性持ち〟なんちゅうこともありよるんやないのか? そうやとしたらこのわいとは相性がすこぶる良くないのう! やりづらあてしゃあないわ!!」

「コバヤさんもどちからと言ったらそっち側の体質ですもんね? これはどうやら思いの外に面白い戦いになりそうです。ならばしっかりと見届けさせていただきますよ」

「おうよ、よう見とけ! しのぎを削る男と男の熱い生き様、しっかりとその脳裏に焼き付けとき! 見物やで!!」

「なんだよっ、俺はまだなんにも納得できてないんだから! とにかくどうすればいいんだよ、コバヤさんに一発入れればいいのか? てか、いいのか他事務所の先輩にそんなことして!?」

 かなり自暴自棄になりかけてるタヌキがシッポをぶんぶん振り回して、利き手の白旗もぶんぶん振り乱してはわめき散らす。
 覚めた目で見るクマがまた平然と答えた。

「はい。どうにか頑張って善戦してもらえれば……! いきなりあのコバヤさんに参ったを言わせるのはさすがに無理でしょうけど、あのひとがそれなりに手応えを感じられればそれでたぶん御の字です。おれも公正中立な立場と目で見ていますし」

「おう、ええから全力で来いやタヌキ!! まずはこの人間の姿のままのわいと互角にやりおうて、無様な赤っ恥をさらさなければOKや! おまけ万一にもわいの本性を暴くことができれば万々歳、褒美にうまいもんたらふくおごったるぞ! そこの立ち見のクマ助も込みでやな、せやからどうかこの他事務所の先輩さまにいい先輩ヅラをさせてくれや!!」

「なんだよっ、わけわかんないよ!! 俺は暴力なんてものとは真逆のキャラで、この先はもっと家庭の主婦とか安定した家族層の支持を取り付けたいと思ってるんだから、こんなのPTAとかから嫌われちゃうじゃないか! お笑い芸人がやるようなことじゃないよっ!! ああっ、もう、この、このっ!!! ちくしょう俺、きっとコバヤさんのことキライになっちゃうからねっ? あと日下部、もちろんおまえもだぞっ!!」

 毛皮で覆われていても顔面真っ赤なのがわかる鬼沢の血相に、憎らしいことどこまでも落ち着き払った日下部はいかつい肩をすくめてみせるのみだ。もう余計な茶々は入れないでじっと静観することに決めたらしい。

 荒れた言葉と一緒にバサバサと激しくはためく一枚のマントかカーテン、もしくはベールと言えばいいのか?
 薄っぺらい布が無闇に鼻先をかすめてそのたびに風を巻き起こすのを、少しめんどくさげに見やる先輩芸人のコバヤカワはやがて小さく舌打ちして喉を鳴らす。

「なんや、こうしてよう見てみるとマジで邪魔なビラビラやの? だが要はただの一枚の布っキレやろ? ゆうてしまえば! だったらかまわずひったくってしまえば、おおっ! 待て待て、マジで意思があるんか? こっちが手を伸ばした途端に引っ込みおったぞ! あるいはおんどれ、マジで手品をやっとるんか??」

「やるわけないじゃん!! でもなんかコツがつかめてきたぞ、ほんとにこの俺の思う通りに動いてるみたいだ、理屈がさっぱりわからないけど! 触った感じの感触じゃ、どうやら柔らかくて伸び縮みがするけっこう丈夫な布っぽいから、これならきっとカタチも自由に変えられたりするのかな、えっと……!」

「なんやっ!? おい、今っ、一瞬、へんな感じに形を変えよったぞ? どえらいブサイクな、バケモンみたいな?? コイツは、ひょっとしておまえの顔か、オニザワ!?」

「は? ブサイクで悪かったね!! んなわけないじゃん!! そうじゃなくて、もっとこう、こうゆうカンジに!!」

 利き手で掴んだ布とは逆の空いているほうの左手の拳にグッと力をこめて、何やらそのイメージを送り込んでいるらしい。

 一枚の薄っぺらい布が、やがて大きな袋のように丸くなったかと思うと、やがてそこに微妙な凹凸を刻んでそれはそれは大きな握り拳のような形へと変化する……!!

 タヌキがただちに大きな歓声を上げた。

「やったね! これぞでっかいグーパンチじゃん!! 俺の思ったとおりだ、接近戦でいい年こいたおじさんとボコり合いだなんてまっぴらごめんだから、これで距離を取って応戦できるもん! あとこのぶにぶにの風船パンチなら、コバヤさんにケガをさせることもないでしょ? ははん、俺ってあったまいい!!」

 悦に入ったさまで胸を反らせるタヌキに、対するおやじがだがこちらもニヒルにせせら笑う。
 おまけ少しもうろたえるでもなく目の前のでかい握り拳に、みずからの右パンチのストレートをかましてくれるのだった。
 大きいだけで中身が空っぽの布製特大パンチはいともたやすくはじかれる。

「ふんっ、こないに中身のすっかすかな空洞パンチ、怖いことなんてなんもあらへんやろ! かまわずに間を詰めてクロスレンジでのドツキ合いに持ち込むだけやっ、なんや、おのれはもうちょい能がある芸人やと思っとったが、がっかりやぞオニザワ!!」

「うるさいなっ! 世の中、殴り合いばかりが能じゃないでしょうっ? あとその目の前にあるのがただのグーパンチだと思ってたら、そんなの大間違いだからねっ、コバヤさん! なんならその証拠を見せてあげるよっ、せえーの、そうれっと、はい!!」

「ん、コイツは……うおおっ!! なんやこれはっ? まさかこないなことになりよるとは、オニザワ、おんどれ器用にもほどがあるやろっ! たまげたわ!!」

「へっへん! どんなもんだい!! さあ、そんな油断してるからだよ、コバヤさん? その状態じゃもうパンチもキックもできないし、降参するしかないんじゃない? ならここはめでたくこの俺の勝ちってことで……!!」

「…………」

 傍で見ているだけのクマ、日下部にしてやったり顔でニンマリした視線を送るが、当の黒茶のクマの亜人は黙ったきりだ。
 気のせいか、あんまり冴えないような暗い顔つきしている。

 妙な違和感を感じるタヌキの亜人の鬼沢は、目の前で戦闘不能のはずの先輩芸人に視線を戻した。

 するとどうしたことか、そのコバヤカワは口元にさっきよりもさらに不敵な笑みを浮かべて、喉仏をクックと鳴らしている。

 はじめただのグーのパンチと見せかけた巨大な風船パンチが、実は握っていた拳を大きく広げてパーに、さらにその開いた五本の指をすかさず相手の身体に絡ませて、再び握り込むカタチに変形、しっかりとその身を拘束していたはずなのだが、相手は少しも動揺したそぶりがなくてむしろ余裕のありさまだ。

