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「オフィシャル・ゾンビ」11

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 11

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり異形の亜人種=ゾンビであることを告げられたお笑いコンビ、「アゲオン」のツッコミ担当、鬼沢。
 人気のお笑いタレントとして活躍する傍ら、裏ではゾンビの公式アンバサダーとしての活動を、同じく若手のお笑い芸人にしてゾンビのアンバサダー、日下部に要請されてしまう。
 露骨に嫌がる本人をよそに無理矢理にゾンビの正体を呼び起こされ、あまつさえ先輩の芸人、実は野良のゾンビだったというコバヤカワにはガチの真剣勝負を挑まれてしまうのだった。
 ドタバタした悪夢のような一日から数日――。
 またしても日下部につきまとわれる中堅タレントは、そこでまたあらたなる新顔のゾンビたちと引き合わされることに……!? 
 ドタバタお笑いバトルファンタジー、新展開に突入!!


 青くて高い空により近い場所で、初春の風が、より冷たくこの頬をなでた。

 とっくに通い慣れたはず某民放キー局の勝手知ったる建物の内でも、そこだけは人気のない拓けた高層階にひとりでたたずむ、やや中年にさしかかりのおじさんタレントだ。

 はじめひどく所在なげにたたずんでいながら、それにつきやがてしみじみとした抑揚の感想を漏らす。

「へぇ、意外といい見晴らしなんだな……! 天気もいいし。でもここっていつもは鍵が掛かってて、ひとは原則立ち入り出来ないはずなのに、なぜか今は空いてるんだ? あいつとの待ち合わせに指定されていたから、おかしいとは思っていたんだけど」

 見た感じはそこが屋上階と思わせて、実は本来の屋上との間の謎の空間となるここは、果たして何階となるのか。

 緊急時のヘリポートや番組のロケ現場ともなる空中庭園がある広い屋上階は、頑強な鉄骨の構造物で土台が築かれており、この土台部分の基礎を支えるのが、今いるコンクリの平たい床面だけが広がる、やたらに無機質で閑散とした場所だ。

 まずどこにも人気がない。

 そこでは四方を囲む壁の代わりに、鉄製の高いフェンスがぐるりと張り巡らされており、その分にあたりの景色がことのほか良く見えて、ある種の絶景スポットかとも思える。

 風通しがすこぶる良くてこんな天気の日なら一般向けに解放してもいいくらいだ。

 ひとりになりたい時はまさしく絶好の穴場だな、と密かに心の内に書き留める、人気お笑いコンビのツッコミ担当だった。

 中堅漫才コンビ・アゲオンの鬼沢と言えば、もはや全国的にもそれなりに名が通るだろう。

 トレードマークのきれいなまあるい坊主頭に、愛嬌のある笑顔で憎めないキャラクターとしてお茶の間にはそれなり好評を博しているとは、当の本人も少なからず自負しているくらいだ。

 テレビの露出は他の同期と比べても高い方だし。

 そんな自他共に認めるイケてるタレントさんが、今はやけに神妙な顔つきをして、そわそわとこの周りに視線を泳がせていた。

 要は誰かを待っているのだが、その当の待ち人がフロアの奥の暗がりから、のっそりと姿を現してくる。

 相変わらずの冴えない表情で無愛想なボサ髪の後輩芸人に、ちょっと緊張した面持ちの先輩は、そこで気を持ち直すと、あえてうんざりした調子でみずからの言葉を発した。

「ああ、おはよう、日下部! てか、そっちから呼び出しておいて待たせるなんてひどくないか、後輩として? 俺、先輩だよな、芸歴で言ったらお前なんかよりもずっと??」

 不機嫌なさまを隠さない物言いに、まっすぐに歩み寄る後輩はソーシャルディスタンスはぎりぎり保つ範囲でその足を止める。

 こちらもなんだか浮かないさまで苦笑い気味に言葉を発した。

「ああ、はい、すみません……! 芸人とゾンビの、この公式アンバサダーの掛け持ちしてると、どうしても時間にルーズになっちゃって……。でも来てくれてありがたいです、鬼沢さん。ひょっとしたら、すっぽかされちゃうかも知れないと思ってましたから。あの例のゴタゴタした一件がありましたからね?」

「ああ、いっそすっぽかしてやろうかと思ってたよ! でも逃げたところでお前が追っかけてくるんだろ? 公式のアンバサダーでございって、何食わぬ顔してさ! ちょっと癪だけど、逆らってもいいことなさそうだから。長いものには巻かれろって昔から良く言うしな?」

 いいトシのおっさんがひどいむくれっ面で何かしらをひどく揶揄したような言葉付きに、対するこちらもいいトシのこやじは、かすかにうなずく。

「いい心がけですね。確かにおれのバックにはれっきとした国がありますから……! で、あれから体調はどうですか? ひょっとしてゾンビの正体を他人に見破られかけてたりして、すったもんだとか? この場合の他人は家族も含むんですけど……」

「は、家族は他人じゃないだろ? おい、相変わらずイヤな言い方するよな。たく、そんなヘマするほどガキじゃないさ。お前からもらったあの妙な水晶石、クリスタルだったっけ? すっかり色があせてただの石ころみたいになっちゃてるけど、そのおかげか体調は悪くはないよ。コバヤさんから食らったどぎついトラウマみたいなのも、ひょっとしてあれが癒やしてくれたのかなぁ」

「良かったです。でもそのクリスタルはここで一度、回収させていただきます。うまくすれば今日また新しいのを仕入れられますよ。ちょうどうまい具合に、仕入れ先の納入業者さんが来てますから……!」

 そんな後輩芸人の意外なセリフには、ちょっと怪訝に聞き返す鬼沢だ。

「業者? なんだよ、あれって仕出し弁当みたいに局に搬入する業者さんがいたりするの? あんな怪しい石、弁当よろしく楽屋においてあったことなんて、あったっけ??」

「ああ、そのあたりはもう説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いですから、これから本人さんたちと引き合わせます。それでは早速、そちらの楽屋挨拶に行きましょうか」

「は? どういうこと?? あとなんだよ、これ?」

 意味深な口ぶりする後輩が、やがてスッと差し向けてきた、いつぞやの見覚えのある金ピカの輪っかに、怪訝な表情がますますもって険しくなる鬼沢だ。

 確か、キンコンカン、とか言っただろうか?

 例の頭にすっぽりとはまるサイズの金色の輪っかを受け取るつもりが、相手の差し出す輪っかはあいにくこの手元ではなくて、直接にこの坊主頭にかぽりとはめられていた。

 およそ無断で、さも当たり前みたいに……!

 はじめ言葉が出てこない先輩芸人だ。

「あ、別にあのタヌキに変身するんじゃなくて、今回はただ気配を消すだけです。周りのひとから存在を認識されないように。それにもうこれに頼らなくとも変身はできるんじゃないですか?」

「……ああ、家の裏庭とか、自室の書斎とか、家族の目につかないところでちょこちょこまめにやってはいるけど……。じゃなくて気配を消すってなんで?」

「いざオフィシャルのアンバサダーとして最低限度の能力は身につけておかないと、そのための大切な実習です。あとここで待ち合わせをするときは、その機密保持の必要性からフェードの状態を保つことは必須です。だからっていちいちゾンビに変身するのはアレですから、このままの姿でですね。以前のコバヤさんがやっていたあれです。慣れればできますよ」

 真顔でなされるもっともらしい説明に、うんざりしたものが顔にわりかしはっきりと出る新人の公式アンバサダーさんだ。

「は、ここならそもそも人目にはつかないだろうさ? めんどくさいな! やってることどこぞのスパイかテロリストじゃんっ」

「これならたとえドローンで空撮されても間違って見切れてしまうことがありませんから、今はどこに誰の目があるかわからないじゃないですか。元の出で立ちが目立って仕方ない公式アンバサダーのお仕事は、原則この気配を消してでないとつとまりません……!」


「ほんとにめんどくさいな!! こんな恥ずかしいカッコで局内をうろつきたくなんかないよ、ああ、でもこれだと普通のひとには見えないんだっけ? 普通のひとってなんだよ!?」

「ふふ、ノリツッコミがお上手ですね。まあ、万一にバレても西遊記のコスプレくらいで済むんじゃないですか? それではさっそく局内に移動して、ぼくらとおなじアンバサダーの芸人さんたちの楽屋挨拶に行きましょうか。大事な一発目の顔合わせ、とは言っても、きっともう知ってるひとたちですよ?」

 あくまで真顔を崩さない日下部の物言いに、いよいよ拒否反応じみたものが目の下あたりにしわかクマとなって現れる鬼沢だ。

「おんなじってなんだ? 俺、まだ何もやるだなんて認めてないはずだけど? アンバサダー?? あと芸人さんって、コバヤさんみたいな実はゾンビのタレントさん、他にもまだいるの? 俺、そんなの全然、身の回りに覚えがないんだけど……!!」

「果たしてあちらからはどうなんですかね? 鬼沢さんが気づいてないだけで、世の中は複雑に裏と表が入り乱れているんです。すぐにわかりますよ。気のいいひとたちだから、人見知りな鬼沢さんでもすぐに打ち解けます。仲間なんですからね?」

「仲間って……! なんだよ勝手に決めつけて、俺の意見がどこにもないじゃん? ひとの都合は無視なのか? おい日下部、さっさと行くなよ、まだ話は終わって……ああん、もう、待っててば!!」

 さっさときびすを返して暗がりに姿を消す後輩に、先輩の人気タレントが半泣きの困惑顔してこの背中を追いかけていく。

 そうしていざ局内に戻ったら、そこからはふたりとも押し黙ったきりですっかりと気配を殺した隠密行動になる。

 途中で何人もすれ違ったが、やはり見知った人影は誰もこちらに視線をくれるようなことはなく、完全スルーでやり過ごしていくことになる。

 だがこのあたり普段から人気商売でならしいてるぶん、実は内心でビミョーな心持ちのタレントさんだ。

 おまけ驚いたのはエレベーターのようなごく狭い密室でも、まるで気配を感じ取られている様子がないことで、本当に透明人間になったかの心持ちになる。

 ちょっとした冒険をしてるみたいでわくわくもするが、隣で日下部が何事がつぶやくのに耳を済まして、途端に吹き出しそうになる鬼沢だ。

 いわく――。

「……オナラはしないでくださいね?」

「ぶっ、するわけないじゃん!! 今のは違うぞっ! コバヤさんじゃないんだからっ、あぶねっ、気づかれちゃうよ……!!」

 額にイヤな汗を浮かべながら、ある特定の階で動く密室から降りるふたりのゾンビたちだ。

 そうして長い廊下を進んだ先にたどり着いた、あるひとつの楽屋なのだが、やけにビミョーな面持ちでそれを見つめる鬼沢だった。

 そこはとてもなじみがある景色で、そうだつい最近、おのれが巻き込まれたいつぞやのドタバタのはじまりとなった、まさしくあの時のあの楽屋なのだ。

 ヘンな既視感みたいなものを覚えて、隣のアンバサダーに白けた視線を向ける。

「おい、ここってあの楽屋だよな? てことはまたおかしな規制線が張られてたりするのか、このあたりに? だったら気配なんて消す必要なかったんじゃないのか、おまけに確かにこの中にいるのって、知ってる芸人さんたちだし!!」

 ドアに掲げられた案内ボードには、それはしっかりと有名な漫才コンビの名前が書き込まれていた。

 じぶんたちよりもさらにベテランのそれだ。

 おかげでちょっと緊張してしまうが、一方でみじんも悪びれることもない日下部は先輩の文句をしれっと聞き流す。

「ああ、まあ、そう言わないでください。ここらへんある種のお約束で、言わば各局ごとのデフォルトなんですかね? この局はここがぼくらゾンビがらみの完全対応区域ってことで……!」

「ふんっ、あとさっきの屋上階の怪しい陰のフロアか? なんだよ、ある意味バレバレじゃん、知ってるヤツらからしたら! なんかどっちらけるよなあっ……」

「おほん、それじゃ、とっとと入りまーす。あ、ちゃんと円満に挨拶してくださいね、このあたりは持ちつ持たれつってヤツで、みんなお互い様なんですからっ……はい、失礼しまーす」

 いきなりドアをノックして楽屋に身を乗り出す日下部に、鬼沢はまだ心の準備ができてないと慌てふためくが、これに無理矢理に引っ張り込まれてしまった。

「あ、お、おはようございまーす! どうも、アゲオンの鬼沢です。お世話になってます。えっと、今後ともよろしくお願いします、その、バイソン、さん……?」

 いざとなるとその職業柄で身に染みついた習性からか、それっぽいことが口からすんなりと出る中堅芸人だ。

 そうしてじぶんよりもさらに芸歴が長いおじさんたちの顔を上目遣いでうかがう。

 あの見慣れた楽屋の風景はいつものままで、そこに今はふたりのおじさんたちがくつろいださまでこちらを見返してきていた。

※この挿し絵は完全に失敗しているので、以下におおよそのコンビのイメージをのっけておきます。これでいいのか?

※左がバイソンのボケ担当、東田と、右がバイソンのツッコミ担当、津川のおじさんコンビです(^^) 元ネタの芸人さんとはやっぱり似てないですね!

 番組収録の時と同様、普段からとかく落ち着いた真顔で、内心の思いを滅多に表情に出さない東田は、何でも顔色に出す素直な後輩の芸人くんにそう何事か問うてくれる。

 えっ? えっ?? と内心の狼狽ぶりがあからさまな鬼沢に、相変わらずのすまし顔した日下部がしれっとフォローを入れる。

「ですから、アレです。いまさっき回収すると言ったもの、鬼沢さん、持ってますよね? それです。元の持ち主の東田さんに返してあげてください。でないと次のものがもらえませんから」

「えっ、アレ?? あのクリスタルって、実は東田さんのものだったの? なんか、イメージに合わないんだけど……これ??」

 言われてぶったまげた顔でみずからの懐から濁った灰色の水晶石みたいなものを取り出す鬼沢だ。
 それをほれと手を差し出してくる先輩のボケ芸人さんにおっかなびっくりに手渡す。

 すると何食わぬ顔でそれを手にした東田は、おのれの手元をしばらく見つめてから、きょとんとした鬼沢を目の前にしてこの顔つきがさらに呆気にとられるような意外な仕草をしてくれる。

「イメージは関係あらへんやろ? ふうん、しっかりと回復の効果は使い切っとるんやな。そやったら、ああんっ、んんっと!」

「えっ、え? なんで??」

 カエルかトカゲみたいな無表情な顔つきで大きな口を開けると、そこに例のものをポイッと放り込んで一息に飲み下す東田だ。
 ギョッとなる鬼沢は腰を浮かせて大きくのけぞってしまう。

「た、食べちゃった……! それって食べ物だったの?? え、いやいや、ただの固いカチカチの鉱物だったよな、無味無臭の??」

 顔を引きつらせる鬼沢だが、周りの面々は何とでもなさげなさまなのに、自分も必死に心を落ち着けるよう努める。
 これに内心のパニックを見透かしたかの先輩芸人は、あくまでしれっとした口ぶりで言ってくれた。

「ええんよ、身体に取り込んだところで害はないし、ぼくの場合は特別や。もとからこの身体の一部やったさかい。こうして取り込んで、ふたたび再生したものを取り出すんよ。その繰り返しや」

「ははん、ちゅうてもはじめて見た子はみんなびっくりするやろ! 口から取り込んだもんはそのまんまケツからひねり出すんやから、なおさらビックリやわ!!」

 相方がすかさずツッコミを入れるのに、それを聞かされたふたりの後輩くんたちの気配がにわかにざわつく。

「え、お尻から?? それじゃまさか、あれって……!?」

「そうだったんですか?? まさかそんなことだったとは……」

 表情にくっきりと暗い影が浮き出る他事務所の後輩たちに先輩のおじさんは苦笑いしてこの首を振る。

「ちゃうちゃうっ、そないないわけあるかい! ケツが血だらけになるやろ。おいおかしな茶々入れんと、ふたりとも引いとるがな。あと鬼沢くんに新しいヤツをやったれよ。ほれ、口で説明するより目で見たほうが一目瞭然やんか、まさしくで?」

「んっ、おう、めんどいの! あないにでかいのは取り出すのが面倒やからほどほどのにしてや? それじゃふたりともよう見といてや。おい東田、どこや? 手が届かれへんところやろ??」

 座卓を挟んで相対していたコンビのおじさんたちの内、ツッコミ担当の津川がいざ腰を上げるとぐるりと相方の東田の背後に回り込んで、その背中に手を当ててもそもそとやりはじめる。

 それをはじめ訳もわからずに見ていた鬼沢だが、静かにそのさまを見つめる日下部とふたりで先輩のベテラン芸人のコンビ芸に固唾を飲む。
 お笑いと言うよりはビックリ人間ショーに近いさまをまざまざと見せつけられるのだった。

 相方の背中をどれどれとさすっていた津川が、やがてその真ん中あたりで何かしらの感触をこれと探し当てたらしい。
 無言でみずからの右手を東田の襟首からこの奥底へとずぽりと潜り込ませる。

「あった! これか、でかいのう? 目で見えんさかい邪魔なこの服、脱いだほうがええんちゃうか? 取りずらいでほんま!!」

「いいやろ、はよ取れや。企業秘密やさかいひとには見られたない。こそばゆいわ、はよ取れって、はようっ、あんっ……!」

「おかしな声出すなやっ、ひとが聞いたら勘違いされるやろ! ん、ほれ取れたぞ、これやろっ、でかいの!!」

 やがて津川がその手に取り出した緑色に輝く物体には、心底びっくり仰天する鬼沢があっと声を上げる。

「あっ! クリスタル!! どこから出したの? 東田さんの背中から出てきたぞ? まさかあの身体から生えてきたのか??」

「はい。そのまさかなんですかね……! ある程度予想はしていましたが、実際に見るとビックリです。あの服の下がどうなってるのか、想像するのがこわいですね……」

 目をひたすら白黒させる鬼沢にさめた視線の日下部が応じる。

 無機質な真顔に意味深な笑みを浮かべる東田はかすかにこの肩をすくめさせた。そうして相方が手にした緑色の光りを放つ例の水晶石を利き手に取って、これをしげしげと見定める。

 用が済んだとおぼしき津川は、もと自分がいた場所へともどってまたぺたりと尻を付けた。そうして感情が複雑な鬼沢にさも楽しげなしたり顔して言ってくれるのだ。

「わいらとゾンビ仲間の鬼ちゃんには特別サイズの一級品や! 大事にあつこうてや。あのクラスなら致命打でもぎりぎりしのげるで」

「ふん、そこまでちゃうやろ? まあ、こないなもんか。いい出来や。ほれ、あげるから大事に取っといてや。回復系のアイテムならゾンビ界イチの使い手、このバイソンが特製のクリスタル。ケガしたらたちまち効果を発揮して治してくれること請け合いや」

「ああっ、はい、どうもっ……! て、いいんですか? もう何度もお世話になっちゃってるけど」

 相手が差し出してきたものをまたおっかなびっくりに受け取る鬼沢だが、日下部からしれっと釘を刺された。

「いいんですよ。お互い様なんですから。鬼沢さんから提供する時もじきに来ます。アイテムの生成自体は鬼沢さんも素質があるみたいだから、きっと持ちつ持たれつでうまくいきますよ」

 これにははじめやや苦笑気味にうなずく東田だが、不意に何やら感じたものか鬼沢に驚いたふうな視線を向けてくれる。

「ふふん、そう願いたいもんやな。ん、にしても鬼沢くん、しょっぱなからキツい目に遭ってるみたいやな? さてはコバヤの兄さんにひどくいじめられたんやろ? さっき取り込んだ石の記憶にはっきりと残っとるわ。うわ、くっさいの食らわされとるのう!」

「うわ、最悪や! オニちゃん、あれ食ろうたの? てことはあの兄さん、あのおっかないゾンビの姿になったんや? うわ、くわばらくわばら!! 勘弁してほしいわ、ほんま」