 怪訝に見る鬼沢に先輩のお笑い芸人が言った。

「まあ、こないなもんは力で無理矢理引きはがすこともできなくはないんやろうが、とりあえずほめてはやるぞ、オニザワ! だがあいにくまだ勝負はついてはおらへん、おお、むしろこっからや。よう見とき、真のゾンビのありさま、他に類を見ないおっそろしい戦いようっちゅうもんを今からおのれに教えたるさかい、その五感でしっかりと体感せい!! ゆくぞっ、おおらぁっ……くらえっ!!」

 がっちりと巨大な拳でその身体をがんじがらめにされたはずのベテラン芸人がその身を震わせて雄叫びを発する。

 その瞬間、鬼気迫るようなやたらな迫力を感じたが、目の端ではクマ、同業の若手芸人がその身をビクとこわばらせるようなおかしな気配も感じた。

 そちらに目をやるとそこにはもうそのクマの姿はなかった。

 いきなりこの姿をくらます、さながらその場を慌てて逃げ出したみたいなありさまに大きな頭をはてと傾げる人間タヌキだ。

 またおまけにこの直後、目の前からは何やら巨大な、爆発音みたいなものがいきなりのタイミングで巻き起こる……!?

 ぶるおおおおおおおおおっんんーーーーーーーーんんっ!!

「なに、今の音っ……!? なんだ、なんだ? な、な、なっ! く、くさっ!? あれ、なんだコレ、まさか、へ、く、くっさ、くさあ! くさいっ、くせっ、なんだよこのニオイっ、くさいくさいくさいっ!! あああっ、くさいいいいいいいいっ!!?」

「ぶわははっ、どうや、手も足も出んでも出せるものはあったやろ? ピンチはチャンス、これぞまさしく形成逆転のどんでん返しや!! まだこの姿のままやから死ぬほどっちゅうことはあらへんが、これからトラウマ級のヤツをお見舞いしたるぞ? おのれがここまで気張ったのに免じて、このわいの隠された本性を見せたる。そんでもって格別くっさいヤツをブッこいたるわ!!」

「ひいっ、ひい! くさいっ、くさいっ、息ができない! なにこれ、なんなのこれ! ああっ、くさすぎるっ、信じられない、コバヤさん、今、屁をこいたのっ!? あのバカみたいなでっかい爆発音っ、うそだっ、こんなの人間のおならのニオイじゃないよっ、かいだことないもんっ、こんなに強烈なの!! ああっ、だから日下部も逃げたんだっ、ずるいぞ日下部っ、誰か助けて! 死ぬっ、死んじゃうっ、くさいし、息できないし、メンタルもうボロボロだっ、苦しいっ、くさっ、くるし、くさっ、くさっ、くさあ、くっせええええっっ!! 鼻が死んじゃううっ!!!」

「おい待て、落ち着け! まだこれからやぞ!! これからこのわいのかっちょいい勇姿を拝ませてやるんやから、目と耳をかっぽじってこっちに注目せい! おい、そこまでやあらへんやろ? 不意打ちとはいえちゃんと手加減してやったっちゅうんや!! おんどれアホちゃうか? そやったらその手にしてるびらびらのマントで周りの空気を振り払えばええっちゅう話やろ!! ついでにそのまるで役に立たへんぶっといシッポもぶん回せ!! おいコラ、話が進まへんやろ!!」

「ああっ、ああん、あ、そうか! あっち行け! くさいのくさいの飛んでけ!! ああっ、少しは楽になってきたっ、ああ、でもまだくさい!! うわ、マントにニオイが移ってるぞ? くせっ、これじゃこの俺の身体も臭くなっちゃうじゃんか!! くうっ、バラエティの罰ゲームでだってここまでむごい仕打ちは受けたことないのに、俺、訴えるからね? コバヤさんのこと! おならで殺されそうになったって!! こんなの殺人だよ!!」

「好きにせい! そないな訴えが通るんなら、世の中警察もなんも必要あらへんやろが? それよりも注目すべきはこっちやぞ、おら、しかと拝めよ、この漢(おとこ)の中の漢、ジュードーコバヤカワのいまだ知られざるパワフルマッチョな真の姿! そのありえへんほどかっちょええまさしくスーパーヒーロー的なビジュアルをな!!」

「あ、え、コバヤさんの身体が、見る見る内に見たことない姿にって、あれ、なんだ? これ、まさか……ううっ!?」

 仁王立ちして不気味な気配をまとう先輩のお笑い芸人は不敵な笑みがぐにゃりといびつにカタチを変えていく。

 鬼沢が目を見張って見ているさなか、人間のそれとはほど遠い色かたちへと中年のオヤジが変化変身するのだ。

 三人目の〝ゾンビ〟が覚醒するのを目の当たりにするタヌキは唖然としたまま開いた口がふさがらない。

 さながら悪夢を見ているかの気分だった。

 まずグロテスクなシルエットはそこに悪魔的なイメージを強く想起させる。鬼沢にしてみたらまさしく悪魔だったか?

 やがてそこには思いも寄らないものが姿を現した……!!

 
              ※次回に続く……!

※本文とイラストは随時に更新されます!

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「オフィシャル・ゾンビ」08

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 08

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 通称・ゾンビと呼ばれる人外の亜人種が陰でうごめく世界で、期せずしてゾンビの認定を受けてしまったお笑い芸人、鬼沢。
 おなじくゾンビにして政府公認のアンバサダーを名乗る後輩のお笑い芸人、日下部によってその本性であるタヌキの姿に変身させられ、あまつさえ屋外に追い出されてしまうのだった。
 クマのバケモノと化した日下部とタヌキの鬼沢、呆然と立ちすくむお笑い芸人のもとに、果ては思いもよらぬ人物が現れて…!

 はじめの平和な家族連れでにぎわう都心の公園から、今現在はがらりと場所が変わって、ここは先の憩い広場からは徒歩でほどもなくした同じ街中の一画。

 とあるビルの内部だ。

 ただし人の気配がどこにも感じられない、言うなればとうの昔に放棄されたのであろう、一棟の大きな廃ビルの中であった。

 元はそれなり大きな企業のオフィスビルとおぼしきものだが、建物そのものがすでに遺棄されてひさしく、ほこりっぽいフロアにひとつもものがないがらんどうなさまは、そこに一抹のわびしさと不穏な気配のごときものをじっとりと醸し出していた。

 ひとつも人工の明かりがない空間は実際はさぞかし広いのだろうに、天井から床までびっしりと暗がりで塗りつぶされているため、まるで見渡しが効かない。

 その雑草だらけですっかり寂れた玄関口には〝立ち入り禁止〟の大きな立て看板があり、しっかりと封鎖されていたのだが、この正面口から堂々と中に侵入する中年の男の背中に続いて、のっしのっしとでかい足を踏み入れるふたりのゾンビたちだ。

 そこでは人目を気にしないで済むぶんにこれまでよりずっと落ち着いていられたが、見通しが悪く薄暗い建物の中に見知ったはずの人影を探して怪訝な顔つきをせずにはいられない、現在絶賛タヌキのお化けに変身中の鬼沢だ。

 隣で息を潜める日下部、見た目はいかついクマの化けものにちらと視線をくれるが、後輩の芸人にしてオフィシャル・ゾンビの政府公認アンバサダーめは憎らしいこと何食わぬ顔でおなじくその第三の男の挙動をぼんやりと眺めている。

 何か文句のひとつでも言ってやろうとしたところに、いきなりこのあたりの景色がパッと明るく開けた。
 これにはただちにビクっと背後に垂らした太いシッポを逆立てるメタボ体型のタヌキだ。
 内心で平静を装っていてもいざこういうところに出てしまうのは致し方がないことなのだろうか。

 ここは廃ビルなのだから電源などはとうに落ちているはずだ。

 それにも関わらず、天井の明かりが煌々と灯ってその廃墟のありさまをはっきりと照らし出すのに目を丸くしてしまう。

 白っぽい人工の照明は、その広いエントランスのほぼ真ん中に立つ昔から見知った男の姿もそこにはっきりと照らし出した。

 不敵な笑みを浮かべてこちらを見ているおやじ……!

 男は自分たちと同業の業界人で、〝お笑い芸人〟だった。

 おまけにかなりのベテランで、有名人だ。

 この中でもタレント・ランキングだとか言ったものではダントツの認知度と人気があるのではないかと素直に認めてしまう鬼沢は、ごくりと息を飲んでその年配の先輩芸能人の言葉を待った。

 男は見た目で言えばいわゆる中年のおっさんで、だいぶ中年太りしたいかつめの身体に街中ではあまり見慣れないような、いかにも芸能人ふうなちょい奇抜なファッションなのだが、かろうじて全体を渋くまとめた色使いでギリOKっぽい衣服をその身にまとっている。

 かなり個性的なキャラで知られる芸歴が長いベテラン芸人にはいかにも似つかわしいが、じぶんならちょっとハードルが高いなと内心、覚めた目つきで眺めてしまう後輩芸人だった。

 このあたり隣の若手くんの目にはどう映っているか?

 何はともあれ口元に男らしい口ひげを蓄えたオヤジは低くて渋い、そのくせによく通るバリトンの美声で乾いた廃ビルの空気をビンと震わせてくれる。

「おう、よう来たな、後輩のゾンビども! もとい、芸人ども! ああそうや、ここは見てのとおりで余計な人目を気にせんでええさかい、せいぜい楽にしとけや。ちなみに政府公認の廃ビルで、ゾンビさま専用の容れ物やからなおさら遠慮はいらへん! このわいのお気に入りの〝秘密基地〟や。ちゅうても実際はみんなのものやさかい、おのれらも自由に使ってかまへんのやからの」

「……?」

 二匹の化け物を前にしてもいささかもビビることなく鷹揚な態度のおやじの言いように、なおさら怪訝にその太い首を傾げるタヌキだが、この横のクマがしれっと言うのだった。

 わかりやすく説明してくれる。

「はい。廃ビルや廃工場をそのまま秘密裏にゾンビ機構のものとして国が収容かつ管理しているんですよ。ちなみに都内に同様の物件がいくつも存在したりします。見た目はボロボロでもちゃんとライフラインは生きているから、身を潜めるにはうってつけですよ。ここは規模としてはかなり大きいものですし。裏手の広い裏庭も含めたら、合宿とか特訓とかもできたりしますよね?」

「へえ、そうなんだ? てか合宿って、なに? 特訓なんて俺しないよ。で、目の前にいるあの先輩は、俺、ちょっとビックリしちゃっているんだけど??」

 感心するよりも半ば呆れた感じで大きな頭を頷かせるタヌキが横のクマから目の前のおじさん芸能人へと視線を泳がせるのに、当の本人がニヤリとした意味深な笑みでぬかしてくれる。

「なんや、クサカベ、まだゆうてへんのかこのわいのこと、オニザワに? あー、ちゅうか、そっちのクマがクサカベで、そっちの間抜け面のタヌキがオニザワでええんよな? なるほど立派なゾンビっぷりやが、まだちんちんに毛が生えたての新人くんやろ、シッポの落ちつかない揺れかたがかわいいてしゃあないわ! ほなはよ慣れえよ。傍で見ててあぶなっかしいてしゃあない、収録中もシッポが見え隠れしてたりするやろ、ほんまにの!!」

 豪快な語り口で明るく茶化した言いようでありながら、最後のあたり聞き捨てならないぶっちゃけ発言があっただろう。

 またしてもシッポがビクンと跳ね上がる鬼沢は背中にぶち当たるこのみずからの身体の一部に困惑しながら声を荒げる。

「は? シッポが見え隠れって、そんなわけないじゃないか! 俺こんな姿で収録に参加したおぼえなんて一度もないもん!! それこそ騒ぎになっちゃうじゃん!!」

 これには依然として平然と横に突っ立つクマがすぐさま納得したしたり顔でうんうんと同意。

「ああ、確かにシッポ、時々見えてたりしますよね、鬼沢さん? 本人自覚してないし普通のひとには見えないから問題ないんですけど、この業界、実はゾンビのシッポがはみ出ちゃってる放送事故は結構あるあるです。収録に参加してるゾンビ側からは丸見えですものね? かと言ってその場じゃ注意もしずらいし」

「ああ、ヘタに言うて意識してもうたら、最悪見えんはずの人間にまで見えることになりかねん。カメラに抜かれでもしたら即アウトやろ! いかついシッポの形状からさぞかし年季の入った古だぬきなんやろうと思ってたんが、ずばり的中しよったな! その姿はかなりもんで霊格の高いどこぞやの〝氏神さま〟みたいなもんなんやろ? さてはおまえ、そないなもんにたたられるようなバチ当たりなことをしよったんか、どこぞのロケ先で??」