 相方のセリフに過剰な反応して津川がガヤを発する。
 まるでバラエティ番組のやりとりを見てるかの心持ちの鬼沢だが、目をまん丸くして頭を大きく傾げていた。
 ちょっとした危機感みたいなものに内心で舌を巻く。

「石の記憶……? そんなのあるんですか? うわ、やばい、俺、変なことしてないかな、あれから家とかロケ現場で……! プライベートなことがもろバレじゃん!!」

「確かに肌身離さずとは言いましたが、ひとに見られたくないことをする時にまで持っている必要はありませんよね? それにしてもあの水晶にはそんな機能まであったんですか」

 バツが悪い顔で言葉が無くなる鬼沢だ。これに覚めた目つきを右から左に流す日下部に、東田が何食わぬさまで応ずる。

「ふん、何から何まですべてを記憶しとるわけやあらへんよ。ボイスレコーダーとちゃうんやから。ごく一部、特に印象に残ったことや、多くは精神的なショックや肉体的ダメージを食らった時なんかやな……! 特にコバヤの兄さんのアレは格別くっさい、やのうて、えげつないもんやから。鬼沢くんよう耐えたわ。ぼくなら心がぽっきり折れとる……!!」

「ほんまにきっついもんな! あれはシャレにならへんもん」

 ふたりしてうんうんとうなずき合うお笑いコンビに、鬼沢も自然と頷いてかつてのことを脳裏に思い返す。
 うげっと苦い顔で舌を出してしまった。

「うへっ、そうか、コバヤさんのあれをふたりともやられたことがあるんだ……! 確かにシャレにならないよな。俺も心が折れそうだった。あの時の記憶があの石に残ってたんだ……!!」

 先輩たちの反応にある種の共感を覚えるが、それとはまた別の共感を抱く日下部が意味深にうなずいて言った。

「便利な能力ですよね。いわゆるブラックボックスみたいな機能も果たすわけで、東田さんはこの記録の解析とおまけに未知の敵の情報収集ができるわけだし……」

「なんやストーカーみたいないわれようやな? 気ぃわるいわ。そのくらいの役得はあってもええやろ。まあええ、それよりも鬼沢くんがコバヤの兄さんと互角にやりあったちゅうんが、びっくりやわ。きみ、まだゾンビになりたてやのに、大したもんやろ」

「ほんまにどうやって戦ったんや? コバヤの兄さんの能力はわしらゾンビの中でも特殊でめちゃくちゃ強力やんけ! じぶん初心者なのにようやれたよな?」

 左右から興味津々の視線を浴びてちょっと恥ずかしくなる新人のゾンビは首を右へ左へしきりと傾げさせる。

「ああ、あの時はほんとに無我夢中で、ほとんど覚えてないんだけど、でもコバヤさんはナチュラルなんだっけ? 日下部やバイソンさんたちがオフィシャルのゾンビなのに? あれ、そもそもオフィシャルとナチュラルってどんな違いがあるの? 結局みんなゾンビはゾンビなんだよね??」

 新人ゾンビの疑問に、古株のゾンビたちがそれぞれに私見を述べる。

「ゾンビって言い方がそもそも難ありなんですけど。要は国の認定を受けているか、受けていないかの違いです。それ以上はまだ言いようが……! 今はまだ法律も出来上がっていない状態ですからね、ぼくらみたいな人間にして人間ならざる亜人種に関しては」

「ふん、みんなそれぞれに立場や考え方っちゅうものがあるからの。国にしばられたくない人間もおるっちゅうことや。そのぶん、公的な保護が受けられないわけやが、それでも身分や正体を隠しておられるだけ、マシかもしれんしの……」

「おお、このわしらもこっちに上がってくるまでは長らくナチュラルでしらばっくれておったからの! いざオフィシャルのゾンビを公言してから上京したわけやから。地元から追われるように……!」

 含むところがありそうな物言いに少なからぬ引っかかりを覚えながら、はあととりあえずは納得したさまの鬼沢だ。

「ああ、そうなんですか。俺、関西を主軸にして活動していたバイソンさんたちのこと、こっちにふたりが来てから意識しはじめたから。なおさらわからなくて……!」

 三人が難しい顔で見合わせるなか、いまだとぼけた白け顔の日下部がぬけぬけと言ってくれる。いいずらいことよくもまあと鬼沢は目をまん丸くした。

「あいつらは正体がバレたからいずらくなって仕方なしにこっちに来たってコバヤさんが言っていたけど、そうなんですか? おれとしてはバイソンさんたちみたいな芸達者なゾンビがコンビで来てくれて、とっても大歓迎ですけど。頼りになりますもんね」

「きみ、言い方がいちいちビミョーやな? そういう見方をされるのは不本意やけど、ないとは言い切れん。好きに思えばええよ」

「コバヤの兄さん、能力も口もとびっきりえげつないのう! ナチュラルなんやったらもっとおとなしくしとけっちゅう話やのに。ほんまにしんどいわ。鬼沢くん、いっぺんどついたってや!」

 しかめ面の先輩芸人に見つめられて泡を食う後輩の新人ゾンビだ。ひどい苦渋の顔つきでうなだれた。

「無理ですよ! どついたらカウンターであれ食らっちゃうんだから! もう二度とごめんだもん、あんなの」

「せやな、あれはゾンビどころの話じゃない、悪魔や! 心が折れる。あんなくっさいもん、人間がしたらあかん。ましてやそれを武器にして戦うなんて、悪夢や。ほんまに心が折れる」

 しごく共感してくれる東田に、日下部は苦い笑いで鬼沢と顔を見合わせる。

「ふふ、鬼沢さんに負けず劣らず、凄いトラウマがあるみたいですね? わからなくはないですけど」

「ゾンビどころか悪魔になっちゃった、コバヤさん。おんなじ事務所の後輩さんたちなのに、なんかひどい言われようしてるよ」

「事務所は関係あらへんやろ。あかんもんはあかん。化学兵器の使用が禁じられているように、あれも本来は禁じ手や。それなのにあの悪の大魔王ときたら、ゲラゲラ笑ってこきよるんやから手に負えん。あかん、ほんまに心が折れそうや」

「とうとうラスボスになっちゃった! ナチュラルってひとたちの中ではコバヤさんは特殊なんですか? なんでナチュラルなんだろう?」

 頭の中が疑問符だらけの鬼沢のセリフに、苦笑いで津川が受け答える。普段のキレ気味のツッコミらしからぬ冷静な返答だった。

「野良のネコはおっても野良のライオンはありえへんからのう。もとより力のあるなしでは分けられるもんやないんちゃう? あの兄さんはもちろん強いけど、みんなそれぞれに主義主張で仕方なしに別れとるんよ。そんで鬼沢くんは、オニちゃんはオフィシャルになるんやろ?」

「俺は……! どうなんだろう」

 また考えあぐねるのに、ボケらしからぬまじめな言葉が渋い声で言い渡される。東田は普段から真顔なぶん、余計に説得力があった。

「力があるっちゅうんは、便利なことやけど危険なことでもある。鬼沢くんはオフィシャルを名乗ったほうがええんちゃうか? きっと悪いやつに利用されてまうで、そんなぼやぼやした態度でおっては。そっちの日下部くんとコンビを組んどいたればええねん。日下部くんはアンバサダーの中ではかなりの使い手なんやから」

「どうでしょう? それなりに修羅場はくぐってきたつもりでけど。でもおれも、鬼沢さんにはアンバサダーとして活躍してもらいたです。」

 はぐらかした返答しながらこの時ばかりは鬼沢にまじめな目線を向ける日下部だ。これにしたり顔して津川が言ってくれるのは意外な言葉だった。

「見込みありそうやもんな? その訓練にこれからみんなで繰り出すんやし! ほな、そろそろいったればええんかい」

「?」
 
 何のことだと目が点になる鬼沢に、覚めた目つきの日下部がまた意外なことを言ってくれる。

「連絡、来てませんか? マネージャーさんから? この後の収録のことです……」

「え? なに、え、スマホになんか来てる! マネージャーからだ、え、この後の収録、バラしになりました……て!!」

「決め打ちやんな。それじゃいざアンバサダーの任務に入ろうか。鬼沢くんがおるんやから、ほどほどのが相手なんやろ? ゾンビやのうて、グールかゴーストあたりの?」

「さくっとやってさくっとギャラもらおうや! 四人もおったら楽勝やろ? おいしいところはオニちゃんにゆずってやるさかいに」

「へ? へ?? グール、ゴースト? 何言ってんの??」

 本来はあったはずの番組収録に参加するはずの面々だと今さらになって気が付く鬼沢だが、ことの変化にまるで付いていけなかった。
 なんだか知らないワードがしれっと出てきているし。

「やればわかります。あと本日の案件をもって鬼沢さんはオフィシャルのアンバサダーに決定です。でないとこの作戦に参加できませんから。いいですよね?」

「ええやろ。ほなとっとと行こうか。みんなで楽しいグループワークや! 世のため人のため、何よりぼくらみたいなゾンビのためっちゅう、難儀なもんやなあ? こないな世の中に誰がしたんや」

「ひとに見られへんようにフェードをかけて行ったほうがええんか? こそこそ裏口から出るのはめんどいから、それでええよな。ほな、とっととやったろ、グール狩りやら、ゴースト退治やら」

「え、え? なに? 勝ってにそんな……! あの……」

「いいから着いて来てください。簡単な案件ですから、前回みたいなとっちらかったことにはなりません。習うより慣れよで、ゾンビとしての経験をこなしていかないとアンバサダーは名乗れませんから、そちらとしてもギャラもでますし。下手なローカル番組よりも高額ですよ」

「え、いや、そうじゃなくて、あの、みんな……行っちゃった」

ひとりでその場に取り残されるタレントさんだ。
 換気の配慮がなされた楽屋に、ぴゅーと季節外れの木枯らしみたいなものが吹いた。
 タレントではなく、ゾンビとしてのお仕事が待っていたことに愕然となる鬼沢は、やがてみずからも重い腰を上げて出口へと向かう。

 しまり掛けた出入り口の扉に手を掛けて、はっとなる新人のゾンビだ。

「あ、あの頭のワッカ、日下部に返しちゃったよ! しまった、あれがないと透明人間になれないじゃん、俺!! 日下部っ、待ってくれっ……」

 ドタバタとした日常がまたはじまった。


  次回に続く……! 



クリスタル

回収 新しいものを入手

ナチュラル Official

コバヤ

演習その②

グループワーク

局外へ

プロット
  鬼沢 テレビ局の屋上?で、日下部と待ち合わせ。
 会話
  神具羅 金魂環  フェードを鬼沢にかける。
 会話
  移動~

  楽屋、挨拶、芸人コンビ、新キャラ登場!
  バイソン・ボケ   「東田 勇次」ひがしだ ゆうじ
       ツッコミ 「津川 篤紀」つがわ あつのり


ゾンビ   グール   ゴースト 

ゴースト退治
グール狩り  
  

本文とイラストは随時に更新されます!

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「オフィシャル・ゾンビ」10

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 10

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり人外の亜人種である〝ゾンビ〟の宣告をされてしまったお笑い芸人、鬼沢。おなじくゾンビにして、その公式アンバサダーを名乗る後輩芸人の日下部によってバケモノの正体を暴かれ、あまつさえ真昼の街中に連れ出されてしまう。
 そしてその果てに遭遇した、おなじくゾンビだというベテランの先輩お笑い芸人、ジュウドーコバヤカワには突如として実地訓練がてらの実戦バトルを強要され、初日からまさかの〝ゾンビ・バトル〟へと引きずり込まれてしまうのだった…!

 苦戦の末に一時は優位に立ったと思われた鬼沢だが、直後に思いも寄らない反撃に遭い、およそ予想だにしない能力と真の姿をあらわにしたコバヤカワの脅威にさらされることになる…!!

  やたらに威勢の良いオヤジのがなりと共に、コバヤカワの周囲にもくもくとした白い煙幕みたいな〝もや〟が立ちこめる。

 間近で見ていてよもやこれもあの異様な悪臭を放つのか? と今はタヌキの姿の全身が思わず総毛立つ鬼沢だったが、幸いにもイヤなニオイらしきはないのにホッと胸をなで下ろす。

 先の生々しい経験がすっかりトラウマと化していた。

 ただし見ているさなかにも目の前の中年オヤジの身体は、まったく別の何かへとそのカタチを変えていくのだ……!!

 結果、なんとも形容のしがたい複雑怪奇な出で立ちをさらけ出すベテラン芸人に、自身もそれなり中堅どころの芸人である鬼沢は、このタヌキの顔面が驚きで目がまん丸になる。

 かなり特殊な見てくれをしているのでひょっとしたらアレなのかなとある程度の予測がついたりするのだが、その反面、認めたくない思いがそれをはっきりと言葉に出すのをためらわせた。

 もしそうだとしたらあんまりにもヤバイし、その旨、ベテランの先輩芸人さん相手に突っ込むのもかなり気が引けた。

「う、さっきのあの強烈なニオイって、ま、まさか、そんなことはないよね? コバヤさん、俺の勘違いならいいんだけど、ひょっとしてそれって……うそでしょ??」

 嘘だと言ってほしいと思う後輩の願いもむなしく、真正面で仁王立ちする先輩はきっぱりと大きくうなずいて断言してくれた。

「おうよ、見ての通りじゃ!! この全身を渋い黒色系とアクセントの白でまとめたおもくそかっちょいい豪快な毛並みに、背後で雄々しくそり立つ巨大なシッポ! もはやこれ以上のセックスアピールはあらへんちゅうくらいにの! おまけに代名詞のくっさい屁はおのれもその身をもって経験済みやろう? これぞまごうことなきスカンクのゾンビさまよ! 正真正銘!! どうやっ、恐れ入ったか!? だがオニザワ、おのれがビビるのはむしろこれからやぞ!! その鼻もいだるから覚悟せいや!!!」

 少しも照れるでもなくぶちまけられた完全アウトなぶっちゃけ発言に、内心どころか全身でどん引きする鬼沢は、ひん曲がった口元からひいっと裏返った悲鳴が漏れる。

「う、うそでしょう!? スカンクだなんて!! そんなのもアリなの!? それじゃさっきのって俺、ほんとにおならで攻撃されてたんだ! 冗談なんかじゃなくって!! なんだよコバヤさんっ、いくら先輩でもこんなのタチが悪すぎるよ!!」

 所属する事務所は違えどそれなり見知ったはずの後輩芸人の心からの抗議と嘆きに、対して険しい表情のスカンク、この芸名が〝ジュウドーコバヤカワ〟だなんて冗談そのもののオヤジがまたやかましくも真顔でがなり返してくれる。

「じゃかあしいっ!! 男と男の真剣勝負に冗談もシャレもありやせんっ、それがゾンビ同士となったらなおさらじゃ!! そもそものんきに平和ぼけしたリスやら野良ネコやらじゃ戦うもへったくれもありやせんやろうが? ネコ科やったらより強い虎やヒョウ、弱っこいリスよりか断然そこは攻撃力のあるスカンク!! はなっからこの一択じゃ!!」

「はあっ、そもそもなんで戦わなくちゃならないんだよっ!? コバヤさんこれ完全にいじめだからね! 俺まだゾンビになりたてで右も左もわからないのに、こんなのあんまりだよ!! あのおならは本当にシャレにならないし、コバヤさんの格好もヤバ過ぎてマジで近づきたくない!! 二度としないでよ、あんな地獄の閻魔さまがするみいたなバカでっかい屁!!!」

「あん、すかしっ屁ならいいんか? すかしたところでニオイは少しも変わらへんぞ? むしろ不意をつかれるだけより強烈に感じるっちゅうもんでの!!」

「おなら自体をしないでくれって言ってるんだよ!! というか、する気まんまんだよね? 見るからにドSの格好だもん!! なんだよ、俺、絶対に近寄らないよ!?」

 拒絶反応を激しく逆立てた太いシッポにまで出してイィッとキバをむきだすタヌキに、背後のおのれの背丈よりもさらに大きなギザギザ模様のシッポをぶん回すスカンクは、いかめしい真顔を一変、さもおおらかに破顔して後輩芸人を手招きする。

「おう、済まんかったな! そう邪険にすな、何もおのれが憎くてやっとるわけではのうて、むしろオニザワ、おまえにゾンビのなんたるかを教えたるためにやさかい! 何事も経験やろ、今のうちに痛い思いをしておいたら、この先につまづくことはそうそうあらへんのや。お互いのことをよう知るためにも、ここはこの先輩、コバヤカワの胸にぶつかってこい! 優しく受け止めたるから、ほら、こっちへ来いや。早うせい! ここやここっ!!」

「あ、あん、なんだよ、だから近づきたくないって言ってるじゃないか、俺イヤなんだよ、本吉(もとよし)の芸人さんたちの強引なノリとかボケとか小芝居とか! 一発当てたら終わりって言うんなら、さっさと当てて終わらせちゃうよ!! そんな無防備の棒立ちでいたらあっさり届いちゃうんじゃないの?」

 おなじ業界における先輩と後輩の悲しい性か、言われるがままに反射的に足を前に踏み出してしまう鬼沢だ。

 お互いに手を伸ばせばすぐ届く距離までみずから詰めてしまう。

「ええ。そやったらまずはここに一発当ててみい、このわかりやすい土手っ腹に軽くでいいから一発の! 簡単やろ? ほれっ」

 みずからの腹を突き出してくる見た目ヤンキーみたいな出で立ちのスカンクに、すっかり腰の引けたタヌキが困惑して返す。

「えっ、いいの? 終わっちゃうよ?? 軽くでいいんだよね、それなら、ほら! これで当たりだよね?」

 利き手の拳を突き出してそれを相手のまん丸い腹の中心に軽く押し当ててやる鬼沢だが、そこにすかさずに返されてきたコバヤカワの文句に、えっと目を丸くする。

 その瞬間、ぴきりと場が凍り付いた……!

 おまけ返ってきたのは言葉だけではなかったのになおも呆然と立ち尽くすタヌキであった。

「あほう! いつ誰が一発当てたらそれでええなんて言うた? そんな生ぬるいものやあらへんのや、ゾンビの、男の戦なんちゅうもんは!! おのれのような甘ちゃんの腰抜けにはとびきりくっさい屁をお見舞いしたる! 思い知れ!!」

 ぶにっとした柔らかい感触を手の甲に感じたのとほぼ同時、その突き出た腹の周囲からシュババっと噴出した煙が鬼沢の顔面、タヌキ面の突き出た鼻先をもろに直撃する!!