 しったふうなことをずけずけと言ってくれる先輩に狼狽せずにはいられない鬼沢だ。口から泡が出る勢いでわめき散らす。

「し、知らないよ! 俺は身に覚えなんか何もない!! こんなの何かの間違いに決まってるよ。そうとも俺はただの被害者だ! 無実なんだって! いいや、そう言うコバヤさんだって、俺、知らなかったけど、その、ゾンビ、だったの? でもそうなるんだよね? コバヤさんはコバヤさんの姿のままだけど、でも……」

 ここまでの道中のことをそれと思い出す鬼沢だ。
 困惑の色を深めるタヌキは目を寄り目にして深く考え込む。
 コバヤと呼ばれたオヤジのベテラン芸人は何食わぬ顔で大きく頷いた。

「そや! これまでの経緯を見てもうわかったやろ? ひとには不可視のゾンビのおまえたちを率いてここまで来よる道すがら、こないな有名人さまを指さす人間がひとりもおらへんかったっちゅうあたり! もはや不自然に過ぎるっちゅうもんや」

「やっぱり、見えてないんだ? 俺たち同様、みんなにはコバヤさんのことが?? でもいたって普通の人間のカッコしてて、今のコバヤさんはどこもゾンビっぽくはないんだけど……?」

 やや納得しかけてそれでも何か心に引っかかる鬼沢に、すまし顔の日下部が横からさらなる注釈を付け加える。

「ある程度の経験値を積んでゾンビとしてのレベルが上がれば、わざわざその姿に変身しなくてもステルスをかけることはできるようになりますよ。ひとにもよりますが。あと何を隠そう、コバヤさんはこっちの方面でもベテランで、有名人ですからね?」

「ふん。あいにくとおのれのようなオフィシャルとはちごうて、ただの野良の一匹狼のゾンビやがな! いいや、そもそもがわいらみたいなゾンビに公式も非公式もあらへんやろっ」

「まあ、できたらコバヤさんもオフィシャルになって欲しいんですけど? 世間に潜伏するナチュラルのゾンビたちを見つけ出して野放しにしておかないのがおれたちの仕事でもあるわけだし」

「ナチュラル? なにそれ? ゾンビってそんないくつも種類があったりするの?? 俺が、なんだっけ、えっと、オフィシャルで、コバヤさんはまた違うんだ? いわゆるカテゴリー??」

 初めて聞くことだらけで何をどう理解していいやらさっぱりわからない鬼沢が視線を右往左往させるのに、何やらひどいしかめ面する熟年芸人が途端にこの語気を荒げた。
 キビシイ目線を目の前のクマに投げかける。

「一緒や! ただおのおのに主義主張が異なるだけで、区別する必要なんてどこにもあらへん。しょせんは国のお偉いさんがたの都合やろ? せやからわいはオフィシャルになんぞなられへんのやっ、この首に首輪をはめようなんぞまっぴらごめんやからの! クサカベ、よう覚えておけよ、この漢(おとこ)、ジュードーコバヤカワ、おのれの道はおのれで決める! せやかておのれらの守りたいものとこのわいの守るべきもの、そないに違いはあらへんやろ。世間からバケモノのとそしられても決して人の道は違えんのがあるべきゾンビの姿やからの……!!」

「はあ……。残念です。でもおれも諦めませんよ。それもまたオフィシャルの公式アンバサダーとしての勤めですから。今日からは鬼沢さんと二人がかりでコバヤさんの説得にかかります」

「え、俺? まだ何も納得していないんだけど??」

 タヌキがきょとんとした顔で真っ黒い鼻先をヒクつかせるのに、苦笑いの先輩芸人が意味深な目つきでそれを見返しながらにのど仏を鳴らしてくれる。
 その含むところがある言葉になおさらにきょとんとした顔で鼻先をひくつかせる鬼沢なのであった。

「好きにするがええわ。だが今はこの右も左もちんぷんかんぷんのゾンビ一年生のタヌキの世話が先やろ? そやからこのわいが呼ばれたわけでもあるんやし。なあ、オニザワ?」

「はい? えっと……」

「ええから任せとき。まずは実地訓練、実戦のバトルを体験するところからやろ! ゾンビには必須のスキルや。まあ、優しくしたるさかい、遠慮せんでかかってこい。あいにくギャラリーはそこののんきなクマ助だけだが、熱いエキシビション・マッチのはじまりや! 見物やぞ。動画に撮っておきたいくらいやわ」

「は??」

 事態は急転直下、何か思わぬ流れになりかけているのにひたすらきょとんとなる鬼沢だが、横からクマ、もとい日下部が真顔で言ってくれる。これまた急な物の言いだった。

「鬼沢さん、まずは慣れるところからです。これまでの通りに。ゾンビたる者、それは戦ってなんぼの世界でもありますから、頑張ってコバヤさんに食らいついてください。ちなみに強いですよ、コバヤさん、あのままの姿でも……!」

「はあ? おまえ、何言ってんの??」

「せやから相手をしてやるっちゅうてんのや、このわいが! おうタヌキ、ちんたらしとらんでさっさと来いや! この大先輩がいっちょもんだる、せやからおまえは気張っておのれの力を出せる限りひねり出して、どないなもんができるのかはよう慣れてものにせい。まずはおのれを知ることからや!!」

「は? コバヤさんも何言ってんの?? こんなわけわかんない状態でひとなんか殴れるわけないじゃん、おっかない! 普通の人間よりもずっと力があるんでしょ? 今だって大人と子供くらいも体格差あるし、先輩の芸人さんをケガさせちゃうわけにはいかないじゃん! 俺、そういうの嫌いだし」

「それは相手がただの人間だったらの話ですよ。今回はまったくの別で、むしろ通らなければならない道です。それこそがおれたちゾンビにとってのある意味、通過儀礼みたいなものですから。あとコバヤさんはほんとに強敵ですよ?」

「もうええ、百聞は一見にしかずや。習うよりも慣れよ! おいオニザワ、ごたくはええからさっさとその力を見せてみい、そしておのれの限界を知れ、このわいが教えたる。先輩の芸人として、ガチのゾンビとして、おのれの身体にたたき込んだるわ!!」

「わ、わけがわからないよ! 俺、ケンカなんて兄弟以外としたことないし、ましてや本気の殴り合いだなんて考えたこともない! プロレスだってまともに見たことないんだから!!」

「うっさいわ、ボケ! ええから、かかってこいやあ!!」

 怒号と悲鳴が交錯する。

〝人間〟対〝バケモノ〟……!