 はじめ何が起こったのか皆目見当がつかなかった。

「えっ、なに、今の?? あ、待って、まさか、あ、あ、あああっ、あ、くさっ、くさいっ!! くさいくさいっくさいぞ!! 鼻がっ、俺の鼻がっ、パニックしてるよっ、くさい、あれ、これ、くさいのか? あ、やっぱりくさい! くせっ、なんだよ、どこからおならしてるんだよっ、ふざけんなよっ、ひどいぞ、こんなのだまし討ちじゃないか!! 涙が出てきたっ、ああ、神様、俺がいったい何したの!?」

 不覚にも鼻で呼吸してしまったらば全身身もだえするようなこの世の終わりみたいな臭気に脳神経が混乱を来した。地獄だ。

「気を抜いとるからや! このわいはスカンクなんやから、その手の攻撃は簡単に予想がつくやろ? 事実、この装束は相手からの打撃にカウンターで屁、人呼んでブラストガスがぶちかませるギミックがたんまり仕込んである! わざわざケツなぞ向けんでも的確に相手の弱点、鼻っ面を撃ち抜いてやれるのよ。触れたら大けがするんや、この漢、コバヤカワっちゅうもんはの!!」

「何言ってんだよっ、ただの変態屁っこきおやじじゃないか! あああっ、くさいくさいくさい!! 鼻のスペアが欲しいっ、日下部のと交換してくれないかな? あいつどこ行ったんだ! うう、俺もうぜったいに近寄らないからね? コバヤさんに!!」

 たまらずバックステップで再び距離を空ける後輩に、先輩の芸人は不敵な笑みを口元に浮かべてまだなお余裕の口ぶりだ。

「かまへん。届く範囲に限りのある拳の打撃とちごうてスカンクのおなら、気体のガスっちゅうんは風にのせて飛ばすことも地雷のようにとどまらせておくことも自在や。あいにく目では見えへんからの! ならおのれは逃げ場を無くして結局この前にまたその姿をさらすしかあらへんのや!! そうやろ、オニザワ?」

「うるさいな! 屁理屈ばかり言って本当にキライになりそうだよ!! スカンクの屁理屈ってなんだよ? さっきのは軽く当てただけだから、本気でやったらどうなるかわからないじゃないか!! 無傷でいられる保証なんてないはずだし、俺、本当に腹が立ってきたぞ、ぜったいに見返してやるからね! いくら臭くても要は鼻で息をしなければいいんだからさ!!」 

 さも鼻をふさいで口呼吸で一気に勝負を決めてしまえばいいと言いたげなタヌキに、眼光のやたらにするどいスカンクが笑う。

「ははん、笑止やの! スカンクの屁がそないなもんで済ませられるほどしょぼいわけがあるか! ゾンビなめるなよ、鼻からでなくとも口やら皮膚やら身体に摂取してしまえばそれまで、脳の神経細胞に直接作用して精神に大打撃をおよぼすんや。決して逃げられへん。肉体ではなくメンタルをねじ伏せる最強の一発や、戦わずして勝つとはまさにこのことやの!!」

「ほんとにうっさいな!! 聞きたくないよ、変人の狂言なんて!! そんなの誰も笑えやしないんだからね!? おかげで完全に息を止めて本気でボコらなけりゃいけなくなっちゃったじゃん! 他事務所の先輩さんを!? でも俺は悪くない!!」

「やれるもんならやってみい! あと、そうだひとついいものを見せてやるぞ、オニザワ、こいつをよう見てみろ、ほれ、受け取れ!! おのれのちゃちな小道具のマントやのうて、ガチもんやぞ! モノホンの〝神具羅〟っちゅうもんを教えたる!!」

 いいざまみずからの装束の股間のあたりについていた何かしらの球状の物体を片手に取り出して、それを無造作に放り投げるスカンクだ。左右にふたつあったものを、右の球を利き手でパスしてくれるさまを目をまん丸くして見ながら思わず両手で受け止めてしまうタヌキである。

「え、なにそれ、取れるの、そのおまたにぶら下がってるふたつの金玉(キンタマ)みたいなの? コワイっ、わ、なにこれ、どうすればいいの? 見た感じは堅い金属の球だよね、野球のボールみたいなサイズの、おまけに全体にボツボツのある、あ、これって、まさか……!?」

「タマキンがそないに器用に取れるはずないやろ! 着脱式の睾丸なんてどこぞの世界の生き物や? せやからそいつはれっきとしたX-NFT、このわい専用の神具羅や! 使い方は、推して知るべしっちゅうもんで……のう?」

「ぐぐっ、ぎゃあ!! またあっ!? キンタマと見せかけて、おならの詰まった爆弾じゃないか!! いきなり爆発したぞ!? うわあっ、くさいくさいくさいくさいくさいっ!!! げほっ、げほほっ、うわああああああああああっ!!」

 いきなり両手の中でブシュウウウウウッ!と白い煙を吐き出すのに慌ててよそに放り投げるが、目の前が真っ白に染まるタヌキは鼻を押さえて身もだえるばかりだ。

 凄まじいばかりの悪臭が鼻から脳へと突き抜ける!

 精神が崩壊するのではないかと思うほどの精神的苦痛と恐怖が頭の中に稲妻のように駆け巡った。

 いっそのことギブアップしてしまいたいところだが、そこはあいにくルール無用のゾンビバトル。

 どこにも逃げ場などない。

「なんだよっ、こんなの反則過ぎるよ! 近くても離れてもこっちの手出しのしようがないじゃないか!? 俺、このままじゃ頭がおかしくなっちゃう! もう逃げるしかないよ、さもなきゃ、コバヤさんを思いあまって殺しちゃうかも??」

「言うたやろ、気を抜いとるからや。おんどれ、日頃芸人としても受け身ばかりでじぶんからそないに攻めることがおよそあらへんよな? ひとの言いなりやからそないなことになりよる。あと脳みそにダメージを食らわすわいの屁ぇは冗談抜きで自我が崩壊するぞ? 一発かませば街のタフなゴロツキどもが一瞬で正気をなくして挙げ句、何でも言いなりのかわいい下僕へと成り下がるからの! 警官やろうが坊さんやろうがみな一緒や!!」

「調教しちゃってるじゃん!! もはや変態だよただの!! コバヤさんの下僕だなんてそんなのまっぴらだ! マジで逃げなきゃっ、ちょっとタンマ! ちょっと体勢を整えるからそこで待ってて! ちゃんと考えて出直してくるから! でもぜったいに一泡吹かせてやるからね? あ、声を荒げたらまた吸っちゃった、くっさいおなら! もうやだあっ!!」

「好きにせい! そやったらせいぜいそのない頭を振り絞ってマシな反撃を見せてみいよ? 特別に今から10分やるからそれが過ぎたら楽しい鬼ごっこや」

 文字通りシッポを巻いて逃げ出していくタヌキを悠然と見送ってその場に仁王立ちするおじさんスカンクだった。

 このまま追い回してやるのも面白いかもしれないが、それではただのいじめに他なるまい。

 少し猶予を与えてやって、改めて逆襲に来たところに自慢のカウンターを食らわせてやるのがいいとほくそ笑む。

 そうしてタヌキの気配が遠のいたところでこれと入れ替わるように他の気配が、間近からピリリと乾いた電子音が鳴った。

 これにみずからのふところに手を突っ込むスカンクが濃い胸元の体毛から取り出したのは、それはよくある普通サイズのスマートホンだ。
 バケモノのごつい手では扱いかねるが、今日日は音声で操作が効くからそう問題はない。

 呼び出し音がなったきりに沈黙するスマホにこちらから声をかけてやる。渋いオヤジのバリトンに、するとスマホからはやけに落ち着いた青年のテノールが響いた。

「おう、見とったか、クサカベ! おのれ今どこにおるんや? このわいが本性さらしてからさっさととんずらこきおって、おかげでオニザワが泣きわめいて逃げ出しおったぞ? まあ、ヘタに巻き添え食わんでおるためには身を隠すのは正解なんやが……」

『はい。コバヤさんのおならは空気よりもずっとその比重が重いから、まずは高い場所に避難するのが一番ですよね? 鬼沢さんは気づいているかわかりませんけど』

「ふん、おのれひとりで上階に退避したんか? 抜け目のないやっちゃ! だがあいにくオニザワはそういうわけにはいかへん。ここのエレベーターはどれも電源が落ちとるさかい、上へはフロア中央の大階段を使うしかあらへんが、そっちにはトラップを仕掛けて屁の包囲網を敷いとるからの! ん、ちゅうことはおのれもまだこのフロアにおるんか、クサカベ? はん、相棒が無茶せんように見張るつもりなら余計な手出しだけはするんやないぞ? あいつのためにならへん。以上や!」

『はい。でもおれは信じてますよ。鬼沢さんのこと。もちろん、コバヤさんのこともです。おいしいご飯をごちそうしてくれるんですもんね?』

「ふん、あいつ次第や。そやの、10分経っても出てけえへんかったら、おのれがわいの相手をしいや? それでチャラにしたるさかい。いやもとい、わいも信じてみよるかの? オニザワのことを。あのタヌキはあれでなかなかにやりよるのかもしれん。それだけのポテンシャルはおのれも見込んでおるんやろう?」

『はい。だからお願いします。引き出してください。鬼沢さんのポテンシャル、コバヤさんの男気ってヤツで……!』

「知らんわ」

 捨て台詞を吐いてスマホを懐にしまうコバヤカワだ。

 素っ気ない言いようでいながら、口元にはやけにおかしげにしたニヒルな笑みがある。

 スマホの声の主はさすがに戦い慣れしていてまるで気配がわからないが、もう一方のゾンビになりたての後輩の中堅お笑い芸人はちょっと遠くのほうからあからさまな気配が伝わってきた。
 
 時計で言ったらおおよそ二時の方角、このまままっすぐ歩いて行ったら間抜け面とぶち当たるのだろう。

「かっか、ほんまにかわいいやっちゃの! あほのタヌキが何をしとるのか知らんが、とにかく10分だけは待っといてやるわ。ちゅうてもこの姿ではあいにくタバコは吸われへんからなるべくはよう出てこいよ……!」

 がに股の仁王立ちでその場で待ち構える見た目がスカンクのバケモノは、遠くの柱の向こうあたりで何やらわさわさした気配がひっきりなしにあらい息づかいをともなってうんうんとうなっているのを楽しげな目つきで眺める。

 完全にバレバレなのだが、当の本人はそんなことまるで知らないで必死にあれやこれやと算段しているらしい。けなげなこと。

 かくして案外と面白いものを見せてもらえるのではないかとおかしな期待にちょっと楽しくなる先輩芸人だった。

「そうや、おのれも芸人のはしくれなら、せいぜい気張っておもろいもんを見せてみいよ、オニザワ! ん、あれ、なんや、もう終わったんか? 気配がもろバレやんけ……!」

 急に静まり返ったかと思ったら、どたどたした足音が視界の右奥のほうから聞こえて、あるところでこれがぴたりと止まった。

 不自然な静けさに直感的に上だと悟るコバヤカワだ。

 元は企業のオフィスビルはエントランスの部分が四階までぶち抜く吹き抜けで、この高い天井に一匹のひとがたのタヌキが舞うのを確認、腰を据えてただちに迎撃態勢に移る。

 中途半端な攻撃にはこちらのガスブラストのカウンターを当ててやると狙いを定める。後輩は勘違いしている節があるが、何も打撃を当てられなければカウンターが発動しないわけではない。

「そもそもが相手の攻撃をギリでよけながらこちらの攻撃を倍にしてぶち返したるのがカウンターの基本やろうが! おまえのぐだくだパンチじゃはなからろくな打撃にはならへんっ、ん、なんや、例のびらびらのマントが両手に、二刀流か?」

 あのタヌキの得意技の自由自在にカタチを変える白いマントが左右の手からたなびく状態でこちらめがけて落下してくるのをはじめいぶかしく見つめるスカンクだが、さして気にするでもなくどっしりとその場で体を正面に構えた。

「ほんま器用なのは認めたるが、しょせんはバカの一つ覚えやろ! ぐだぐだの風船パンチが二つになったところでなんも変わらへんわっ、おまけになんやっ、この根性無しが!!」

 落下の勢いをまんま利用して強襲かけてくるのかと思ったら、あっさりと目の前に着地したのに肩すかしを食らうコバヤカワだ。

 対するタヌキの鬼沢はむすっとした表情でがなり返す。

「見てから言ってよね! 俺なりちゃんと考えて最善のやり方を組み立てたんだから!! こっからだよっ、そら、行くよ!!」

 右手で翻した白マントを上手投げでたたきつけるようにぶちかます。白マントはただちに巨大なグーのパンチと化してスカンクの身体を狙い撃つが、あいにくそれが届くよりもスカンクの反撃のほうが早かった。

「あたらへんでもガスはお見舞いできるで! この太鼓っ腹におのれでリズムを刻めばそれが合図よ!! おおらっ……!!」

 大きく息を吸い込んでから利き手の拳をみずからの丸い太鼓腹に打ち付けると、それをきっかけにその身に付けた装束に複数ある通気口のような凹みや穴ぼこから真っ白い煙が噴射される!

 まさしく必中のタイミングだった。

 もはやよけようがないのがわかって一度は勝ちを確信するコバヤカワの表情が、だがそこで一変する。

 その場で泣きわめいて無様にはいつくばるはずのタヌキは、そのタイミングでここぞとばかりに今度は左手に掴んでいたもう一方の白マントをバサリと目の前に翻す!

 するとこちらはパンチではなくて真っ白い壁のような一枚のスクリーンが生み出され、スカンクから放射された白い煙幕をまとめてはじき返す。

 それは見事な盾の役割を果たしていた。
 
 とは言えニオイそのものを殺したわけではないが、次の攻撃に移るだけの時間は楽に稼げていた。

 白一色に染まった視界の向こうで、決死の覚悟のタヌキが息を荒げる。これが最後とばかりに渾身の力を込めて放つのだった。

「いくぞおっ! そおら、まとめてぶった切れぇええっ!!」

 それが一度は引っ込めた右手のグーパンチであることを推測するコバヤカワは、だったら真っ向から受け止めてねじ伏せてくれると恐い形相でこちらも高くうなりを上げる。

「ほんまにバカの一つ覚えやな!! いい加減に学習せいよっ、そないな貧弱パンチはこけおどしにもならへんちゅうことをっ……んんっ!?」

 壁をぶちのけてくると思われた巨大な握り拳はいっかなに姿を見せず、その代わり、不意に壁からこの上半身をさらしたタヌキが起死回生の思いを込めて繰り出したのは、上段からまっすぐに振り下ろされた力一杯のマントの一閃だ。

 その鋭さに目を疑うスカンクだった。

 目隠しにしていたマントごと空を引き裂く一太刀は、それまさしく日本刀の切れ味でコバヤカワの眼前を一直線にかけ抜ける。

 グーパンチの平たい横の面ではなくて、これを縦の線で一振りのカタナのような形状にして繰り出した攻撃、この意味と威力は思いの外の驚きをもってスカンクの亜人を沈黙させた。

 ……ゴトンッ!

 顔の前にかざしていたみずからの左手がスッパリと肘の付け根のあたりから見事に切り落とされ、手首ごと地面に落ちるのをおよそ他人事みたいに見つめてしまう。

 思わず漏らした呼吸に感嘆の色がにじんだ。

「フッ……やりおったわ……!!」

 少なからぬ驚きと興奮で顔が硬直していたが、この後の予定が決まったことをしっかりと頭では理解していたベテラン芸人だ。

 焼き肉パーティか、あるいはカウンターの寿司ざんまい……!

 今ならうまいタバコが吸えそうやわと口もとに笑みがこぼれかけるのに、だがあいにくで目の前のタヌキが顔面蒼白、ただちに仰天して魂消た悲鳴を上げる。

「ぎゃあああああああっ!? えっ、えっ、え、え、えええ!! コバヤさんの腕がっ、腕が、丸ごと落ちちゃった? うそでしょ、俺なにもそこまでやるつもりはっ、そんなつもりじゃっ、いいやあああああああああああああっっっ!!!」

 ごめんなさいごめんなさい!とその場に土下座する勢いで膝から崩れ落ちるのに、覚めた表情のスカンクはなにほどでもないとどこか浮かない返事だ。

「……ああ、かまへん。ゾンビやから、そないに騒がんでもすぐに応急処置しとけばきっちりと元に収まるやろ。ほんまきれいにスパッと切り取ってくれたからの。血も出てへんやろ? 今は頭の中にアドレナリンが出とるからそんなに痛いこともあらへんし、ほれ、そんならその腕拾うて、ここに貼り付けい!」

「ううっ、そんなで元通りになるの、ちゃんと? わわ、触るのちょっと気持ち悪いんだけど、わっわ……あの、怒ってない? 怒ってくさいおならとか、しない??」

「せえへん! とっととほれ、ここにひっつけいよ」

「わ、わわっ、なんかコワイな! うわあ、これでほんとにくっつけられるの?? うう、はいっ……!」

 平気な顔でちょん切られた片腕の赤黒い断面見せつけてくるスカンクに、完全に腰が引けてるタヌキがあわわと困惑しながら両手にした相手の腕を差し出す。

 ちょっとブレブレだったが、どうにかぴたっと断面と断面を合わせたところに背後からクマの気配が駆けつける。

 そうして皮肉屋のクマにしては珍しく興奮したさまでかけられる言葉には、ギョッとして声をうわずらせるタヌキだ。

「コバヤさん! 大丈夫ですか? 鬼沢さん、まさかほんとに一泡吹かせるだなんて、ビックリです! おれ、ちょっと感動しちゃいましたよ。気配を消して後ろからずっと見てましたけど!」

「は? ストーカーじゃん! おまえ、まさかずっとそばにいたの? ストーカーだよ!! 公式アンバサダーとは名ばかりの、ただの犯罪者じゃんっ、俺、そんなのとこの先やっていける自信がないっ……」

「ええから、腕、ちゃんと固定せんとうまいこと神経がつながらへんやろう? おまえのそのびらびらの神具羅で包帯みたいに巻かれへんのか、首から三角巾みたいに腕を吊る感じでよ??」

「ああ、鬼沢さんの能力はいろいろと用途が広いみたいですね? およそ布状のやわらかいものならなんでも自在に変形変化させることができるみたいな? てことは紙でもいいんですかね? あ、鬼沢さん、コバヤさんの身体には極力触れないように、腕だけを処置してくださいね。でないとまたアレが大量に出ちゃうから……!」

「アレとはなんや? 出物腫れ物所嫌わずとはいうても時と場合はちゃんとわきまえるぞ、紳士としてな! おお、おおきに、これでええわ、ほんまに器用やな、オニザワ、そんなに心配せんでもすぐに直るわ」

「ほ、ほんとに? ちゃんとした外科手術もしないでただくっつけただけなのに……! あ、指先、ちゃんと動いてる?」

 ひたらすきょとんとした鬼沢に、日下部が冷静な口調でぶっちゃけた発言する。さらに目がまん丸になるタヌキだった。

「見ての通りで、おれたちゾンビは人間よりもはるかに身体が頑丈で回復力が高いんですよ。多少の個体差はあれ、おれも鬼沢さんも首をはねられたくらいではきっと即死はしませんよ?」

「は? それは死ぬだろ、さすがに! てかどこでも拾ってくっつければ今みたいに元通りにおさまるの? もはやゾンビどころの騒ぎじゃないよな、それ……」

「まあええやろ。おまえは見事に壁を乗り越えたんや。それだけは確かやからの! 先輩の芸人としてもゾンビとしても、ほんまに鼻が高いわ。オニザワ、ようやった、マジでほめたるで!!」

「あっ、コバヤさん、て、あれっ?? ……あっ!」

「あ、コバヤさん、そんなことしたら、うわっ……くさ!!」

 反射的にバックステップでその場から退避する日下部が思わず鼻を押さえて嗚咽を漏らす。

 言えばがっちりと男と男の固いハグを交わしたコバヤカワと鬼沢だが、それによってスカンクの身体中から真っ白い噴煙が盛大にあたりに噴き上がるのだ。

 つまりはお互いに突き出た中年の太鼓腹同士が衝突しあって、まんまとスカンクのおならを誘発したのだった。

 タヌキからしてみればいい迷惑の大災害である。

「あっ、あ、くさ、くさいっ、ああ、だめだっ、臭すぎて目が回るっ、世界がぐにゃぐにゃしちゃってるっ、ああ、もうひと思いに、殺してっ、はあああああっ、くさいい~~~っ!!」

「おお、すまん! オニザワ、起きろ! まだこれからめでたい祝勝会が、あかん、コイツ、くたばってもうたぞ?」

 みずからの腕の中でくたくたと力なく崩れ落ちていくタヌキのゾンビに、なすすべもなくしたスカンクが地面にくたばる後輩をただ呆然と見つめる。

 悪気はないのらしい。

 これにちょっとげんなりした顔つきのクマがしかたもなさげに口を開く。疲れた感じで、ため息が混じった。

「コバヤさんのおならが臭すぎるんですよ! はあ、もういいです。ならここはもう解散として、鬼沢さんはこのおれが連れていきますから、コバヤさんはその身体をちゃんと癒やしてください。とりあえずアイテムを置いていきますよ。腕を一刀両断にされたのはダメージとしてはやっばりでかいですから、ちゃんとそれなりの療養をしてください」

「ふん、例のこのわいの地元の関西で噂になっとった〝グリーンストーン〟ちゅうやつか? あるいはクリスタルやったか? 気のせいかぶさいくヅラの芸人コンビがこぞって東京に進出してから、こっちでもやけに出回るようになってきたのう?」

「知りません。守秘義務がありますので。でもその話しぶりだとおおかたの見当が付いてるみたいだから、ご自分で確かめてみたらいいんじゃないですか? 同じ事務所の後輩お笑いコンビさんだったらなおさらです」

「しっかり言うとるやんけ? なんやあいつら、ちゃっかりとオフィシャルを公言してからこっちよ来よったんやったな? 世間的にはバレてはせえへんものの、ほんまに難儀なこっちゃで! ええわ、それじゃオニザワは任せたで、クサカベ、将来性のある相棒ができて内心でさぞかしニンマリしとるんやろが、そうそう簡単にはいかへん。せやからやるなら最後までしっかりと面倒見てやれよ……」

 ずいぶんと含むところがあるよな口ぶりで意味ありげな目つきを差し向けるスカンクのベテラン芸人に、まだ若手の芸人はクマの真顔でしっかりと頷いた。

「……はい。そのつもりです。コバヤさんこそ、おひとりであまり無理はしないでくださいね? いつだっておれたちはあなたのこと……」

「知らんわ」

 戦いが終わって自然とあたりの照明が消えていく。

 その暗い闇の中にきびすを返すコバヤカワだ。

 それきり何も言わずに廃墟の中へと消えていく。

 ぷっつりとその気配が途切れたのを見届けて、いまだ地面にくたばるタヌキへと注意を向けるクマ、ならぬ日下部だ。

「さてと、今日はもうここまでですよね。鬼沢さん、とにかく家の前までは送りますから、後はじぶんでうまいことやってくださいよ? 間違ってもシッポとか家族の前で見せたりしないように。たぶん、見えないとは思うんですけど……よいしょっ」

 気を失って自然と身体のサイズがもとの人間のそれへと戻っていく鬼沢に、おなじく人間の姿に立ち返る日下部。

 先輩の芸人を背負って廃屋の出口へと歩き出す。

 夕方の夕日をバックにだったらさぞかし絵になるのだろうが、あいにく今はまだ明るいお昼過ぎだ。

 日差しがまぶしかった。

 おかげでこのおかしな状態が人目につくことを嫌気した後輩芸人は、大股でたったの三歩進んだところで懐から自身のスマホを取り出すこととあいなる。

 帰りは無難にタクシーで送ることに決めた。

 かくしてお笑い芸人の、およそお笑い芸人らしかずしたそれはドタバタした日々が始まるのだった。

 前途は多難だ。

 タクシーの運転士から異様なニオイがしていないかと乗車拒否されかけるのを懸命になだめながら、大きなため息が出るオフィシャル・ゾンビの公式アンバサダー、日下部であった。


                 ※次回に続く……!