 ギャラリーがひとりだけの異種格闘技戦が幕を開けた。

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「オフィシャル・ゾンビ」⑦

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

 オフィシャル・ゾンビ ⑦

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日、いきなり異形のゾンビ(亜人種)、タヌキの妖怪(?)と化してしまった人気お笑いコンビ、「アゲオン」のツッコミ担当、鬼沢 耀(オニザワ ヨウ)。そこに政府公認のオフィシャル・ゾンビとして公式のアンバサダーを名乗る、おなじくお笑い芸人にしてクマのバケモノと化した「宮田日下部(みやたくさかべ)」のボケ担当、日下部 煌(クサカベ コウ)により、すったもんだの末に自身もアンバサダーとしての実施訓練を強要されることとなり……!! 抱腹絶倒のドタバタコメディ佳境に突入!!


 ガッシャアアアアアーーーーーーンッ!!!

 狭い楽屋にひとつだけある大きな窓ガラスが派手な音を立てて粉みじんに砕け散る!

 その窓をみずからの背中で突き破った毛むくじゃらの人影が、勢いもそのままに仰向けで背後の虚空にその身を投じる。

 だがここは、地上から実に七階もの高さがあり……!

 もはや自殺行為、アクロバティックな身投げもさながらだ。

 ただし見た目がタヌキらしき謎の怪人は、それがみずから意図したものではなくて第三者に無理矢理に突き飛ばされただけに、およそ恥も外聞もなくした魂消るような悲鳴を発していた。

 その一部始終を間近で見つめるこちらも謎のクマの怪人めは、覚めたまなざしで空中で手足をバタつかせるタヌキを見送る。

「うっわああああああああああああああああっっっ!!!」

「あ、ちゃんと両足で着地してくださいねっ、鬼沢さん! 今はゾンビの状態だからよほどのことがなければケガなんてしませんからっ、頭から落ちなければ実質OKです!!」

「わああっ、なっ、何言ってるんだよっ、ここ何階だと思っているんだ!? うっわっ、あああああああああああっっっ!!!」

 やけに冷静なクマからの忠告に、背後の窓を派手に突き破って今しも高層階の楽屋の外へと放り出される哀れなタヌキが必死にわめき叫ぶ……!

 それきりすぐに見えなくなったのに続いて、これをただちに追いかけるべくしたクマもガラスの破片をさらに勢いよく飛び散らせて外へとその身を投げ出した!!

 いざ「ゾンビ」と化しての任務行動、公式アンバサダーとしての実施訓練のスタートだ。

「わああああっ! あ、え、ここって何階だったっけ?? は、わわっ、死んじゃう死んじゃうっ、死んじゃうよぉっっ!!」

 仰向けの姿勢で楽屋の窓を突き破ってそのまま虚空に放り出された人型のでかいタヌキは、その背中越しに振り返って見た光景にただちに全身の体毛が総毛立つ!

 はるか遠くにコンクリの地面が見えるが、今しもそこめがけてこの身体が重力の法則のなすがままに落ちていこうとしている。

 通常なら絶対に助からない高さと落下速度でもってだ。

「ああ、いやだっ、いやだよっ、死にたくなっ……あ?」

 シュタっ……!!

 目をつむって死の恐怖にあがきもがく見た目ひとがたのタヌキのバケモノだが、それはただ一瞬のことで気が付いたらばすべてが一変していた。

 地上七階から地べたまでの自由落下はほぼ一瞬で、頭から落ちるなと言われるまでもなくこの体勢を自然と空中で立て直していたタヌキ、もとい人気お笑いタレントの鬼沢だ。

 直後には足下に堅い感触を感じたくらいでしっかりとコンクリの地面に着地していたことに見開いた目をひたすら白黒させる。

「あれ、着地できちゃった? あんな高くから落ちたのに??」

 見上げたテレビ局の巨大な社屋、七階に相当するある一部だけが大きく窓が破損しているのを視認して、はたと首をかしげる。

「まあ、ゾンビだからそんなものです。もちろん個体差があるから一概にとは言えませんが、人間の時のそれよりはすべての感覚や運動能力が大幅に勝っているはずですよ? 今、鬼沢さんがその身をもってしっかりと実演してくれたように」

「……! なんだよ、おまえに無理矢理やらされたんだろ? よくもやってくれたよな、しかもこんなおかしな見てくれしてるのに、真っ昼間のこんな街中の屋外に放り出すだなんて……!!」

 気が付けば音もなくすぐそばに着地していたクマ、厳密には日下部の澄ました返事にこちらは仏頂面して文句がだだ漏れる。

「お互いさまじゃないですか。もとよりこの見てくれに関してはそんなに気にしてくれなくていいですよ。それをこれから現実に実演して証明してみせます。もちろんふたりでですね? つきましてはここから大通りを渡った先にあるわりかし大きな公園、わかりますか?」

「公園? わかるけどなんで?? この局からちょっと離れたところにある『第三市民公園』だったっけ、ずっと昔のまだ若手の頃に相方とそこで漫才の練習とかしてたから、いざ番組収録の前とか大事な時に! でもよりにもよってそんなところに顔出したらすぐさまパニックだろ、あそこって普段から家族連れで混んでるし、そこまでもけっこうな人通りがあるし?」 

 不審な顔で尖った鼻先をひくつかせるでかいタヌキに、相変わらずのんびりした顔つきの大柄なクマがちょっとだけ意味深な目つきで先輩の芸人、今や見てくれの怪しげなゾンビ(?)を、その背後に面した大通りへと誘う。

 局の敷地を離れたらそこはもう結構な人混みで、この格好で向かうのにはかなりの気後れがするタヌキの鬼沢をよそにさっさとそちらへと大股で歩きだした。

「おれの後に付いて来てください。ああ、おかしな物音を立てたりヘタに騒いだりしない限りは、見た感じちゃんと身体のステルス効いてるみたいだから大丈夫ですよ、鬼沢さん。周りにぶつからないように注意を払えば、走っても平気なはずです。それじゃ、行きますよ?」

「ステルス?? あ、お、おいっ! 行くって、このカッコじゃさすがにマズイだろ? ちょっと、クサカベ! 待ってよ、ひとりにしないでくれ!!」

 その場で二の足を踏む鬼沢だが、周りの人気を恐れてこわごわと自らも足を踏み出す。結構派手な物音を立てたばかりだから、この場にいても人目を避けることはできないのは理解していた。