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「オフィシャル・ゾンビ」09

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 09

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 ある日いきなり人外の亜人種である〝ゾンビ〟の宣告をされてしまったお笑い芸人、鬼沢。おなじくゾンビにして、その公式アンバサダーを名乗る後輩芸人の日下部によってバケモノの正体を暴かれ、あまつさえ真昼の街中に連れ出されてしまう。
 そしてその果てに遭遇した、おなじくゾンビだという先輩のお笑い芸人、コバヤカワには突如として手合わせ、実地訓練がてらの実戦バトルを強要され、初日からまさかの〝ゾンビ・バトル〟へと引きずり込まれてしまうのだった…!


 時は、ある休日の、それはうららかな昼下がりのこと。

 戦いのはじまりを告げるゴングもなしに、いきなり〝バトル〟がはじまった……!

 舞台は、閉鎖されて人気のない廃屋と化したオフィスビル。

 ギャラリーは、見てくれのおかしなクマがただの一匹。

 そんな中で相対するは、有名なベテランのお笑い芸人と、正体不明のタヌキのバケモノだ。

 タヌキは顔こそタヌキだが、この身体はまさしく人間のそれでかつかなりの大柄、しっかりと二本の足で地面に立っている。

 それはまたこれを見守るクマも同様だ。

 もはや完全にとっちらかった状況で、完全にパニくったタヌキ、その実態は中堅お笑い芸人の鬼沢が裏返った声を発する。

「い、いきなりなんだよっ! かかってこいって、何が何だかさんっぱりわかんないじゃん!! コバヤさん、俺、きっと手加減なんてできないよ? だってまだこの自分の状況にも慣れてないし、納得もできてないのに、バトルだなんて正気の沙汰じゃないっ! おい日下部、おまえも黙って見てないでなんとか言えよ!?」

 そう思わず助けを求めようにも、黙ったきりのでかいクマはむしろ一歩、二歩とその身を背後へと遠ざけるのみだ。

 完全に外野に徹している。

 目の前でズイと一歩、足を踏み出すオヤジが渋い声で言った。

「おう、いい加減に観念せい! オニザワ、今さら泣き言なんて言うてもしゃあないで、見た目ばっかりでゾンビはつとまらへん! 実際に能力を発揮せにゃ、おのれはこの先、生き残ってはいかれへんのやさかい。ほな、とっと覚悟を決めい!!」

 強い語気で迫られて、でかい図体の腰が引けて仕方ないタヌキの鬼沢は、毛皮で覆われた獣の顔面に濃い苦渋の色を浮かべた。

 おまけキバをむきだして相手を威嚇するのは、果たしてそれが野生の動物の本能なのか、はたまたおのれの内の闘争心がなすものなのかもわからない。

 するとこれを傍から冷静に見つめるクマ、さながらリングサイドのセコンドよろしくした日下部が言った。

「別に殺し合いをしろと言っているわけではありませんから、できる限りでいいんですよ。鬼沢さん? 本気でやっても目の前の先輩は、きっと互角かそれ以上にやり返してくれます。このおれが保証しますよ。かく言うおれも、以前はずいぶんと苦戦しましたからね?」

「はっは! そうや、あの時の決着、今ここでつけたろうか? そこのしょうもない腰抜けのタヌキをちゃっちゃと張り倒して、そうや、こないなもんに三分もかからへんのやさかい!!」

「さ、三分? え、でも俺、今、こんなんだよ? 確かにコバヤさんて男っぽくてワイルドなキャラで売ってるけど、格闘技でそこまで強いだなんてイメージはないんじゃない?? でも戦うって、俺はどうしたらいいんだよ?」

 とりあえずファイティングポーズを取ってはみせたものの、その先のアクションがまったくもって想像つきかねる鬼沢だ。
 先輩芸人の怒声が響く。

「ええから! おのれの身体と心の向くままにやってみい、考えるよりも感じてその身のなすがままにや! おのれがまごうことなき真のゾンビなら、その見てくれと特性に合ったおのれのやり方っちゅうもんが、おのずと見えてくるやろ?」

「は、え、いや、何がなんだかさっぱりわからない……あ、あれ?」

 正直、何がなんだかさっぱりちんぷんかんぷんの鬼沢だが、自然と利き手がその腰のあたりにあった大きな腰袋みたいなものをまさぐっていて、そこからいざ取り出したものに目を丸くする。

 ごつい指先には、ぴらり、といつぞやの白いハンカチらしきがつままれていた。用途がまるきり不明な、およそ見た目と実際のサイズ感がまったくもってそぐわないアイテムだ。

 それを間近で認めるオヤジの先輩芸人がちょっと小馬鹿にした感じで喉仏をクックと鳴らすのには、思わず内心で焦る鬼沢だ。
 はっきりと顔に出して声がすっかり裏返っていた。

「なんや? いきなりそないなハンカチなんぞ持ち出しよって、手品でもしようっちゅうんか? はん、笑わせよるわ、よもやそないなもんがおのれの特殊能力なんか?」

「能力って、そんなの俺が知るわけないじゃない! こんなの手を拭く以外の使い方なんてなんにも思いつかないもんさっ、あ、だからなんでこんなにでかいんだよ!?」

 指先で軽く振って開いたはずの一枚のハンカチが、その実やたらな大きさとボリュームでもって目の前にばさ、ばさり!と広がるのに、またしても困惑することしきりだ。

 シーツよりももっとサイズがでかい感じで、いっそ漁船の大漁旗のようにたなびく白い布に、えっと目を細めるベテランは声を震わせる。

「おいおい! なんや、マジでやるんか? 手品!! おいオニザワ、その見てくれでその芸人根性は見上げたもんやが、褒めてはやれん、ちゅうか死ぬぞ、マジで? そないなシャレが通じるような甘ったれた世界やあらへんのや、わいらみたいなゾンビの生きる獣道は!!」

「知らないよ! やるわけないじゃん!! 手品なんて知らないし、このハンカチはなんて言ったっけ、その、エックスなんたらっていう、なんかよくわかんないけど特殊なアイテムなんでしょ? でも使い方がさっぱりわからない!! それでも持ってるとなぜか安心感があるから、悪いけどこれで戦うよ、俺!!」

「はあん、ゾンビのみが持ちうる疑似特性物質、それすなわち人呼んでX-NFT、いっちょまえに〝神具楽(カグラ)〟なんちゅうもんを扱えるのか? だが使い方がわからないならただの宝の持ち腐れやろ、そないなもんでどうやってこのわいにダメージを与えるっちゅうんや?」

「知らないよ! ただのでっかい布だもん!! でも使いようによってはどうにかできるもんなんじゃないの? そうだヘタに棍棒なんて持たされるよりかよっぽどこの俺の性に合ってる! 俺、暴力とかほんとにキライなんだよ!! 格闘技もマジで大っキライだ!!」

 派手にたなびく白いマントを利き手で振り回してオヤジの芸人を牽制するタヌキだ。まさしく闘牛士のマントさながらだが、これを傍から眺めるクマが思案顔して思ったことを口にする。

「こんな屋内で風もないのにバサバサと良くはためきますね? まるでみずから意思を持ってるみたいだ、あるいは鬼沢さんの意思を反映しているんですかね? なるほど、だとしたらこれって本当に使いようだ……!」

「ふん、そいつ自身が自然と身の回りに風を起こせる、〝風の属性持ち〟なんちゅうこともありよるんやないのか? そうやとしたらこのわいとは相性がすこぶる良くないのう! やりづらあてしゃあないわ!!」

「コバヤさんもどちからと言ったらそっち側の体質ですもんね? これはどうやら思いの外に面白い戦いになりそうです。ならばしっかりと見届けさせていただきますよ」

「おうよ、よう見とけ! しのぎを削る男と男の熱い生き様、しっかりとその脳裏に焼き付けとき! 見物やで!!」

「なんだよっ、俺はまだなんにも納得できてないんだから! とにかくどうすればいいんだよ、コバヤさんに一発入れればいいのか? てか、いいのか他事務所の先輩にそんなことして!?」

 かなり自暴自棄になりかけてるタヌキがシッポをぶんぶん振り回して、利き手の白旗もぶんぶん振り乱してはわめき散らす。
 覚めた目で見るクマがまた平然と答えた。

「はい。どうにか頑張って善戦してもらえれば……! いきなりあのコバヤさんに参ったを言わせるのはさすがに無理でしょうけど、あのひとがそれなりに手応えを感じられればそれでたぶん御の字です。おれも公正中立な立場と目で見ていますし」

「おう、ええから全力で来いやタヌキ!! まずはこの人間の姿のままのわいと互角にやりおうて、無様な赤っ恥をさらさなければOKや! おまけ万一にもわいの本性を暴くことができれば万々歳、褒美にうまいもんたらふくおごったるぞ! そこの立ち見のクマ助も込みでやな、せやからどうかこの他事務所の先輩さまにいい先輩ヅラをさせてくれや!!」

「なんだよっ、わけわかんないよ!! 俺は暴力なんてものとは真逆のキャラで、この先はもっと家庭の主婦とか安定した家族層の支持を取り付けたいと思ってるんだから、こんなのPTAとかから嫌われちゃうじゃないか! お笑い芸人がやるようなことじゃないよっ!! ああっ、もう、この、このっ!!! ちくしょう俺、きっとコバヤさんのことキライになっちゃうからねっ? あと日下部、もちろんおまえもだぞっ!!」

 毛皮で覆われていても顔面真っ赤なのがわかる鬼沢の血相に、憎らしいことどこまでも落ち着き払った日下部はいかつい肩をすくめてみせるのみだ。もう余計な茶々は入れないでじっと静観することに決めたらしい。

 荒れた言葉と一緒にバサバサと激しくはためく一枚のマントかカーテン、もしくはベールと言えばいいのか?
 薄っぺらい布が無闇に鼻先をかすめてそのたびに風を巻き起こすのを、少しめんどくさげに見やる先輩芸人のコバヤカワはやがて小さく舌打ちして喉を鳴らす。

「なんや、こうしてよう見てみるとマジで邪魔なビラビラやの? だが要はただの一枚の布っキレやろ? ゆうてしまえば! だったらかまわずひったくってしまえば、おおっ! 待て待て、マジで意思があるんか? こっちが手を伸ばした途端に引っ込みおったぞ! あるいはおんどれ、マジで手品をやっとるんか??」

「やるわけないじゃん!! でもなんかコツがつかめてきたぞ、ほんとにこの俺の思う通りに動いてるみたいだ、理屈がさっぱりわからないけど! 触った感じの感触じゃ、どうやら柔らかくて伸び縮みがするけっこう丈夫な布っぽいから、これならきっとカタチも自由に変えられたりするのかな、えっと……!」

「なんやっ!? おい、今っ、一瞬、へんな感じに形を変えよったぞ? どえらいブサイクな、バケモンみたいな?? コイツは、ひょっとしておまえの顔か、オニザワ!?」

「は? ブサイクで悪かったね!! んなわけないじゃん!! そうじゃなくて、もっとこう、こうゆうカンジに!!」

 利き手で掴んだ布とは逆の空いているほうの左手の拳にグッと力をこめて、何やらそのイメージを送り込んでいるらしい。

 一枚の薄っぺらい布が、やがて大きな袋のように丸くなったかと思うと、やがてそこに微妙な凹凸を刻んでそれはそれは大きな握り拳のような形へと変化する……!!

 タヌキがただちに大きな歓声を上げた。

「やったね! これぞでっかいグーパンチじゃん!! 俺の思ったとおりだ、接近戦でいい年こいたおじさんとボコり合いだなんてまっぴらごめんだから、これで距離を取って応戦できるもん! あとこのぶにぶにの風船パンチなら、コバヤさんにケガをさせることもないでしょ? ははん、俺ってあったまいい!!」

 悦に入ったさまで胸を反らせるタヌキに、対するおやじがだがこちらもニヒルにせせら笑う。
 おまけ少しもうろたえるでもなく目の前のでかい握り拳に、みずからの右パンチのストレートをかましてくれるのだった。
 大きいだけで中身が空っぽの布製特大パンチはいともたやすくはじかれる。

「ふんっ、こないに中身のすっかすかな空洞パンチ、怖いことなんてなんもあらへんやろ! かまわずに間を詰めてクロスレンジでのドツキ合いに持ち込むだけやっ、なんや、おのれはもうちょい能がある芸人やと思っとったが、がっかりやぞオニザワ!!」

「うるさいなっ! 世の中、殴り合いばかりが能じゃないでしょうっ? あとその目の前にあるのがただのグーパンチだと思ってたら、そんなの大間違いだからねっ、コバヤさん! なんならその証拠を見せてあげるよっ、せえーの、そうれっと、はい!!」

「ん、コイツは……うおおっ!! なんやこれはっ? まさかこないなことになりよるとは、オニザワ、おんどれ器用にもほどがあるやろっ! たまげたわ!!」

「へっへん! どんなもんだい!! さあ、そんな油断してるからだよ、コバヤさん? その状態じゃもうパンチもキックもできないし、降参するしかないんじゃない? ならここはめでたくこの俺の勝ちってことで……!!」

「…………」


 傍で見ているだけのクマ、日下部にしてやったり顔でニンマリした視線を送るが、当の黒茶のクマの亜人は黙ったきりだ。
 気のせいか、あんまり冴えないような暗い顔つきしている。

 妙な違和感を感じるタヌキの亜人の鬼沢は、目の前で戦闘不能のはずの先輩芸人に視線を戻した。

 するとどうしたことか、そのコバヤカワは口元にさっきよりもさらに不敵な笑みを浮かべて、喉仏をクックと鳴らしている。

 はじめただのグーのパンチと見せかけた巨大な風船パンチが、実は握っていた拳を大きく広げてパーに、さらにその開いた五本の指をすかさず相手の身体に絡ませて、再び握り込むカタチに変形、しっかりとその身を拘束していたはずなのだが、相手は少しも動揺したそぶりがなくてむしろ余裕のありさまだ。

 怪訝に見る鬼沢に先輩のお笑い芸人が言った。

「まあ、こないなもんは力で無理矢理引きはがすこともできなくはないんやろうが、とりあえずほめてはやるぞ、オニザワ! だがあいにくまだ勝負はついてはおらへん、おお、むしろこっからや。よう見とき、真のゾンビのありさま、他に類を見ないおっそろしい戦いようっちゅうもんを今からおのれに教えたるさかい、その五感でしっかりと体感せい!! ゆくぞっ、おおらぁっ……くらえっ!!」

 がっちりと巨大な拳でその身体をがんじがらめにされたはずのベテラン芸人がその身を震わせて雄叫びを発する。

 その瞬間、鬼気迫るようなやたらな迫力を感じたが、目の端ではクマ、同業の若手芸人がその身をビクとこわばらせるようなおかしな気配も感じた。

 そちらに目をやるとそこにはもうそのクマの姿はなかった。

 いきなりこの姿をくらます、さながらその場を慌てて逃げ出したみたいなありさまに大きな頭をはてと傾げる人間タヌキだ。

 またおまけにこの直後、目の前からは何やら巨大な、爆発音みたいなものがいきなりのタイミングで巻き起こる……!?

 ぶるおおおおおおおおおっんんーーーーーーーーんんっ!!


「なに、今の音っ……!? なんだ、なんだ? な、な、なっ! く、くさっ!? あれ、なんだコレ、まさか、へ、く、くっさ、くさあ! くさいっ、くせっ、なんだよこのニオイっ、くさいくさいくさいっ!! あああっ、くさいいいいいいいいっ!!?」

「ぶわははっ、どうや、手も足も出んでも出せるものはあったやろ? ピンチはチャンス、これぞまさしく形成逆転のどんでん返しや!! まだこの姿のままやから死ぬほどっちゅうことはあらへんが、これからトラウマ級のヤツをお見舞いしたるぞ? おのれがここまで気張ったのに免じて、このわいの隠された本性を見せたる。そんでもって格別くっさいヤツをブッこいたるわ!!」

「ひいっ、ひい! くさいっ、くさいっ、息ができない! なにこれ、なんなのこれ! ああっ、くさすぎるっ、信じられない、コバヤさん、今、屁をこいたのっ!? あのバカみたいなでっかい爆発音っ、うそだっ、こんなの人間のおならのニオイじゃないよっ、かいだことないもんっ、こんなに強烈なの!! ああっ、だから日下部も逃げたんだっ、ずるいぞ日下部っ、誰か助けて! 死ぬっ、死んじゃうっ、くさいし、息できないし、メンタルもうボロボロだっ、苦しいっ、くさっ、くるし、くさっ、くさっ、くさあ、くっせええええっっ!! 鼻が死んじゃううっ!!!」

「おい待て、落ち着け! まだこれからやぞ!! これからこのわいのかっちょいい勇姿を拝ませてやるんやから、目と耳をかっぽじってこっちに注目せい! おい、そこまでやあらへんやろ? 不意打ちとはいえちゃんと手加減してやったっちゅうんや!! おんどれアホちゃうか? そやったらその手にしてるびらびらのマントで周りの空気を振り払えばええっちゅう話やろ!! ついでにそのまるで役に立たへんぶっといシッポもぶん回せ!! おいコラ、話が進まへんやろ!!」

「ああっ、ああん、あ、そうか! あっち行け! くさいのくさいの飛んでけ!! ああっ、少しは楽になってきたっ、ああ、でもまだくさい!! うわ、マントにニオイが移ってるぞ? くせっ、これじゃこの俺の身体も臭くなっちゃうじゃんか!! くうっ、バラエティの罰ゲームでだってここまでむごい仕打ちは受けたことないのに、俺、訴えるからね? コバヤさんのこと! おならで殺されそうになったって!! こんなの殺人だよ!!」

「好きにせい! そないな訴えが通るんなら、世の中警察もなんも必要あらへんやろが? それよりも注目すべきはこっちやぞ、おら、しかと拝めよ、この漢(おとこ)の中の漢、ジュードーコバヤカワのいまだ知られざるパワフルマッチョな真の姿! そのありえへんほどかっちょええまさしくスーパーヒーロー的なビジュアルをな!!」

「あ、え、コバヤさんの身体が、見る見る内に見たことない姿にって、あれ、なんだ? これ、まさか……ううっ!?」

 仁王立ちして不気味な気配をまとう先輩のお笑い芸人は不敵な笑みがぐにゃりといびつにカタチを変えていく。

 鬼沢が目を見張って見ているさなか、人間のそれとはほど遠い色かたちへと中年のオヤジが変化変身するのだ。

 三人目の〝ゾンビ〟が覚醒するのを目の当たりにするタヌキは唖然としたまま開いた口がふさがらない。

 さながら悪夢を見ているかの気分だった。


 まずグロテスクなシルエットはそこに悪魔的なイメージを強く想起させる。鬼沢にしてみたらまさしく悪魔だったか?