 大股で詰めてそのでかい背中に手が届くぐらいになったら、この毛むくじゃらの巨体がいきなりスピードを上げて走り出した。

 有無も言わさずにだ。

 するとこちらも焦って駆けだしてしまうタヌキである。

「あっ、おいっ! そんな走るなよっ、て、信号もないところでいきなり渡っちゃうの!? だ、大胆だなっ、みんな見てるじゃんっ!! テレビタレントが人前でそんなことしたら、しかもこんなおっかない見てくれでっ、おおいっ、待ってくれよ!!」

 東京の都心で、おまけ昼間の街中じゃ人通りも車の通りも決して少なくはない。

 そんな中に正体不明のバケモノが二体も出現したら、ちょっとしたパニックは免れないだろうと恐れおおのくテレビタレントの心配をよそに、何の苦もなく大通りを横切ってその先のビル街の脇道へとその身をくらますクマの後輩芸人だ。

 その後を必死になって追いかけた。

 なんて悲鳴や罵声を浴びせられるのか気が気ではない鬼沢だが、なぜかどこからもそれらしきが上がらないのには、内心で不可思議な困惑と共に、もはや夢なのかとさえ疑ってしまう。

「いいや、だったらさっさと覚めてくれよ! おおい、クサカベっ、あ、騒いじゃダメなんだっけ? おおーい、いた! ちょっとクサカベっ!!」

 まだ慣れない感じの毛だらけの身体と背後でぶんぶんと揺れるシッポのバランスに悪戦苦闘しながら、どうにか見失いかけた後輩の背中に追いすがる。ちょっとスピードをゆるめて小走りくらいのクマは覚めたまなざしで大汗だらけのタヌキを見返した。

「……ほら、平気だったでしょ? この調子で目標の公園まで行きますよ。この姿になったおれたちは普通の人間の知覚や認識では捉えにくくなっているんですよ。人間じゃ無いんですね、しょせんは? 気を引き締めて息を殺していれば、まず感づかれることはありませんから」

「そ、そうなのか? 確かに周りの誰とも目が合わないのがびっくりなんだけど、つまりはこれって『透明人間』になってるってこと?? すごいじゃん!!」

「……いえ、厳密には違うと思いますよ? というか鬼沢さん、なんか今やらしいこと頭で考えてるでしょ? そういう煩悩や雑念が働くと途端に見えちゃったりするから、やっぱり透明人間じゃないんですよ、おれたち! 気をつけてくださいね?」

「や、やらしいって何だ! そりゃちょっとは想像したけど、この見てくれでそんなのただの変態だろ!! ……触ったりはできるんだ?」

「発言がことごとくいやらしく聞こえますよね? もちろんできますよ。でもたぶんその時点で、この身体のステルスが切れちゃうと思いますけども。フェードとかも言ったかな? 要は気配を殺して身を隠しているんですが、驚いたことにカメラとかの撮影機器にも写らないらしいですよ、ちゃんと意識してその状態を保っているぶんには?」

「いや、その状態って、どれがそれなんだかイマイチわからないんだけど? 意識をそれなり集中していればいいのか?? それともこれもいわゆる慣れってヤツ??」

「あはは、良くおわかりで。理解できてるんならこんな人通りを避けた裏道でなくても大丈夫ですね! それじゃさっさと人通りを渡って目的地へと向かいます。くれぐれも余計な物音は立てないでくださいね!」

「あっ、だからっ、ああっ、もう、待ってよ……!!」

 なるべく物音を立てないように用心しながら人混みを息を殺して走り抜ける二匹のバケモノたちだ。
 その身に古めかしい装束をまとってはいながら、この足自体はどちらも裸足なので余計な靴音などは響かない。
 だが雨上がりの歩道はいたるところに水たまりがあって、そこを渡るたびに水音だけがピシャピシャと鳴るのだった。

 ほどなくしてお目当てとしていた市民公園へとたどり着く。

 いざ公園に着いてみれば、そこは思った以上の家族連れで賑わっているのに、ちょっと意外げな顔でこの広場の入り口近くから辺りを見渡す鬼沢だった。

 雨上がりの晴れた日常の風景にじぶんがいかになじまない見てくれをしているのかひどい困惑を覚えながらも、目の前の平和な景色には内心でカレンダーの日付を思い出す。

「あ、そうか。今日って休日なんだっけ……! あ~ぁ、それなのにどうして俺はこんな……!!」

 恨みがましげにすぐ隣で呆然と同じ景色を眺めているいかついクマのバケモノを見やるが、その当人、後輩の他事務所所属の若手の芸人くんはそ知らぬさまで明後日の方向に目線をくれる。

 チッと小さく舌打ちして、それから辺りの平和な景色を改めて眺めては自然と深いため息をついていた。
 それにクスっと笑うような気配を発するクマが言ってくれる。

「ね、見えていないでしょう? こちらからわざとわかるようなそぶりを見せなければ、おれたちはほぼいないも同然なんです。それこそがゾンビのゾンビたるゆえんですね?」

「はあん、みんな家族の団らんを楽しんでいるよな。ここに得体の知れない不審者がいるとも知らずにさ! しかもふたりも!! こんな目立って仕方がないカッコをしていてもまったくバレないのはありがたいけど、タレントとしては悲しいものがあるよな……! いや、こんなゾンビ、もといバケモノじゃ仕方ないのか、おまけに俺ってタヌキなんだ? はああ、家族になんて説明すればいいんだよ……」

 がっくり肩を落とすタヌキの妖怪と化した鬼沢に、相変わらず他人事みたいな物言いのクマのバケモノ、日下部がぬけぬけと言ってくれた。

「言わなくていいんじゃないですか? さしあたって今のところは?? このあたりまだ法的な整備が整っていないんだし、亜人種管理機構への個人的なカミングアウトだけで十分ですよ。周りへの周知は後後にしておいてですね。かく言うこのおれもごく一部のひとにしかそれとはっきりとは言っていないし。まあ、噂はいろいろと走っているようですけど……」

「ああ、俺もいろいろ聞いてるよ。あることないこと、ありとあらゆる妄言から誹謗中傷みたいなことまで! まったくいざ自分の身に降りかかるとなると寒気しかしないよな、こんなの!!」

「慣れるしかないんですかね、誰しもが……? 社会の共通認識としてそれが正しく認知されるまで、あるいはおれたちが一方的に我慢し続けるか? 無理がありますかね。平和が一番だなんてのんきなことは言ってられないこのご時世ですから」

「なんか気が滅入ってくるよな? で、どうしてこんな真っ昼間の平和な公園なんかに連れて来たんだよ? 俺たち、ここじゃ異物か不審者でしかありゃしないぞ。くそ、家族と来てたら最高の思い出作りじゃないかよ。ここってこんな穴場だったんだ!」