 やがてそこには思いも寄らないものが姿を現した……!!

 
              ※次回に続く……!

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「オフィシャル・ゾンビ」08

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

オフィシャル・ゾンビ 08

 これまでのおおざっぱないきさつ――
 通称・ゾンビと呼ばれる人外の亜人種が陰でうごめく世界で、期せずしてゾンビの認定を受けてしまったお笑い芸人、鬼沢。
 おなじくゾンビにして政府公認のアンバサダーを名乗る後輩のお笑い芸人、日下部によってその本性であるタヌキの姿に変身させられ、あまつさえ屋外に追い出されてしまうのだった。
 クマのバケモノと化した日下部とタヌキの鬼沢、呆然と立ちすくむお笑い芸人のもとに、果ては思いもよらぬ人物が現れて…!

 はじめの平和な家族連れでにぎわう都心の公園から、今現在はがらりと場所が変わって、ここは先の憩い広場からは徒歩でほどもなくした同じ街中の一画。

 とあるビルの内部だ。

 ただし人の気配がどこにも感じられない、言うなればとうの昔に放棄されたのであろう、一棟の大きな廃ビルの中であった。

 元はそれなり大きな企業のオフィスビルとおぼしきものだが、建物そのものがすでに遺棄されてひさしく、ほこりっぽいフロアにひとつもものがないがらんどうなさまは、そこに一抹のわびしさと不穏な気配のごときものをじっとりと醸し出していた。

 ひとつも人工の明かりがない空間は実際はさぞかし広いのだろうに、天井から床までびっしりと暗がりで塗りつぶされているため、まるで見渡しが効かない。

 その雑草だらけですっかり寂れた玄関口には〝立ち入り禁止〟の大きな立て看板があり、しっかりと封鎖されていたのだが、この正面口から堂々と中に侵入する中年の男の背中に続いて、のっしのっしとでかい足を踏み入れるふたりのゾンビたちだ。

 そこでは人目を気にしないで済むぶんにこれまでよりずっと落ち着いていられたが、見通しが悪く薄暗い建物の中に見知ったはずの人影を探して怪訝な顔つきをせずにはいられない、現在絶賛タヌキのお化けに変身中の鬼沢だ。

 隣で息を潜める日下部、見た目はいかついクマの化けものにちらと視線をくれるが、後輩の芸人にしてオフィシャル・ゾンビの政府公認アンバサダーめは憎らしいこと何食わぬ顔でおなじくその第三の男の挙動をぼんやりと眺めている。

 何か文句のひとつでも言ってやろうとしたところに、いきなりこのあたりの景色がパッと明るく開けた。
 これにはただちにビクっと背後に垂らした太いシッポを逆立てるメタボ体型のタヌキだ。
 内心で平静を装っていてもいざこういうところに出てしまうのは致し方がないことなのだろうか。

 ここは廃ビルなのだから電源などはとうに落ちているはずだ。

 それにも関わらず、天井の明かりが煌々と灯ってその廃墟のありさまをはっきりと照らし出すのに目を丸くしてしまう。

 白っぽい人工の照明は、その広いエントランスのほぼ真ん中に立つ昔から見知った男の姿もそこにはっきりと照らし出した。

 不敵な笑みを浮かべてこちらを見ているおやじ……!

 男は自分たちと同業の業界人で、〝お笑い芸人〟だった。

 おまけにかなりのベテランで、有名人だ。

 この中でもタレント・ランキングだとか言ったものではダントツの認知度と人気があるのではないかと素直に認めてしまう鬼沢は、ごくりと息を飲んでその年配の先輩芸能人の言葉を待った。

 男は見た目で言えばいわゆる中年のおっさんで、だいぶ中年太りしたいかつめの身体に街中ではあまり見慣れないような、いかにも芸能人ふうなちょい奇抜なファッションなのだが、かろうじて全体を渋くまとめた色使いでギリOKっぽい衣服をその身にまとっている。

 かなり個性的なキャラで知られる芸歴が長いベテラン芸人にはいかにも似つかわしいが、じぶんならちょっとハードルが高いなと内心、覚めた目つきで眺めてしまう後輩芸人だった。

 このあたり隣の若手くんの目にはどう映っているか?

 何はともあれ口元に男らしい口ひげを蓄えたオヤジは低くて渋い、そのくせによく通るバリトンの美声で乾いた廃ビルの空気をビンと震わせてくれる。


「おう、よう来たな、後輩のゾンビども! もとい、芸人ども! ああそうや、ここは見てのとおりで余計な人目を気にせんでええさかい、せいぜい楽にしとけや。ちなみに政府公認の廃ビルで、ゾンビさま専用の容れ物やからなおさら遠慮はいらへん! このわいのお気に入りの〝秘密基地〟や。ちゅうても実際はみんなのものやさかい、おのれらも自由に使ってかまへんのやからの」

「……?」

 二匹の化け物を前にしてもいささかもビビることなく鷹揚な態度のおやじの言いように、なおさら怪訝にその太い首を傾げるタヌキだが、この横のクマがしれっと言うのだった。

 わかりやすく説明してくれる。

「はい。廃ビルや廃工場をそのまま秘密裏にゾンビ機構のものとして国が収容かつ管理しているんですよ。ちなみに都内に同様の物件がいくつも存在したりします。見た目はボロボロでもちゃんとライフラインは生きているから、身を潜めるにはうってつけですよ。ここは規模としてはかなり大きいものですし。裏手の広い裏庭も含めたら、合宿とか特訓とかもできたりしますよね?」

「へえ、そうなんだ? てか合宿って、なに? 特訓なんて俺しないよ。で、目の前にいるあの先輩は、俺、ちょっとビックリしちゃっているんだけど??」

 感心するよりも半ば呆れた感じで大きな頭を頷かせるタヌキが横のクマから目の前のおじさん芸能人へと視線を泳がせるのに、当の本人がニヤリとした意味深な笑みでぬかしてくれる。

「なんや、クサカベ、まだゆうてへんのかこのわいのこと、オニザワに? あー、ちゅうか、そっちのクマがクサカベで、そっちの間抜け面のタヌキがオニザワでええんよな? なるほど立派なゾンビっぷりやが、まだちんちんに毛が生えたての新人くんやろ、シッポの落ちつかない揺れかたがかわいいてしゃあないわ! ほなはよ慣れえよ。傍で見ててあぶなっかしいてしゃあない、収録中もシッポが見え隠れしてたりするやろ、ほんまにの!!」

 豪快な語り口で明るく茶化した言いようでありながら、最後のあたり聞き捨てならないぶっちゃけ発言があっただろう。

 またしてもシッポがビクンと跳ね上がる鬼沢は背中にぶち当たるこのみずからの身体の一部に困惑しながら声を荒げる。

「は? シッポが見え隠れって、そんなわけないじゃないか! 俺こんな姿で収録に参加したおぼえなんて一度もないもん!! それこそ騒ぎになっちゃうじゃん!!」

 これには依然として平然と横に突っ立つクマがすぐさま納得したしたり顔でうんうんと同意。

「ああ、確かにシッポ、時々見えてたりしますよね、鬼沢さん? 本人自覚してないし普通のひとには見えないから問題ないんですけど、この業界、実はゾンビのシッポがはみ出ちゃってる放送事故は結構あるあるです。収録に参加してるゾンビ側からは丸見えですものね? かと言ってその場じゃ注意もしずらいし」

「ああ、ヘタに言うて意識してもうたら、最悪見えんはずの人間にまで見えることになりかねん。カメラに抜かれでもしたら即アウトやろ! いかついシッポの形状からさぞかし年季の入った古だぬきなんやろうと思ってたんが、ずばり的中しよったな! その姿はかなりもんで霊格の高いどこぞやの〝氏神さま〟みたいなもんなんやろ? さてはおまえ、そないなもんにたたられるようなバチ当たりなことをしよったんか、どこぞのロケ先で??」

 しったふうなことをずけずけと言ってくれる先輩に狼狽せずにはいられない鬼沢だ。口から泡が出る勢いでわめき散らす。

「し、知らないよ! 俺は身に覚えなんか何もない!! こんなの何かの間違いに決まってるよ。そうとも俺はただの被害者だ! 無実なんだって! いいや、そう言うコバヤさんだって、俺、知らなかったけど、その、ゾンビ、だったの? でもそうなるんだよね? コバヤさんはコバヤさんの姿のままだけど、でも……」

 ここまでの道中のことをそれと思い出す鬼沢だ。
 困惑の色を深めるタヌキは目を寄り目にして深く考え込む。
 コバヤと呼ばれたオヤジのベテラン芸人は何食わぬ顔で大きく頷いた。

「そや! これまでの経緯を見てもうわかったやろ? ひとには不可視のゾンビのおまえたちを率いてここまで来よる道すがら、こないな有名人さまを指さす人間がひとりもおらへんかったっちゅうあたり! もはや不自然に過ぎるっちゅうもんや」

「やっぱり、見えてないんだ? 俺たち同様、みんなにはコバヤさんのことが?? でもいたって普通の人間のカッコしてて、今のコバヤさんはどこもゾンビっぽくはないんだけど……?」

 やや納得しかけてそれでも何か心に引っかかる鬼沢に、すまし顔の日下部が横からさらなる注釈を付け加える。

「ある程度の経験値を積んでゾンビとしてのレベルが上がれば、わざわざその姿に変身しなくてもステルスをかけることはできるようになりますよ。ひとにもよりますが。あと何を隠そう、コバヤさんはこっちの方面でもベテランで、有名人ですからね?」

「ふん。あいにくとおのれのようなオフィシャルとはちごうて、ただの野良の一匹狼のゾンビやがな! いいや、そもそもがわいらみたいなゾンビに公式も非公式もあらへんやろっ」

「まあ、できたらコバヤさんもオフィシャルになって欲しいんですけど? 世間に潜伏するナチュラルのゾンビたちを見つけ出して野放しにしておかないのがおれたちの仕事でもあるわけだし」

「ナチュラル? なにそれ? ゾンビってそんないくつも種類があったりするの?? 俺が、なんだっけ、えっと、オフィシャルで、コバヤさんはまた違うんだ? いわゆるカテゴリー??」

 初めて聞くことだらけで何をどう理解していいやらさっぱりわからない鬼沢が視線を右往左往させるのに、何やらひどいしかめ面する熟年芸人が途端にこの語気を荒げた。
 キビシイ目線を目の前のクマに投げかける。

「一緒や! ただおのおのに主義主張が異なるだけで、区別する必要なんてどこにもあらへん。しょせんは国のお偉いさんがたの都合やろ? せやからわいはオフィシャルになんぞなられへんのやっ、この首に首輪をはめようなんぞまっぴらごめんやからの! クサカベ、よう覚えておけよ、この漢(おとこ)、ジュードーコバヤカワ、おのれの道はおのれで決める! せやかておのれらの守りたいものとこのわいの守るべきもの、そないに違いはあらへんやろ。世間からバケモノのとそしられても決して人の道は違えんのがあるべきゾンビの姿やからの……!!」

「はあ……。残念です。でもおれも諦めませんよ。それもまたオフィシャルの公式アンバサダーとしての勤めですから。今日からは鬼沢さんと二人がかりでコバヤさんの説得にかかります」

「え、俺? まだ何も納得していないんだけど??」

 タヌキがきょとんとした顔で真っ黒い鼻先をヒクつかせるのに、苦笑いの先輩芸人が意味深な目つきでそれを見返しながらにのど仏を鳴らしてくれる。
 その含むところがある言葉になおさらにきょとんとした顔で鼻先をひくつかせる鬼沢なのであった。

「好きにするがええわ。だが今はこの右も左もちんぷんかんぷんのゾンビ一年生のタヌキの世話が先やろ? そやからこのわいが呼ばれたわけでもあるんやし。なあ、オニザワ?」

「はい? えっと……」

「ええから任せとき。まずは実地訓練、実戦のバトルを体験するところからやろ! ゾンビには必須のスキルや。まあ、優しくしたるさかい、遠慮せんでかかってこい。あいにくギャラリーはそこののんきなクマ助だけだが、熱いエキシビション・マッチのはじまりや! 見物やぞ。動画に撮っておきたいくらいやわ」

「は??」


 事態は急転直下、何か思わぬ流れになりかけているのにひたすらきょとんとなる鬼沢だが、横からクマ、もとい日下部が真顔で言ってくれる。これまた急な物の言いだった。

「鬼沢さん、まずは慣れるところからです。これまでの通りに。ゾンビたる者、それは戦ってなんぼの世界でもありますから、頑張ってコバヤさんに食らいついてください。ちなみに強いですよ、コバヤさん、あのままの姿でも……!」

「はあ? おまえ、何言ってんの??」

「せやから相手をしてやるっちゅうてんのや、このわいが! おうタヌキ、ちんたらしとらんでさっさと来いや! この大先輩がいっちょもんだる、せやからおまえは気張っておのれの力を出せる限りひねり出して、どないなもんができるのかはよう慣れてものにせい。まずはおのれを知ることからや!!」

「は? コバヤさんも何言ってんの?? こんなわけわかんない状態でひとなんか殴れるわけないじゃん、おっかない! 普通の人間よりもずっと力があるんでしょ? 今だって大人と子供くらいも体格差あるし、先輩の芸人さんをケガさせちゃうわけにはいかないじゃん! 俺、そういうの嫌いだし」

「それは相手がただの人間だったらの話ですよ。今回はまったくの別で、むしろ通らなければならない道です。それこそがおれたちゾンビにとってのある意味、通過儀礼みたいなものですから。あとコバヤさんはほんとに強敵ですよ?」

「もうええ、百聞は一見にしかずや。習うよりも慣れよ! おいオニザワ、ごたくはええからさっさとその力を見せてみい、そしておのれの限界を知れ、このわいが教えたる。先輩の芸人として、ガチのゾンビとして、おのれの身体にたたき込んだるわ!!」

「わ、わけがわからないよ! 俺、ケンカなんて兄弟以外としたことないし、ましてや本気の殴り合いだなんて考えたこともない! プロレスだってまともに見たことないんだから!!」

「うっさいわ、ボケ! ええから、かかってこいやあ!!」

 怒号と悲鳴が交錯する。

〝人間〟対〝バケモノ〟……!

 ギャラリーがひとりだけの異種格闘技戦が幕を開けた。


        次回に続く……!



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「オフィシャル・ゾンビ」③

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

-さいしょのおはなしの、つづきの2-


 目の前でぼさぼさの頭に金の輪っかをはめた青年――。

 それなりに見知ったはずのお笑い芸人が、真顔になって何やらごにょごにょと口ずさみはじめるのを、言えばこの同業者である坊主頭のお笑いタレントは不可思議に見つめるばかりだ。

 怪訝なさまで相手をうかがうのに、みずからの腰のあたりに添えたその右手、おそらくは利き手なのだろうその手のひらを軽く握るようなそぶりを見せる若手の芸人は、どうやらそこに彼自身の意識を集中しているのらしい。

 傍目にはまったくもって意味不明なありさまながら。

 片やこれをいかにも怪しい手品でも見ているかの気分の坊主だが、ふと気が付けば何もないはずのそこに、何かしらの気配のごときものを感じているのには我ながら戸惑いが隠せない。

「え、なに、やってんの? おい、くさかっ……べっ……!?」

 次の瞬間、チラとこちらを見るむさ苦しいぼさ髪の男は何やら聞き覚えのある言葉と共にみずからの右手にぐっと力を込める。

 まさにその瞬間だった……!

「……伸びろっ、如意棒……!!」

「へ? にょ、にょいぼ、うっ? て、あっ、わああああああああっ!??」

 その不意に発した如意棒、にょいぼうのかけ声と共に、刹那、相手の手元から見えない何かがこちらめがけて走ったのか? 

 ブォオオオオオオオオーーーンンッ……!!

 低いうなりと共に、何か不可視の物体が突如としてみずからの身体を貫いた!

 もとい、思い切りに押しのける勢いでこの身体ごと背後の壁へと突き飛ばされた!?

 結果、完全に両足が畳から浮いてしたたかにこの背中を楽屋の壁に打ち付ける丸坊主のタレントだった。

「なあっ、なんだっ! これ!? いたたたたたっ、やめろっ、やめろよっ! おいっ、誰かあ!! 助けてくれっ……!!」

 思わずボサボサ頭越しに見える閉ざされたままの出入り口の扉に向けて助けを求める鬼沢だが、あいにくとそこから反応らしきはとんと返らないのに苛立たしげに歪めた顔でわめき散らす。

「ちくしょうっ、なんだよ! ひとがこんな目に遭ってるのに、どうして誰も来てくれないんだよっ、俺、演者だぞ!?」

 がなって目の前の後輩芸人、日下部に怒りの矛先を向ける。

「おいっ、日下部! おまえっ、こんなことしてただで済むと思っているのか!? オフィシャルだかなんだか知らないが、やっていいことと悪いことがあるだろう!! この、このくそっ……なんだよこれ!?」

 不可視の力で自らの腹部を強烈に圧迫するものをどうにか振り払おうとこの両手を身体の前で振り乱そうとも、虚しく虚空をかすめるばかりで何ひとつとそこに手応えがない。

 真っ赤な顔でいまだ目の前で冴えない表情の青年をにらみつけるのに、平然としたさまの後輩芸人は覚めたまなざしで見返すばかりだ。

 すかしているにもほどがあるが、肩の力が抜けきっていっそ無気力とすら見える相手は、挙げ句の果てにはみじんも悪びれたそぶりもないままに淡々と言ってのけた。

「あ、すみません。言うよりも実際にこうして見てもらったほうが話が早いと思って……! もちろん危害を加えるつもりなんてないですから。おれたち世間から〝ゾンビ〟って言われるヤツらのちからの一端をわかってもらえれば。今はこの人間の見た目のままですけど、本来は、まあ、そっちも見てもらったほうがいいんですかね? おれも見たいし、鬼沢さんの……ね」

「な、なにわけのわかんないこと言ってんだよっ、俺はゾンビじゃないっ! おまえだって人間の姿のままじゃないか!? なにがゾンビだっ、てかこのちからなんなんだっ、ほんとにわけがわからないっ、あとなんでこんなに騒いでるのに誰も来てくれないんだよっ!! おおいっ、スタッフ、誰もいないのかあっ!?」

「ああ、いないんじゃないですか? そういう風にお触れを出させてもらっていますから。オフィシャル・ゾンビの公式アンバサダーの権限をもってですね? 今このフロアにいるの、たぶんおれと鬼沢さんだけですよ。邪魔が入らないようにあらかじめに制限と特別な配置、配慮をしてもらっているんです。何よりも他の縁者さんとか、どこにもいなかったでしょう?」

※↑日下部の変身した後の姿、とりあえずでこんなカンジを予定しています。クマの人型亜人種(通称・ゾンビ)、みたいな?

https://opensea.io/assets/matic/0x2953399124f0cbb46d2cbacd8a89cf0599974963/88047277089427635657081635585532914949557992380650193262688159047766532685825/

 平然としたさまでどこまでもぬけぬけと言ってくれるのに、なおさら仰天して顔が赤くなったり青くなったりする坊主頭はなんだか丘につり上げられたタコみたいなありさまだった。

「なっ、なんだよそれっ! おまえいつからそんなに偉くなったんだ!? あとこのちからなんだ!! なんでなんにもないのにこんなにからだを押さえつけられるんだよっ、どんな手品なんだっ、日下部っ、いい加減にしろよ!!」

「ああ、はい。お気を悪くしたのなら謝ります。それではちからを解除しますから、受け身、ちゃんと取ってくださいね?」

「は? あ、わわわわわっ!? いたっ、たたあっ!!」

 ドンッ!


 身体ごと背後の壁にぐいぐいと押さえつけていた不可視の力が不意に喪失するのに、ろくな受け身も取れないままにしたたかに尻を畳に打ち付ける鬼沢だ。

 だから言ったでしょうと言わんばかりのしらけた後輩芸人の顔を見上げて泣きそうな声を出す。

「いっ、いきなりなんだよ! ケガしちゃうよ、もうちょっとやりようがあっただろう!? ゾンビもへったくれもありゃしない、ただのあやしい奇術じゃないかっ、くそ、俺は認めないぞ、こんなのただの嘘っぱちのまやかしだっ!!」

「はあ。いえ、まやかしも何も、れっきとしたゾンビのなせる技ですよ。ゾンビって言い方が悪いんですかね? でも何を隠そう、おれはこのゾンビの力、わざわざゾンビの姿にならなくても行使ができるんです。それこそがこの特殊な『輪っか』のおかげでですね……!」


「輪っか……。それがあればさっきみたいなことができるのか? いわゆる超能力みたいなのが使えるようになる、みたいな??」

「はい。まあ、誰でもってわけではないし、基本はこのおれ固有の能力ですよね。この輪っかもおれ専用のアイテムだし。ただしおれが認めれば貸与することもできますけど。あと、相手を拘束、捕まえたりする目的でも使えるし。とっても便利なんですよ、この輪っか、そうです、その名も『金魂環』!ってヤツは」

「きん、こん……かん? ひょっとしてふざけてる??」

 頭から取り外して改めて利き手でつまんで示してみせる金色の輪っかを、方やきょとんとしたさまで見上げるばりかの芸人だ。

 それにもまた平然とした様の後輩の日下部はまたしてもぬけぬけと言ってくれる。

 こちらは鬼沢の変身後の姿、のイメージです(^^)

「あ、そろそろ収録の時間なんじゃないですか? ここでお待ちしていますから、どうぞ行って来てください。あ、遠慮しないで、遅刻しちゃいますから。おおよそ二時間くらいですかね? それまでこちらはこちらでいいお返事を期待しながら待機していますので」

「え、もうそんな時間? なんだよっ、まだ心の準備がっ、てか、ここで待ってるの? ひとの楽屋で?? なんかヤだな! 貴重品とかマネージャーに預けておきたいんだけど」

「ああ、だったらおれが預かっておきましょう
か?」

「結構だよ! おい、ふざけんなよ、おまえが信用できないって言ってるんだからな!!」

「はあ、そうなんですか? でもあいにくとマネージャーさんは来ないですよ? さっきも言ったとおり、この現場に関係者以外は一切、出入り禁止の第一級の機密制限かかってますから」

「なんだよそれっ! マネージャーは関係者だろうっ、頭にくるな!! だからおまえにどうしてそんな権限あるんだよ!? あと何よりおまえが関係者ヅラしてるのが腹立つわっ!!」

「ですからさっきも言ったとおり、アンバサダーですから。政府公認の? あ、オフィシャルって意味、知らないんですか??」

「知らないよ!! いや知ってるけど! ええいもういい、おまえ、あっち行けよっ、やっぱり納得がいかない、俺の視界に入らないところでじっとしてろ! もう話しかけてくんなっ、できたら隣の楽屋でくたばってろっ、営業妨害だぞっ、ああ、ほんとにイライラする!! なんかまだ大事なことがあったはずなのに、すっかり忘れちまったじゃねえか!!」


「あ、ひょっとして衣装さんのことですか? その普段着の格好じゃアレですものね? でも当然、衣装やメイクさんも来ないですよ。制限かかってるんだから? さっきから言ってますけど」

「ほんとに営業妨害じゃないか!! わああっ、どうしてくれるんだよっ、もう時間ないぞ、てか、スタッフも誰も迎えに来ないじゃないか! なんだよっ、おかしいよっ、俺の人権おびやかされてるじゃんっ、さっきからずっと!!」

「大げさじゃないですか? いいえ、ちゃんと守られてますよ。鬼沢さんのゾンビがらみのマスコミの報道規制、今月の末までは有効期限がありますから。その後はどうだかわかりませんけど? でもオフィシャルのカミングアウトをしてアンバサダーになれば、ご家族ともども安泰ですよ。このおれが保証しますから」

「なんだよその保証!? いいや絶対に信用できないっ! あと報道規制ってなんだ!! マスコミって、うそだろっ、この俺の人権、マジでおびやかされてるの!?」


 しばしの口論の後にしまいには顔面蒼白で口をパクパクさせる鬼沢に、やや苦笑いの日下部がゆっくとり道を空ける。

 左手で出入り口の閉ざされたドアを指し示して言うのだった。

「どうぞ、はりきって行って来てください。応援してますから。何かあったらすぐに駆けつけるし。あとさっきの水晶石、捨てないでくださいね。転売は最悪、国家反逆罪とかになるんで、くれぐれもなしで。あと借り物だから、おれが怒られちゃいます」

「誰に?」

「秘密です。まだ。詳しくは晴れて鬼沢さんがアンバサダーの肩書きを手に入れてからですね」

「もう強制じゃん。おまえ、俺に何の恨みがあってこんなひどい仕打ちを? 背後にどんな組織があるって言うんだよ。こんなあからさまなひどい人権侵害っ……」

 もはやぼやきが絶えない鬼沢だ。

 がっくり左右の肩を落としてどん底まで落ち込む。

 それを前にしてくすりと笑う後輩芸人は、腐る先輩のコメディアンにしたり顔して言うのだ。

「国家ですよ。はい。こんなにでかい担保はないでしょう? やればわかります。やらなきゃ……それもまたわかります。おれは鬼沢さんが正しい判断をしてくれると信じてますよ。プロなんだから収録すっぽかして逃げるなんてしないですよね? それだからどうかこのおれを……」

「ちっ、なんだよ……!!」

 衣装やメイクはもう諦めてその場をズカズカと後にする鬼沢は振り向きもせずに出口へと向かっていく。


 荒々しい手つきでドアを開いて力任せに閉じる怒った背中に、これをその場で見送る日下部はちょっとだけ切なげな視線を投げかけて、ぼそり、と言葉の続きを述べるのだった。

 さながら祈るかのように。

「このおれを、人でなしにはしないでくださいね……!」

 ぱったりと人気の絶えた狭い部屋で、うつむく青年はゆっくりとその場にしゃがみ込む。

 そのまま静かに時は過ぎていくのだった。

 かくしてそう。


 またこの後に幕を開ける、ドタバタ劇の続きまでは――。


      次回に続く……!

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「オフィシャル・ゾンビ」①

ノベルとイラストとNFTを絡めたオリジナルコンテンツ、いざ開幕、開幕~(^o^)

オフィシャル・ゾンビ
ーOfficial Zombieー

-さいしょのおはなしの、はじまり-


 コン、コン……!

 まったりとのどかな気配が漂う昼過ぎの楽屋に、短く控えめなノックの音が、ひっそりと響いた。

 すると間もなくこの出入り口のドアが開いて、声もないままにそこにひとりの男が入ってくる。

 見た感じはスタッフとも取れる地味な見てくれの青年だった。

 これと主義主張のない平凡な格好に、ろくに手入れもしていないのだろうもっさりとしたぼさ髪と、おまけこれと化粧っけのない素顔で、ひょっとしたら番組ADかと見間違えてしまうほどだ。

 もとい今時のテレビ局ならスタッフのほうがまだこぎれいか?

 その、さながらスタッフ然とした男が、冴えない顔つきしてぼさぼさ頭をぺこりと下げて、ぼそっと一言。

「あ、おはようございまぁーす……!」

 この業界ではほぼお決まりの挨拶文句だ。


 それをいかにも緩い口調で発すると、また頭を上げた先にいる部屋の主のさまをじっとうかがう。

 こぢんまりした畳の和室は六畳ほどで、そこに年の頃で言ったらおそらく三十代も半ばくらいの壮年の男が、ひとりだけ。

 真ん中に木製の座卓があって、傍らの座布団に腰掛けてそこに前屈みで寄りかかる。

 こころなしかやけにかったるそうなさまだ。

 どこか見覚えがある風体で、それは昨今のテレビではよく見かけるそれなり有名なタレントさんだった。

「…………」


 対してそのテレビタレントは、およそろくな返事もないままに視線だけで来訪者の青年をじろりと眺めてくる。

 ひどく怪訝なさまで普段のテレビで見せるような明るさがまるでない、それはそれはひどい素の真顔だった。 

 歓迎されている気配がみじもんない。

 だがこちらもそんなことは端から承知の上で、あはは、とその顔に見え透いた愛想笑いみたいなものを浮かべる青年だ。

 そこからまた控えめな口調でいながら見た目的に完全ノーウェルカムの男性タレントさんとの距離を、しれっと詰めてくれる。

 くたびれた革靴を脱いだらそそくさと畳に上がり込んでた。

「失礼します。あの、今、お時間ありますか? その、できたらちょっとだけ、お話させていただきたいんですけど……」

 相手までソーシャルディスタンスギリギリのところで足を止めて、突っ立ったままで先輩のタレントの丸い坊主頭を見下ろす。

 言えばお笑いタレントとして知られる著名人に、臆面もなく平然と相対していた。

 また言えばじぶんもそのたぐいではあったこともあり。

 やや太めの体つきでさっぱりとしたこぎれいな丸刈り坊主の男は、うざったげな顔つきでこれを見返してきた。

 今やその声つきにもちょっと不機嫌なものがあっただろう。

「……とか言いながら、しっかりと上がり込んでるじゃないか? この俺にはまるで拒否権なんてないみたいにさ。スタッフさんとの打ち合わせはついさっき済ましたから時間なくはないけど、俺、これから収録だよ?」

「ああ、はい。すぐに終わりますから。というか、俺が来た理由、もうわかってたりするんじゃないですか、鬼沢さん?」

 ↑う~ん、まだキャラが固まってない? はじめはこんなもんか…(^_^;)
 OpenSeaでは完全版のノベルを公開中!!↓

https://opensea.io/collection/officialzombie

 ちょっと苦めた笑みで問うてやるのに、当の鬼沢――オニザワと呼ばれた相手は仏頂面でこの視線をそらす。

 内心じゃ苛立たしげなのがもうはっきりと声にも出ていた。

「知らないよ! ていうかお前って何様? お前とこうして話しているところ、ひとに見られたら変な誤解を受けそうだから、出ていってくれないかな? そうだ、もとはただのお笑いタレントが、国の認定だかなんだか知らないけど、怪しいにもほどがあるだろうっ! 俺には関係ない」

「あは、コロナから始まって、ほんとおかしな世の中になっちゃいましたよね、今って? それにしてもひどいなあ、そんなに毛嫌いすることないのに! いくらおれでもちょっと傷ついちゃいますよ、まあ、慣れっこなんだけど……」

 苦笑いではぐらかした物言いしながら、ちょっとだけ寂しげな目つきで相手の横顔を見つめる青年だ。

 これに顔を逸らしたままで恨めしげな視線だけをつとよこす先輩の中堅タレントは、苦渋のさまでまた言葉を発した。

「仕方ないだろ? 俺、ぶっちゃけ怖いよ、お前のこと。だって良くわかんないじゃん。わからないことだらけじゃん。お前ってば……! なあ、日下部、お前って本当に、何なの??」

 日下部――クサカベと呼ばれたその訪問者は穏やかな顔つきのままではじめただ静かにうなずく。

 そうして落とした声音で、何かしらの説得でもするかのようにまた続けた。

 そうたとえ目の前の相手が聞く耳を持たなくともにだ。

「そうですね。でもそれはほら、今の鬼沢さんにだって当てはまることなんじゃないですか? ほんとはわかっているんでしょう、心当たり、きっとあるはずだから……ね」

「ないよ! うるさいなっ、もう出ていってくれっ」

※お笑いコンビ・アゲオンのツッコミ担当、鬼沢のとりあえずのイメージです。実在するお笑い芸人さんをモデルにしたキャラなのですが、うっすらとビミョーですね。てか、似てません(^^;)


 完全にそっぽを向いて吐き捨てる坊主頭はかたくなな態度だ。

 それきりすっかり心を閉ざすのに、顔色の穏やかな、それでいてどこか冷めたまなざしの青年は、ただ一言だけ。

 ぽつりとある言葉を口にする。

「ゾンビ……!」

 ぽつりとだ。

 そして何故だろう、およそそれまでの話の流れにはそぐわない、それは不可思議な響きのワードだった。 

 それきりしばしの間があって、座卓に前のめりで屈む先輩芸人、無言の鬼沢はしかしながらこの身体を小刻みに震わせているのが手元の湯飲みのなす、それはかすかな身震いでわかった。

 良く見ればその横の急須もカタカタと音を立てている。

 もはや内心の動揺は隠せなかった。


 やがて憎悪にも似た歪んだ表情を見せる坊主はきついまなざしで後輩の芸人をきっと見返す。

 あげくは攻撃的な口調でまくし立てるのだった。

 もう我慢がならないとばかりにだ。

「……は? なんだよ、ゾンビって? 誰のことだよっ!? おいっ、誰のことだよっ!! おいっ、ふざけんなよ、どこにいるんだよっ! こいつ、黙って言わせておけば、よくもっ、このおれのどこがゾンビなんだよっ、生きてるんだぞっ、ちゃんと生活してるんだっ、家族だっているんだぞ! だったらおまえこそがっ、おまえだろうよ!! なんだよっ、ゾンビって、ゾンビってなんなんだよっ、ふざけやがって……こんちくしょう!!!」

 激高する相手を相変わらず静かに見つめる青年だった。

 少し不自然なくらいのうっすらとした笑みを口元に浮かべて、どこまでも落ち着き払った物の言いをしてくれる。

 相手の目をただ静かに見返しながら。

「外に声、聞こえちゃいますよ? そんなふうにじぶんから騒いじゃったら。俺もイヤなんで……」

 いきり立つ先輩タレントがぎっと唇をかみしめてみずからの荒げた息を殺すの見届けてから、こちらもみずから前屈みになる訪問者は、さらに声をひそめてぼそりと問いかける。

「……はい。そうですね。俺は、周知の通りです。でも、あなたも、あなただって、そうです。鬼沢さん、あなたももう一度は、死んでいますよね……?」

「……っ、…………!」

 言葉もなく見開いたふたつの眼、その瞳孔が大きく見開くのを黙って見つめる青年、日下部だった。

 そして喜怒哀楽のどれにも当てはまらない穏やかな表情、さながらデスマスクみたいな真顔で言い放たれた言葉、それは果たして真実であったのか。

 物静かでいながら確かな断言、はっきりと断定するかの冷たい響きが余韻にこだました。


「死んで、生き返ったんですよ、あなたも、この俺も……! それにつきゾンビって言葉が正しいかどうかわかりませんが、それでも、事実です。鬼沢さん、わかっているんでしょう。だから俺がここにいるんです。もう、逃げられませんから……」

「ひっ……知らない。知らないよ、やめてよ……」

 顔から完全に血の気の引いたタレントがうなされるみたいな言葉を発する。

 そのさま、まるで動じない青年はただ静かに眺めるばかりだ。
 
 それきりお通夜みたいな静けさが満ちた。

 あたりに人の気配はない。


 そこにひとなどいなかったのか。

 かくしてここにまたひとつの悪夢が目を覚ますのだった。

 悪夢の名は、オフィシャル・ゾンビ――。

 人の世ならざるものが人の世に降り立つ。

 今や悪夢は昼夜を問わずに訪れた……!
 

                次回に続く――

ONCYBERでNFT化したノベルの展示会もやっています!↓↓

https://oncyber.io/officialzombie01

※ノベルとイラストは随時に更新されます!

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ルマニア戦記/Lumania War Record #012

#012

↑一番はじめのお話へのリンクです(^^) ノベル自体はもろもろの都合であちこち虫食いだらけなのですが、できるところからやっていくストロングスタイルでやってます(^^;)

NFTアートはじめました!!