 ちょっと悔しげなさまで身もだえするタヌキに、隣のクマがちょっとだけ苦笑いしてそこからまじめな話を切り出した。

「来たのにはちゃんと意味があります。実際の肌で感じた自分の身体の出来具合を見るのと、人混みに問題なく紛れることができるのかのチェックとかを兼ねてですね? この点、鬼沢さんは自然とできているから問題ないですよ。たとえ家族の前ででもその姿でいる限りは見つかることはありません」

「だからそれはそれで、なんか悲しいだろう? あれ、いざ正体を明かしたところでこの姿を見せることができなかったら、なんか説得力がないんじゃないのか? ただの嘘つきみたいな??」

「まあ、そのあたりは、説明がしづらいんですが、たとえば自慰をしているところをわざわざ家族に見せることはありませんよね? それと同じで、あえて隠さずに見せようと思えば見せることができるはずです。恥を忍んであえて恥部をさらすみたいな感覚で?」

 しまいにはえらくぶっちゃけた物言いをしてくれる後輩に、家に帰ればタレントからマイホームパパになる中堅芸人は泡を食ってわめいてしまう。周りを気にして口元に手のひらを当てて努めて語気を落としつつ、それでも最後にはまたわめいていた。

「待て待て! 自慰ってなんだ! ……あ、語弊があるだろう、俺は間違っても子供の前ではそんな姿見せないぞ? この姿はそんな恥ずかしいことなのか? 冗談じゃない! だったら俺は絶対に見せないぞ、家族にこんなわけのわからないゾンビ、じゃなくてタヌキのカッコ!! だからなんでタヌキなんだよっ!?」

「愛嬌があっていいんじゃないですか? おれは好きですよ、タヌキの鬼沢さん。むしろ元の姿の時よりも愛着あるかも? 普段は坊主の太ったおじさんですものね? いかにも見え透いたビジネススマイルの??」

「待て! それこそ語弊があるだろう? おじさんなのは認めるが、ビジネススマイルってなんだ?? 俺はお笑い芸人だよ、根っからの! そもそもまだ若手のお前にどうこう言われる筋合いはない。それよりも、これからどうするんだ?」

 ひょうひょうとした後輩の横顔を睨んで問いただすのに、いっかなに悪びれるでもないクマはこれまたぬけぬけとしたさまで果ては意外なことをさらりと言ってのけた。

「まあ、とりあえずはその状態に慣れてもらうことが一番ですかね? 来ている衣服、装束っていうのか、そのへんのアイテムだとかもそれなりに調べて使い方をきちんと押さえてもらって……あ、あと、あるひとを呼んでいますので、この場でそちらとの顔合わせもしてもらってですね……」

「あるひと? え、誰?? なんかコワイんだけど、このカッコで引き合わせるってことは、ひょっとしてそのひとも……!」

 怪訝なさまで毛むくじゃらの頭を傾げさせるのに、落ち着き払ったクマの妖怪はあくまでもクレバーな調子で言ってくれる。

「会えばわかりますよ。ちなみに鬼沢さんも知っているひとです。ちょっと意外かも知れないですけど? でも身元自体はとてもはっきりとしているひとですから」

「は? まさか顔なじみの先輩のお笑い芸人が出てくるなんてことはないだろうな? 頭に黄色いメットを被って?? ドッキリじゃん! タチの悪い? でもこの俺たちのことが見えるヤツなんだろ、だったらやっぱり……」

「来ましたよ。ほら……!」

「あ!」

 何かしらの気配に感づいたのか、ふと背後を振り返ってそれと目線でそちらを指し示す日下部だ。
 これに同じく背後を振り返る鬼沢なのだが、いざ振り返って見た先にいた人物に、ポカンとしたさまで大きな口を開けてしまうのだった。

 確かに見知った人間がそこにはいた。

 だがそれは実に思いもよらない人物で、なのに比較的に身近な立場にいるごく見知った人間だったのだ。

 それこそが……!

                ※次回に続く……!
 

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「オフィシャル・ゾンビ」①

ノベルとイラストとNFTを絡めたオリジナルコンテンツ、いざ開幕、開幕~(^o^)

     オフィシャル・ゾンビ
     ーOfficial Zombieー

-さいしょのおはなしの、はじまり-


 コン、コン……!

 まったりとのどかな気配が漂う昼過ぎの楽屋に、短く控えめなノックの音が、ひっそりと響いた。

 すると間もなくこの出入り口のドアが開いて、声もないままにそこにひとりの男が入ってくる。

 見た感じはスタッフとも取れる地味な見てくれの青年だった。

 これと主義主張のない平凡な格好に、ろくに手入れもしていないのだろうもっさりとしたぼさ髪と、おまけこれと化粧っけのない素顔で、ひょっとしたら番組ADかと見間違えてしまうほどだ。

 もとい今時のテレビ局ならスタッフのほうがまだこぎれいか?

 その、さながらスタッフ然とした男が、冴えない顔つきしてぼさぼさ頭をぺこりと下げて、ぼそっと一言。

「あ、おはようございまぁーす……!」

 この業界ではほぼお決まりの挨拶文句だ。

 それをいかにも緩い口調で発すると、また頭を上げた先にいる部屋の主のさまをじっとうかがう。

 こぢんまりした畳の和室は六畳ほどで、そこに年の頃で言ったらおそらく三十代も半ばくらいの壮年の男が、ひとりだけ。

 真ん中に木製の座卓があって、傍らの座布団に腰掛けてそこに前屈みで寄りかかる。

 こころなしかやけにかったるそうなさまだ。

 どこか見覚えがある風体で、それは昨今のテレビではよく見かけるそれなり有名なタレントさんだった。

「…………」

 対してそのテレビタレントは、およそろくな返事もないままに視線だけで来訪者の青年をじろりと眺めてくる。

 ひどく怪訝なさまで普段のテレビで見せるような明るさがまるでない、それはそれはひどい素の真顔だった。 

 歓迎されている気配がみじもんない。

 だがこちらもそんなことは端から承知の上で、あはは、とその顔に見え透いた愛想笑いみたいなものを浮かべる青年だ。

 そこからまた控えめな口調でいながら見た目的に完全ノーウェルカムの男性タレントさんとの距離を、しれっと詰めてくれる。

 くたびれた革靴を脱いだらそそくさと畳に上がり込んでた。

「失礼します。あの、今、お時間ありますか? その、できたらちょっとだけ、お話させていただきたいんですけど……」

 相手までソーシャルディスタンスギリギリのところで足を止めて、突っ立ったままで先輩のタレントの丸い坊主頭を見下ろす。

 言えばお笑いタレントとして知られる著名人に、臆面もなく平然と相対していた。

 また言えばじぶんもそのたぐいではあったこともあり。

 やや太めの体つきでさっぱりとしたこぎれいな丸刈り坊主の男は、うざったげな顔つきでこれを見返してきた。

 今やその声つきにもちょっと不機嫌なものがあっただろう。

「……とか言いながら、しっかりと上がり込んでるじゃないか? この俺にはまるで拒否権なんてないみたいにさ。スタッフさんとの打ち合わせはついさっき済ましたから時間なくはないけど、俺、これから収録だよ?」