OpenSeaで昨今はやりのNFTのコレクションを公開、こちらのノベルの挿絵などをメインにアートコレクションとして売り出していきます! NFTアートと併せてノベルの認知向上を目指していきます(^^) 世界に発信、まだ見ぬ需要を掘り起こせ!!

https://www.lumania01.com/?page_id=4152

#012

 

 公海上の上空を最大戦速で駆け抜けた大型の巡洋艦は、やがてその速度を落として目標のXゾーン、戦況が混乱した戦闘海域もこの最深部へと突入する。

 試験運用も兼ねた主力エンジンの回転出力を落とすと、それまで艦内にやかましく響き渡っていたうなりと振動も一段落する。

 これにより無機質な電子音が鳴り響くブリッジにオペレーターの声が響くのが、頭上のスピーカー越しにもそれと聞き取れる。

 みずからのアーマーのコクピットのパイロットシートに腰を据える大柄なクマ族のパイロットは、目を閉じたままでじっと耳を澄ました。


「報告! 本艦、ただいまより当該の戦闘空域に突入! 全方位索敵、高度500、エンジン出力50に低下、機関安定状態を維持、周囲の状況にこれと目立った変化は見当たりません!」

「……うむ。高度そのまま、全艦、第一次戦闘待機から完全臨戦状態に移行。取り舵20、微速前進、周囲の警戒を怠るな!」

「了解! 全艦に通達、本艦はただいまより戦闘状態に突入、各自の持ち場にて任務の遂行をされたし。繰り返す、本艦はこれより全艦戦闘モードに突入、各自、周囲の警戒を厳にせよ!!」

「全艦、フル・モード! 艦長、メインデッキ、アーマー部隊、第一、第二、いずれも発進準備OKです!」

 すっかりと聞きなじんだ声の中に、会話の最後のあたりではじめて耳にするようなものが混じったが、それが先日、新しく艦に乗艦した副官の犬族のものだと察するクマ族の隊長さんだ。

※LumniaWarRecord #012 illustration No.1 ※ OpenSeaのコレクション「LumniaWarReccord」にてNFT化。ちなみにポリゴンのブロックチェーンです(^^) イラストは随時に更新されます。

「はは、こんな声してたんだ。なんかまだ堅い感じだけど、さては緊張してるのかな? 見た目まだ若い士官さんだったもんね! それじゃこっちもまだ若い新人のパイロットくんたちは、やっぱり緊張してたりするのかな?」

 そう目を閉じたままに、離れた別のメインデッキでみずからのアーマーで待機している、新人の部下たちに聞いてみる隊長だ。

 するといきなりのフリに、これとはっきりした返事はなかったが、ごくり、と息を飲むような気配が伝わってそれと了解する。

 余計な軽口はプレッシャーになるだけだろう。
 
 実戦を前に皆、自分のことでおよそ手一杯なのだから。

 それでいいやと納得していると、頭上のスピーカーから重々しげな声が響いてくる。

「皆、聞いているな? こちらは艦長のンクスだ。第一小隊、ベアランド少尉、用意はいいか? 先行する君たちの部隊に今回の戦闘はすべて任せることになる。本艦はアーマーがまだ手薄な都合、第二小隊は艦の護衛に残しておかねばなるまいからな」

 ベテラン軍人の不景気な声色に、だがこちらはしたり顔して明るくうなずくクマ族だ。

 おまけ肩を揺らしてハッハと笑った。

「あはは! 了解。ぼくらやってることはイタチごっこかモグラたたきみたいなもんだもんね? 終わりが見えない持久戦じゃ、戦力しぼっていくしかありゃしないよ。第二小隊のシーサーが我慢できたらの話だけど♡ そっか、あっちも隊員が新しく補充されたんだっけ? まだ見てないんだけどなあ……」


 ちょっと太い首を傾げて考え込むのに、また頭上からは別の声が早口にまくし立ててくる。

 これには閉じていた両目を開けてはっきりと返す隊長だ。

「ああ、少尉どの! 第三デッキの発射口、もとい、発進ゲートをオープンにします。外から丸見えになっちまうからいざって時のために注意しておいてくださいよ! あとそちらの発進シークエンスは特殊過ぎるので、後はデッキの若い班長どのにすべてを引き継ぎます! よろしいですか?」

「ん、了解! ドンと来いだよ♡ それじゃ、アイ ハブ コントロール! 新型機のお二人さんも行けるよね?」

 また左右のメインデッキ、第一と第二のカタパルトでそれぞれアーマーを発進待機させている犬族たちに問いかけた。

 すると今度はどちらもしっかりとした返事が返ってくる。

「りょ、りょーかいっ!!」

「いつでも行けます! 少尉どのが先にぶっ飛んだらこの後に着いて行けばいいんですよね? でもオレたちこんなしっかりとしたカタパルトははじめてだから、ドキドキしてますよ!!」

「ハハ! じゃあ発進のタイミングはこっちに合わせておくれよ、あとこっちのドライバーは不発もあり得るから、いざとなったら冷静に各自で判断すること! もたもたしてたら敵が来ちゃうから、先行して制空権を確保することは大事だよ?」

「了解!」

Lumania War Record #012 novel’s illustration No.2
OpenSeaのコレクション「LumaniaWarRecord」でNFT化。
こちらは通常のイーサリアム・ブロックチェーンです。
ノベルの挿絵と同時に更新していきます
。 


 新人でもこのあたりはしっかりと心得ているらしい。

 そんな歯切れのいい返答に満足してうなずくと、耳元のあたりでまた別の若い青年の声がする。

 発進作業をブリッジから引き継いだクマ族のメカニックマンのものだった。

「ベアランド少尉、発進引き継ぎました! リドルですっ」

 ただちに正面のモニターに四角いワイプが浮き出て、そこに見慣れた若い細身のクマ族の顔が映し出される。

 見慣れた光景から、デッキの管制塔の映像だとわかった。

 本来はブリッジの仕事をメカニックが兼任しているのだが、そこにちょっとしたひとだかりができているのが見てとれた。

 すぐ背後から物珍しげにでかいふとっちょのクマ族のベテランメカニックマンまでのぞいているのに苦笑いが出る。

「ふふっ、そんな見世物じゃないんだからさ……!」


 するとこちらは真顔で物々しげな物言いのメカニックの青年が、畳がけるようにまくし立てた。

「アーマーとのマッチング完了、マスドライブ・システム、目標と照準を設定、コースクリア! オールグリーン、いつでも行けます!! そちらも体勢はそのままでフロート・フライト・システムをプラマイゼロに、発射時のショックに備えてください! タイミングはそちらに任せますが、本格的な運用は今回がはじめてなので、出力はこちらで調整、まずは最大時の半分の50でいきます!!」

「ああ、了解っ、てか、電磁メガ・バースト式のマスドライバーでアーマーをかっ飛ばすなんて、このぼくらがはじめてなのかね? 砲弾やミサイルだったら聞いたことあるけど! でもどうせだったら100でやってごらんよ、遠慮はいらないから?」

 軽口みたいなことを半ば本気で言ってやるのに、如実にワイプの中のひとだかりにざわめきが走った。

 おまけ若い班長の顔が見る間に青ざめていく……!

Lumania War Record #012 novel’s illustration No.3
OpenSeaのコレクション「LumaniaWarRecord」でNFT化。
ノベルの挿絵と同時に更新していきます
。 


「そ、そんな! 無茶言わないでください!!」

「自殺行為だろう……!」

 悲鳴を上げるリドルのそれに、画面に映らないところからベテランの艦長の声がまじる。

 これに座席の右側のスピーカーからも、おそるおそるにした声が聞こえてきた。

「……てか、そんなやっかいなやり方で出撃する必要あるんですかね? 無理せず自力で飛び立ったほうがいいような?? マスドライバーって、響きからして危ない気がするんですけど」

「お、おれ、絶対に無理っ! 衝撃で機体ごとぺちゃんこになっちゃうもんっ……!!」

 左右からするおののいた声に苦笑いがますますもって濃くなるいかついクマ族の隊長さんだ。


「大丈夫だよ! そんなに華奢にはできてないさ、このぼくもこのランタンも! でもあいにくとでかくて頑丈なぶんにのろくさいから、こうやってスタート・ダッシュを決めないと戦略的に優位に立てないんだ。その場にのんびり突っ立って拠点防衛してるわけじゃないんだからさ?」

「いいえ、だからって無茶はしないでくださいっ、もう十分に無理はしているんですから! 出力は50で固定ですっ」

 好き勝手にはやし立てる周りのスタッフの声を押しのけてリドルが声高に宣言する。

 それにもめげずにまだ食い下がるベアランドだ。

「90! いや、だったら80に負けてあげるよ♡ 機体はそっちが整備してきっちり仕上げているんだから、できなくはないだろう? でなきゃ泣く子も黙るブルースのおやっさんの愛弟子の名がすたるってもんだし!!」

「お言葉ですが、師匠だったらこんな無茶、絶対に反対してますよ! アーマーはおもちゃじゃないんだから!! やってること大陸間弾道ミサイルの打ち上げと一緒ですからね? およそ人間技じゃありゃしないっ!!」

「了解、だったら75で手を打つよ、今日のところはね♡」

「っ!! わかりました、60で行きます! これ以上は引き下がりませんからね!!」

「毎度あり♡」


 やかましい駆け引きの末にワイプの人だかりが消えて、正面モニターの明かりが一段落とされる。

 ただちに秒読みが始まった。


「第一小隊、発進を許可する。さっさと出撃したまえっ!」

 せかすような艦長のンクスの声を合図に、スロットルレバーを全開に押し開けるベアランドだ。

「了解! それじゃベアランド、ランタンっ、こよれり当該戦域に向けていざ発進!!」

 轟音と共に緑色の大きな機体が巨大な巡洋艦の発進口から射出される! 風切り音を伴って空の彼方へと飛んでいくのだった。

 それから若干のタイムラグを置いて、二機の機体がそれぞれに艦を飛び立っていく。

 すべてがぶっつけ本番。

 新人の隊長と新人の隊員による、新型機のみで構成された異色の編成チーム、この本格的な部隊運用がはじまった。

               ※次回に続く……!

ノベルは随時に更新されます。



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ルマニア戦記/Lumania War Record #011

#011

「寄せキャラ」登場!!

※「寄せキャラ」…実在の人物、多くはお笑い芸人さんなどのタレントさんをモデルにした、なのにまったく似ていないキャラクター群の総称。主役のメインキャラがオリジナルデザインなのに対しての、こちらはモデルありきのキャラクターたちです。
 似てない部分をどうにかキャラでごまかすべく、もとい、ノリで乗り切るべくみんなでがんばっています(^o^)

  新メカ登場!!

Part1


「あ~ぁ、まいったなあ! あのクマのおじさんったら、やたらに話が長いんだから、余計なお説教くらっちゃったよ…!」

 ブリッジから直接また元のデッキに戻るはずが、艦橋を出た途端に出くわしたクマ族の軍医どのにがっちりと行く道を阻まれて、そこから思いの外に時間を取られてしまった。
 いざ艦の船底に位置するアーマーの格納されたハンガーデッキに出ると、そこはもうすでに一仕事終わったかのような落ち着きがあるありさまなのに、ぺろりと赤い舌を出してしまう。

「うへぇ、新しい航空タイプのアーマーが空から着艦するところをこの目で見てみたかったんだけど、間に合わなかったか…! ちゃんと無事に着いたんだよね、どっちも?」

 目ではそれと確認ができないが、この足下では何やらやたらにガタガタした物音や複数の気配があるのに、着艦したアーマーが既に専用のハンガーに格納されていることを察するクマの隊長さんだ。
 ならばこれとセットであるはず新人の隊員たちの姿を探すが、この視界にまずとまったのは新顔の犬族ではなく、日頃から良く見知ったオオカミ族の同僚のウルフハウンドであった。
 血気盛んな副隊長はみずからの一仕事を終えて今はしごくまったりとくつろいださまだ。
 そこに迷わず大股で歩み寄るベアランドはただちに明るく語りかける。

「あ、シーサー! もう戻ってたんだ? 無事で何より! それでどうだい、足回りを一新したきみの海洋戦仕様のおニューの機体は?」


 するとデッキの手すりにもたれ掛かってどこかよそを眺めていたオオカミ族は、金属の床を大きく踏みならして近づいてくるずぼらで大柄なクマ族に済まし顔して答えた。

「…ん、ああ、悪くないぜ? あの態度のでかくていけ好かないデカブツのメカニックめ、言うだけのことはあっていい腕をしてやがる。ただ元のノーマルとの換装に丸一日かかるとか言うのがいささか難ありなんだが…」

「ああ、そのくらいはいいじゃない♡ こっちも仕上がりは上々だったよ、偶然出会った敵の新型も軽くひねってやれたしね!」

「ほう? そいつは興味深いな、つまりはそっちのとおんなじ飛行型だろ? てか、どこも新型だらけだな、この艦の増援も新型機だろう? 俺が戻るのとほぼ一緒に入ってきたヤツら!」

「ああ、そうなんだ。でもそれ、あいにくとぼくはまだ拝めてないんだけど、それにつき新人のパイロットくんたちを知らないかい? どっちも若い犬族くんだって言う?? あ、そういやさっきここでは初めて見る顔の士官さんとすれちがったっけ? やっぱり犬族の???」

 のほほんとした隊長の問いに、それにはさして興味がなさげな副隊長の灰色オオカミはやや首を傾げて応える。

「ん、ああ、そういやいたな? マリウスとかっていう、この艦の副官さんなんだとよ。さっき合流したばっかの新型に便乗して今さらのご登場だ。つうかこれまで何してたんだか…」

「へえ、そうなんだ? 確かぼくらより一個上の階級の中尉さんだったよね? えらく深刻な顔してたけど、さては上司がスカンク族の艦長の部下じゃ犬族としてはそりゃ気が重いのかな。ブリッジじゃガスマスク首から下げてるオペレーターもいるし!」

「ふざけた話だな? だがあっちのはそういうわけじゃないんだろ。およそシャレが通じねえって顔してたからな。あと中尉じゃなくて、大尉だったはずだぜ、やっこさん? つうか階級章の見分けくらいひと目でつくようにしとけよ、大将!!」

「あはは! そうだったっけ? ちっちゃいのにやたらゴチャゴチャしてるからわかりづらいんだよ、あれってば。それはさておき、新顔のアーマーのパイロットくんたち見てないかい? ぼくの部隊に編入だから、さっさと顔合わせしとかないとさ♡」

「ああ…まあ、それっぽいの見たには見たが、なんだかな…」

「?」


 かくして何やらやけに白けたさまで視線をよそへと流す相棒に妙な違和感を感じながら、ふたりのパイロットたちが向かった先を言われたとおりにたどる隊長だ。
 相棒の証言のとおり、ちょっと意外な場所にいた2人組の犬族たちへとゆっくりと近づいていく。

 そこでほけっと立ち尽くす2人の新人パイロットたちは、見ればこの隊長であるじぶんの大型アーマーを格納した特大サイズのハンガーデッキを見上げてひたすらに驚いているようだ。
 ふたりとも目がまん丸で口が半開きだった。
 体型やや太めでやたらにふさふさした長毛の犬族に、もうひとりはすらりとした長身でこざっぱりした短毛の犬族である。

 何事か小声でぼそぼそと言い合っているのに、苦笑いで頭のまあるい耳を澄ます隊長だ。
 するとぼさ髪の犬族がおっかなびっくりに軍の秘密兵器たるギガ・アーマーを見ながら言う。

「す、すごいな、こんなの見たことない…! すっごく大きくて、なんかとってもおっかない…!! おれ、おれこんなの動かす自信ない。まるでそんなイメージが湧かないっ…!」

「ああ、確かにな? つうか、なんでこんなにでかくてグロテスクなんだ? こんなんで空なんか飛べるのか? 俺たち飛行編隊に編入されるんだろ。いったいどんな隊長なんだろうな…??」

「あっ、お、おっかないクマ族なのかな、やだなっ…!!」

 ひどくビクついたさまで身を縮こめる毛むくじゃらに、ちょっと冷めた調子で肩をすくめる相棒だ。
 赴任したてで場慣れしていないのが傍目にもそれとわかる。
 見るからにそわそわしたさまの新人たちは、しまいにはこれって何人乗りなんだろうな?なんて頭をひねり始めるのだった。  

 おやおや…!

 およそ軍人らしからぬ世間知らずな学生さんみたいなありさまにはじめ苦笑いがやまない隊長だ。

 言葉の通りで異様な見てくれをしたまさしく怪物アーマーをおっかなびっくりに見上げたまま、こちらにはまるで気付かないのがおかしくもありどこか心配でもあり…。
 それだからせいぜい当人たちを驚かさないよう穏やかな口調で語りかけてやった。

「ふふん、ひとりだよ♡ 通常サイズの汎用型アーマーと一緒で、きみらのとおんなじだよね! と言うか、ふたりともこんなところで何をしているんだい?」

 不意の登場だ。

 これにふたりの犬族たちはハッとこちらを振り返るなりにすぐさま敬礼!

「え、あ、うわっ、じょ、上官どのに、けっ、敬礼!」

「わわわわわっ!!」

 およそこれが軍属とは思えない大した慌てっぷりに、本当に吹き出してしまうベアランドだ。
 じぶんは軽くだけ敬礼を返して楽にしなよと態度でうながす。

「ふははっ! いやいや、そんなに偉くはありゃしないよ♡ ぼくだって言ったらまだ新人さんなんだから! にしてもきみら、ほんとに若いよな?」

 学生にしか見えないよと冗談まじりで言ってやったら、当人たちは思いの外に神妙な顔で黙り込んでしまう。
 あれ、ひょっとして図星を突いてしまったのか…?とやや複雑な心境になる隊長は、あえてそれ以上は触れないで話を戻した。

「…ん、まあ、みんないろいろあるよね! ところで、このぼくのランタン、もとい、ギガ・アーマーがそんなに珍しいのかい? 見てたらさっきからずっと眺めてるけど??」

「あっ、は、はい! て、た、たたっ、隊長どのでありますか!? うわっ…」

「あ、え、わわわわわっ、ごごご、ごめんなさいっ!!」

 それはそれはひどい慌てっぷりにいっそこっちが恐縮してしまうクマの隊長だ。

「あらら、まいったな。何をそんなにあやまることがあるんだい? ま、確かにこんな見てくれではあるけれど、それでもそっちのアーマーほどじゃありゃしないだろう? ブサイクででかくて強面で! さすがは軍部肝入りの新兵器ってカンジだよね♡」

 いまだおっかなびっくりの新人たちだが、それでも長身の方はまだ性格がしっかりしているらしい。ただちに気を取り直してじぶんよりもずっと背の高い大柄なクマ族に向き合う。
 となりのボサボサはごくりと生唾飲み込んだきりだ。

「失礼しました! えっと、その、ひとりで、でありますか? こんなデカブツ、じゃなくて、大型のアーマー! この機体制御ならびに火器管制その他もろもろを、たったのひとりで…!?」

「ぜっ、絶対に、ムリ…!!」

 騒然となる新人たちにでっかいクマの隊長さんはいやいや!とへっちゃらな顔でのほほんと応える。

「もちろん! ま、確かにこのクラスならメインとサブの副座式、いわゆるタンデム型のコクピットシステムってやつが言わばお決まりのイメージなんだろうけど、それはそれでコンビの熟練度ってものが問われるだろ? あとこのぼくに合わせろってのもなかなかにしんどいみたいだしね、あはは♡」

「はあ…!」

「ひ、ひとりでなんてムリだよ! でもこんなおっかないクマ族の隊長さんと2人乗りなんて、おれ、できる気がしない…」

 絶句したり震え上がったりと見ていて飽きない新人たちだ。  
 おかげで強面のクマさんが思わず破顔してしまう。

「おっかなくなんかないよ、いやだな!」

 こう見えて人懐っこい性格なんだから!とウィンクしてやるに、言われたワンちゃんたちはびっくりしたさまで互いの目を見合わせる。
 どうやらこの見てくれも性格もこれまでには会ったことがないタイプの上官であるらしい。おそらくは群を抜いて。
 よって種族や階級の違いなどおよそお構いなしのクマの少尉どのは、鷹揚なさまでまた続けるのだった。

「ま、ぶっちゃけまだ開発途上の機体だから、これってば。それでもうまいことひとりでやれるようにはなっているんだよ? オートパイロットシステムって擬人化AIやら何やら…ま、きみたちにはわかんないよね!」

 屈託の無い笑みでさも頼れる兄貴然とした隊長に、固かった表情が次第にほぐれてくる新人たちだ。
 ベアランドはよしよしとしたり顔してうなずいてやる。

「まあ、要は慣れだよね! こんなブサイクでいかつい見てくれしてるけど、実に頼れる相棒なんだよ。どのくらい頼れるかは、実際に見てのお楽しみとして♡ それじゃ、次はきみたちのも見せてほしいな、期待の次期主力量産機ってヤツをさ?」

 意味深な目付きをくれてやるに、当のふたりはまた神妙な顔つきして互いの目を見合わせる。
 それきり無言だ。
 その微妙な雰囲気をそれと理解する隊長だった。


「ああ、ま、とにかくよろしくね! ぼくらこれからひとつのチームになるんだから。ん、てことで、隊長のベアランドだよ。きみらのことはすでに戦績表(スコア)をもらってるからある程度は把握してるんだけど…えっと」

 ふたりの犬族たちの顔を見比べるクマ族の隊長は大きくうなずいてしごく納得したさまで続ける。

「そうだな、そっちのモジャモジャくんがコルクで、そっちのノッポくんがケンスだろ! 階級はとりあえず准尉で、実はまだアーマーのパイロットになってから一年も経たないんだっけ? なのに新型機のパイロットだなんてふたりともすごいよなあ!!」

 あっけらかんと言い放ったセリフにしかしながら言われた当人たちはただちに恐縮してすくみ上がる。

「い、いえっ、飛んでもありません! 俺たちそんなに大したもんじゃあ、前の隊長からはお互いに貧乏くじを引かされたって笑われてましたから。こんなアーマーをひとりで任されている少尉どのとは比べるべくもありませんっ…!」

「よ、よろしくお願いします! あの、その、ベア……ド、隊長っ…おれ、一生懸命がんばりますっ、まだ知らないことばかりですけど、ケンスと、一緒にっ…」

 よほどのあがり症なのかぎこちない挨拶をする毛むくじゃらの犬族に、こざっぱりした短毛種の犬族があいづち打ってあらためて自己紹介してくれる。

「今日付でこちらに赴任してまいりしまた、ケンス・ミーヤン准尉であります! あとこっちが…」

「あ、こ、ここ、コルク・ナギであります! あ、あと、じゅっ、准尉でありますっ!!」

「うん、知ってるよ。よろしくね♡ さてと、新型兵器の見学会はもう終わりでいいかい? 今度はそっちの新型くんの紹介をしてほしいんだけど、あいにく長旅で疲れてるだろうから休ませてやれってここの艦長からは言われているんだ。てことで、ここは一時解散かな?」

「は、はいっ…!」


 まだ力が抜けていないふたりを楽しく見てしまうベアランドだが、脳裏にふとある人物の顔がよぎってまた口を開く。

「そうだ、あとでこの艦の中をざっと見て回ろうよ、探検がてら! ぼくもここに来て日が浅かったりするんもだからさ…あ、そっか!」


 何かしら思い出したふうな隊長に、目をぱちくりと見合わせる隊員たちだ。
 新隊長のベアランドはペロリと舌を出して見上げてくる犬族たちにいたずらっぽい笑みで言う。

「そうだった、まずは軍医のおじさん先生に、メディカル・ルームに連れてくるように言われていたんだった! そうさぼくらメンタルやフィジカルのケアも大事な任務の一環だろ? ちょっと口うるさくて力加減のわからないおじちゃんなんだけど、性格は温厚で優しいクマ族の大ベテランだから♡」

「は、はあ…」

「また、クマ族…!」

 さては大柄で屈強な輩が多いクマ族に苦手意識でもあるのか、ボサ髪の犬族が青い顔色でうつむく。
 まるでお構いなしのベアランドは笑ってさっさとこのきびすを返した。

「へーきへーき! 見たカンジはとってもチャーミングなドクターだから♡ 案内してあげるよ。ひょっとしたら二番隊の隊長のシーサーもいるかもしれないし! そこで解散だね」

 それきりさっさと大股で歩き出すマイペースな隊長に緊張でシッポが下がり気味の犬族たちがとぼとぼとくっついていく…!