「ああ、はい。すぐに終わりますから。というか、俺が来た理由、もうわかってたりするんじゃないですか、鬼沢さん?」

 ↑う~ん、まだキャラが固まってない? はじめはこんなもんか…(^_^;)
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 ちょっと苦めた笑みで問うてやるのに、当の鬼沢――オニザワと呼ばれた相手は仏頂面でこの視線をそらす。

 内心じゃ苛立たしげなのがもうはっきりと声にも出ていた。

「知らないよ! ていうかお前って何様? お前とこうして話しているところ、ひとに見られたら変な誤解を受けそうだから、出ていってくれないかな? そうだ、もとはただのお笑いタレントが、国の認定だかなんだか知らないけど、怪しいにもほどがあるだろうっ! 俺には関係ない」

「あは、コロナから始まって、ほんとおかしな世の中になっちゃいましたよね、今って? それにしてもひどいなあ、そんなに毛嫌いすることないのに! いくらおれでもちょっと傷ついちゃいますよ、まあ、慣れっこなんだけど……」

 苦笑いではぐらかした物言いしながら、ちょっとだけ寂しげな目つきで相手の横顔を見つめる青年だ。

 これに顔を逸らしたままで恨めしげな視線だけをつとよこす先輩の中堅タレントは、苦渋のさまでまた言葉を発した。

「仕方ないだろ? 俺、ぶっちゃけ怖いよ、お前のこと。だって良くわかんないじゃん。わからないことだらけじゃん。お前ってば……! なあ、日下部、お前って本当に、何なの??」

 日下部――クサカベと呼ばれたその訪問者は穏やかな顔つきのままではじめただ静かにうなずく。

 そうして落とした声音で、何かしらの説得でもするかのようにまた続けた。

 そうたとえ目の前の相手が聞く耳を持たなくともにだ。

「そうですね。でもそれはほら、今の鬼沢さんにだって当てはまることなんじゃないですか? ほんとはわかっているんでしょう、心当たり、きっとあるはずだから……ね」

「ないよ! うるさいなっ、もう出ていってくれっ」

※お笑いコンビ・アゲオンのツッコミ担当、鬼沢のとりあえずのイメージです。実在するお笑い芸人さんをモデルにしたキャラなのですが、うっすらとビミョーですね。てか、似てません(^^;)


 完全にそっぽを向いて吐き捨てる坊主頭はかたくなな態度だ。

 それきりすっかり心を閉ざすのに、顔色の穏やかな、それでいてどこか冷めたまなざしの青年は、ただ一言だけ。

 ぽつりとある言葉を口にする。

「ゾンビ……!」

 ぽつりとだ。

 そして何故だろう、およそそれまでの話の流れにはそぐわない、それは不可思議な響きのワードだった。 

 それきりしばしの間があって、座卓に前のめりで屈む先輩芸人、無言の鬼沢はしかしながらこの身体を小刻みに震わせているのが手元の湯飲みのなす、それはかすかな身震いでわかった。

 良く見ればその横の急須もカタカタと音を立てている。

 もはや内心の動揺は隠せなかった。

 やがて憎悪にも似た歪んだ表情を見せる坊主はきついまなざしで後輩の芸人をきっと見返す。

 あげくは攻撃的な口調でまくし立てるのだった。

 もう我慢がならないとばかりにだ。

「……は? なんだよ、ゾンビって? 誰のことだよっ!? おいっ、誰のことだよっ!! おいっ、ふざけんなよ、どこにいるんだよっ! こいつ、黙って言わせておけば、よくもっ、このおれのどこがゾンビなんだよっ、生きてるんだぞっ、ちゃんと生活してるんだっ、家族だっているんだぞ! だったらおまえこそがっ、おまえだろうよ!! なんだよっ、ゾンビって、ゾンビってなんなんだよっ、ふざけやがって……こんちくしょう!!!」

 激高する相手を相変わらず静かに見つめる青年だった。

 少し不自然なくらいのうっすらとした笑みを口元に浮かべて、どこまでも落ち着き払った物の言いをしてくれる。

 相手の目をただ静かに見返しながら。

「外に声、聞こえちゃいますよ? そんなふうにじぶんから騒いじゃったら。俺もイヤなんで……」

 いきり立つ先輩タレントがぎっと唇をかみしめてみずからの荒げた息を殺すの見届けてから、こちらもみずから前屈みになる訪問者は、さらに声をひそめてぼそりと問いかける。

「……はい。そうですね。俺は、周知の通りです。でも、あなたも、あなただって、そうです。鬼沢さん、あなたももう一度は、死んでいますよね……?」

「……っ、…………!」

 言葉もなく見開いたふたつの眼、その瞳孔が大きく見開くのを黙って見つめる青年、日下部だった。

 そして喜怒哀楽のどれにも当てはまらない穏やかな表情、さながらデスマスクみたいな真顔で言い放たれた言葉、それは果たして真実であったのか。

 物静かでいながら確かな断言、はっきりと断定するかの冷たい響きが余韻にこだました。

「死んで、生き返ったんですよ、あなたも、この俺も……! それにつきゾンビって言葉が正しいかどうかわかりませんが、それでも、事実です。鬼沢さん、わかっているんでしょう。だから俺がここにいるんです。もう、逃げられませんから……」

「ひっ……知らない。知らないよ、やめてよ……」

 顔から完全に血の気の引いたタレントがうなされるみたいな言葉を発する。

 そのさま、まるで動じない青年はただ静かに眺めるばかりだ。
 
 それきりお通夜みたいな静けさが満ちた。

 あたりに人の気配はない。

 そこにひとなどいなかったのか。

 かくしてここにまたひとつの悪夢が目を覚ますのだった。

 悪夢の名は、オフィシャル・ゾンビ――。

 人の世ならざるものが人の世に降り立つ。

 今や悪夢は昼夜を問わずに訪れた……!
 

                次回に続く――

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※ノベルとイラストは随時に更新されます!