 かくしてこれが何かと問題ありな第一次・ベアランド小隊、人知れずした結成の瞬間であった。

Part2


 翌日、早朝――。

 まだ人気のまばらな艦の船底のハンガーデッキに、全身が濃緑色のパイロットスーツ姿の大柄なクマ族が、ひとり。

 無言で目の前のハンガーに格納される戦闘用の人型アーマーをただじっと見つめていた。
 その全高が10メートルを軽く超えるアーマーは横並びに二体あり、どちらも同じ見てくれと仕様の同型機に見える。
 かねてよりウワサの新型機だ。

 難しい表情で空中機動戦闘特化型の量産汎用機を見上げていたベアランドは、フッと軽いため息みたいなものをついてはどこか冴えない感じの感想を漏らす。

「あ~ん、何だかなあ…! 見たカンジは悪くはないんだけど、どうにも判断てものがしかねるよねぇ? この新型くん♡ 乗ってる子たちに聞いてもあんまりパッとした反応がなかったし…」

 これの専属パイロットである新人の隊員たちは、経験が浅いのも手伝ってまだ新型機の性能を全ては引き出せていないし、満足に把握も出来ていないらしい。

 おのれのと同様に、試験的な運用から実証まですべて現場任せなのかと呆れてしまう隊長に、申し訳なさそうに身を縮こめるばかりの犬族たちだ。

「ふうむ、やっぱり動いてるところを見るのが一番なのかね? 現行の量産型に乗っていた時はふたりともそれなりにいいスコア(戦績)を出してるから、パイロットにはこれと問題がないとして…おっ!」

 ウワサをすれば影で、口に出していた犬族がふたりしてそろってこの顔を出してくる。タイミングばっちりだ。

 どちらも同郷の言えば幼なじみらしいのだが、それが戦闘のコンビネーションを確実なものとする大きな要因であるならば、なんとも皮肉なことだと内心で思う隊長だった。

 背後で気配を感じたままこれと迎えることもなくのんびりと突っ立っていると、ふたりとも今はすっかり落ち着いたさまでこの両脇にそっと寄り添ってくる。
 視線を上に向けたまま、かわいいもんだなとかすかに口の端で苦笑するベアランドだ。

 ほんとに学生さんじゃないか…!

 あえて詳しくは聞かないが、履歴書にある公称の年齢と実際の年齢に少なからぬ誤差があることをあらためて確信していた。

 チラとそちらに視線を向けてやる。

 すると見てくれの暑苦しい毛むくじゃらの犬族は相変わらず冴えない顔つきで、まだどこか眠たそうだ。
 こんなぼんやりしたカンジで個人のスコアで星(ホシ)を少なからず付けているのがにわかに信じがたい思いの隊長だが、それはこれから確かめてやれると密かな楽しみにもしていた。

 他方、相棒とは打って変わってこの性格しっかりとして見てくれもシュッとしたノッポの犬族くんも、短いパイロット歴ながら撃墜マークのホシはしっかりと獲得していた。
 どちらも実際の年齢を考慮したら驚くべきことだと喉の奥でうなるベアランドだ。この現実の言い知れぬ皮肉さ。

 まだ子供なのにね…!

 そんな隊長の複雑な胸の内も知らないノッポくん、しっかり者のケンスがそこで一息つくとハキハキとした言葉を発した。

「おはようございます! 隊長!! ずいぶんとお早いんですね。出撃までまだだいぶ時間がありますが…?」

「お、おはようございますっ、ベア…あ…隊長っ」

 この相棒に続けてどさくさ紛れで声を発したのはいいものの、歯切れが悪くておまけもごもごと尻切れトンボで終わってしまうボサ髪のコルクだ。
 まだ寝ぼけているのか、隣でケンスがあちゃあ!みたいな顔しているのが見なくてもそれと分かった。

 ははん、書類上の経歴でウソはつけても実際は隠しきれないもんなんだよな♡

 内心でまた苦笑いして目線をそちらにくれるベアランドだ。

「ベアランドだよ♡ そっちこそ、早いじゃないか? 実際の出撃命令が出るのはまだ2時間くらい先だろ。とりあえずこの30分くらい前に集合って、そう言っておいたはずなのにさ」

「あ、その、緊張のせいか、目が冴えちゃって、おれたち…! 今さら寝付けないから、いっそスタッフさんたちの邪魔にならない時間にスタンバっておこうかなって…」

 まず臆病者の毛むくじゃらに言ってやるとこれがすぐさま目を逸らされるのを気にしないでもう片方の相棒に向く。
 ケンスはちょっとバツが悪そうな苦笑いで困ったさまだ。
 まさか隊長さんと鉢合わせするとは思っていなかったらしい。

「そっか、ふたりとも相部屋なんだよな。居心地はどうだい?」

 あえてまた右手の太めの毛むくじゃらに向かって言ってやると、言われた当人はビクっと反応しながらしきりとうなずいてつたない返答を吐き出す。

「は、はいっ、と、とっても快適、ですっ、あんなにきちんとした個室は、生まれてはじめてかもっ、べ、ベアランド、隊長…」

 すかさずこの横から個室じゃなくて相部屋だろ!と訂正されるコルクに苦笑いでうなずく隊長のクマ族だ。
 上官の名前がちゃんと言えてるんだから問題はない。

「うん。そっか、そいつは良かった♡ ふたりとも朝食はこれからだろ? 後でみんなでブリーフィングがてらにどうだい。直前じゃゲップが出ちゃうし、みんなで食べたほうがおいしいよ」

「は、はいっ!」

 見てくれのおっかないクマ族の隊長を前にするとどうしても肩から力が抜けない新人くんたちだが、これから実際の出撃を待っているのだから仕方ないと了解する。
 いざひとたびこの船を飛び立てば、そこはまさしく命がけの戦場だ。

「まあ、それはさておき、いい機体、なんだよね…? この面構えはぼくのランタンなんかよりずっと男前だし! まあ、いろいろとビミョーなうわさが飛び交ってる実験機ではあるけれど…次期主力機候補ってのがかなり眉唾(まゆつば)、みたいなさ?」

「…!」

 若くして軍に入隊して(させられて?)まだ右も左もわからないだろう新兵が、それでもうわさばなしくらいはその耳にすることはあるのだろう。
 昨日の少ない会話の中では、ちょっと前まで指揮を執っていた中尉どのはとても部下思いのいいおやじさんだったらしい。
 だったらなおさらだとここはちゅうちょ無くものを言ってやる新隊長だ。

「ちなみに知ってるかい? これって本来はもっとずっと別のところで使うために開発された機体の言わば雛形(ひながた)みたいなもんで、あくまでテストケースに位置づけられるものなんだって? まあ、ホントかどうかはさておいて…」

 振り返って見たふたりの新隊員の内、向かって左のぽっちゃりがうつむくのに対して反対側のほっそりが反射的に何もないはずの天井を見上げたのをそれと確認して、なるほどとうなずく。

 前任者はほんとにいい隊長さんだったんだね♡

「このビーグルⅥ(シックス)は戦場では希な機体でとどまるんだろうけど、だからって見下げたもんじゃありゃしないさ。なんたって軍の技術の粋を集めた機体なんだから! そうだろ?」

「はい…!」

 これにはふたりともしっかりとうなずくのに心配しなくていいよとこちらも力強くうなずく。

「これの本チャンがいわゆるビーグルⅦ(セブン)で、もしそっちに乗る機会があったらむしろラッキーじゃないか。ここでの経験をまんまフィードバックできるし、より負荷がかかる重力大気圏内での運用経験はそれはとんでもないアドバンテージだよ♡ どこでだってきっと互角以上に戦えるから…!」

 言っていること果たして理解できているのかできていないのか、冴えない表情を見合わせる新人たちにともあれで明るく笑うベアランドだ。

「ま、じきにわかるさ! それよりも本来の主力機を手に入れるのが先かな? ちょっと前にそれに近いのと偶然に会敵したんだけど、なかなかいいカンジだったよ。これにはだいぶ手こずったみたいだけど、その分に楽に扱えるよ、きみたちなら…」

 いよいよ顔つきが困り果てるばかりの部下たちに上官のクマ族も思わずこの苦笑いを強める。

「はは、いきなりあれやこれや言われても処理しきれないか! ま、今はとにかく目の前のことに集中すればいいよ。…ん、あっと、またお客さんだね♡」

「…!」

 頭のまん丸い耳を左右ともピクピクさせるベアランドが目でそれと示す先に、犬族たちもそこに新たな気配と足音がするのを察知する。
 また別の方向から軽やかなステップで走り寄ってくる細身のスタッフらしきを怪訝に見つめるのだった。

 その格好からしたら若いメカニックマンらしきは、三人の目の前でぴたりと立ち止まると即座に敬礼する。
 それからハキハキした口調で挨拶を発するのにはビビリの毛むくじゃら、コルクがシッポを立たせて後ずさりした。

「おはようございます! みなさんもうおそろいでしたか、こんなに朝早いのに!」

「ああ、まあね! いざこの船が戦闘空域に突入したらみんなでバタバタするから、落ち着いてやるにはこのくらいからでないとさ。いう言うリドルも早いじゃないか、てか、この新型は受け持ちじゃないよね?」

 事実上、じぶんのアーマーの専属メカニックとしてこの艦に乗り込んでいる若いクマ族に聞くと、それにはまっすぐにまじめな応えを返す根っからの機械小僧だ。

「はい! ですがじぶんもやはり興味がありましたので。スタッフさんが取り付く前にこっそりのぞいてみようと…! あはは、でもまさかこのパイロットの方達に会えるとは思いませんでした! スーツが違うからひと目でわかりますね?」

「ああ、確かにね! ふたりともここじゃ他にいないタイプの新型のパイロットスーツだ。色も全然違うし? でもそれもいろいろと難ありなんだよね?」

 しげしげと頭から足下を見回す隊長に、ふたりのクマ族に見つめられる部下たちはちょっと困惑したさまでうなずく。
 毛むくじゃらはなおのこと深くうつむいてしまった。

「はあ、まあ、おれたちみたいな犬族にはほんとにありがた迷惑な機能ですよね。スーツにトイレの機能を搭載しちまうなんて。みんな嫌がっておれたちみたいな新人に回されてきたようなもんだから、正直、使う気になれないですよ…!」

 げんなりしたケンスの言葉に、おなじくげんなり顔のコルクがひたすらうんうんとうなずく。
 苦笑いでしか答えてやれないベアランドは吹き出し加減だ。

「ふふっ、ニオイの問題は当然クリアしてるんだろ? アーマーにだって簡易式のそれはあるんだから、いらないっちゃあいらないんだけど、さては用を足すヒマも惜しんで戦えってことなのかね? ひどいはなしだよ!」

 冗談ごととじゃないですよとうんざり顔の犬族たちにそのうちに新しいスーツが支給されるよと気休めを言って、ベアランドはリドルを目で示して紹介する。

「丁度よかった、ふたりともこの子、ぼくの専属のメカニックははじめてだろ? リドルだよ。ぼとくおんなじでクマ族の男の子! あと、見ての通りで若いんだけど、たぶんきみらとおんなじくらいじゃないのかな? よろしくしてやってよ♡」

「はいっ、リドル・アーガイル伍長であります! ベアランド隊のチーフメカニックを主たる任務としておりますが、特に新型の少尉どの専用のアーマーを任されております。以後、よろしくお願いします!!」


 言いざままたもやびしっときれいな敬礼するのに、ふたりの若い犬族たちもこれに慌てて敬礼を返す。

「ケンス・ミーヤンであります! どうぞよろしく!」

「ああっ、こ、コルク、ナギであります! じゅ、准尉ですっ」

「あはは、なんだかとっても人柄の良さそうな隊員さんたちですね? 実はもっとおっかないひとたちを想像していたんですけど、良かったです!」

 朗らかな笑みで胸をなでおろすリドルに、ベアランドは肩を揺らして合点する。


「ははは! でもこう見えてもふたりともとっても優秀なんだよ? ちゃんと星も持ってるし、こうして新型機を任されるくらいなんだから! ま、リドルもアーマーの操縦はできるし、ホシだって持ってるんだからどっこいどっこいなんだけど!!」

 豪快に笑ってぬかした隊長のセリフに、だがこれを聞かされる周りの犬族たちがただちに色めき立った。
 ギョッとした顔で目の前に立つ若いメカニックマンをひたすら凝視してしまう。

「は、はいっ? このメカニックマンどの、撃墜マークを獲得しているのでありますか?? おれたちと同じ戦場で!??」

「え、え、ええっ、なんで?? メカニックなのに…???」

 ひどい困惑とともにジロジロと見つめられて、当の細身のクマ族の青年はこちらもひどい当惑顔でこの身をすくませる。

「あ、いえ、その…! ベアランドさん、そのはなしは無しでお願いします。このぼくも欲しくて獲ったものではないので…」

「?????」

 なおさらギョッとなる犬族たちに苦い笑いを向けて曖昧に肩をすくめる隊長だ。あらためて三人に向けて言ってやった。

「はは、まあ、いろいろあるんだよね、人生! それはさておき、朝食にしようか。みんなそろったんだから丁度いいや。リドルはこの機体がお目当てなんだろうけど、パイロットの生の意見や感想を聞くのもきっとためにはなるだろう?」

「あ、はい! それはぜひとも。よろしいでしょうか?」

 いかにもひとのよさげであどけない表情のクマ族のメカニックマンの言葉に、こちらもまだあどけなさが残る犬族の新人パイロットたちが目を見合わせる。頭の中は大パニックだ。
 もはやうなずくより他になかった。

「ようし、それじゃあみんなでレッツ・ゴー!! まだ出撃までには時間があるからたらふく食べようよ、あといろいろと楽しいミーティングもね? 聞きたいこといろいろあるんだ♡」

 これよりおよそ二時間後、ベアランド小隊は初出撃することとなる…! 




記事は随時に更新されます!

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Lumania War Record Novel オリジナルノベル SF小説 キャラクターデザイン ファンタジーノベル メカニックデザイン ルマニア戦記 ワードプレス

ルマニア戦記/Lumania War Record #010

#010

「寄せキャラ」登場!

 ※「寄せキャラ」…実在の人物、多くはお笑い芸人さんなどのタレントさんをモデルにした、なのにまったく似ていないキャラクター群の総称。主役のメインキャラがオリジナルデザインなのに対しての、こちらはモデルありきのキャラクターたちです。
 似てない部分をどうにかキャラでごまかすべく、もとい、ノリで乗り切るべくみんなでがんばっています(^o^)

 「新メカ」も登場!

Part1

 空はどこまでも澄んで、穏やかだった。

 眼下に広がる海も、見渡す限りが青く穏やかに見える。

 その最果ての水平線が、空と交わる先でゆるいカーブを描いているのをそれと実感。ここがおよそ戦場とは思えないほどに、今は全てが静かに落ち着き払っていた。

 かくしてそんなのんびりとした雰囲気に釣られて、軽い鼻歌交じりに周囲の景色、ぐるりとみずからを取りまく大小のモニターを見回す犬族のパイロットだ。
 それはご機嫌なノリで意味も無く手元のコンソールパネルのスイッチをガチャガチャといじくり回す。

「ふーん、ふっふ、ふんふん、ふんのふんのふんっと…!」

 まったく意味のない動作の連続で、無意味な操作音がピッピとコクピット内に鳴り響く。シートベルトでがっちりと固定されたシートの背後から、細長いシッポの先がブンブンと振れていた。

 本当にご機嫌なさまだ。

 あんまり調子に乗って機体の推進制御レバーにも手が触れたらしい。微速前進で空中に安定していたはずの機体が突如、ビクッと姿勢を崩すのに、ちょっと慌てたさまで両手をレバーに戻して機体の水平を保つ。

 苦笑いでぺろりと赤い舌を出すビーグル種の犬族だ。

「おっと、あかんあかん! 調子に乗ってもうた。これからガチの戦闘やのに!!」

 ピッと不意に短い電子音が鳴って、同僚の機体からの通信、茶々が入った。すぐ斜め後ろをおなじく微速前進で追従する相棒の犬族のパイロットの、これまた調子のいいツッコミだ。

「どしたん? ずいぶんとご機嫌やけど、なんかええことあったんか? これからバトルやのに?? 浮かれとる場合ちゃうやろ」

「ああっ、せや、せやけどいいカンジやろ? これのどこが戦争なんだかわからへんぐらいに平和になっとるやん! ほな鼻歌のひとつも出てまうわ」

「今だけやろ? よそのエリアじゃもうバリバリ戦闘に入っとるらしいで。なんや新型の空飛ぶ戦艦が入ってきもうて、ごっついアーマーも投入されとるらしいやん!」

「せやな。この万年戦闘水域の中心、本島のロックスランドをあっさり一日で落としたんやったっけ? あないに苦労して占領したのにムカつくわあ! ほんまにどついたろか」

 苦笑いがさらに強くなる犬族、モーリィは正面のモニターの中で小さく区切られた窓の中の相棒に、皮肉っぽくみずからの右のほほのキバをニィッとむいてみせる。

 おなじく苦笑いの相棒、こちらもまだ若いのだろう毛足の長い特徴的な顔つきをした犬族のリーンは、茶目っ気のある笑みで返す。

「好きにしたらええやろ! それよかそろそろみたいやんな? 早速レーダーにひとつそれっぽい反応が入ってきとるやろ?」

「さよか! ほな、ぼちぼちいったろか!」
 

 ビピッ、ピッピッピッピ!

 正面から右手のモニターにバストアップの映像が移った相棒が言った通り、自機のアーマーのレーダーサイトに反応がひとつ引っかかったことが、今しもアラームの警告音(ビープ)で知らされる。

 こちらよりまたさらに上空の空におかしな反応がひとつ。

 正面のモニターに映し出されたその映像にみずからの突き出た鼻先をひくひくとひくつかせる犬族だ。はてと小首を傾げながら、怪訝なさまで独り言めいた言葉をつぶやく。

「あれぇ、なんやようわからんヤツがおるわあ? なんやあれ、やけにいかつい見てくれしとるけど、あんなんこっちのデータベースに載っておらへんやん? アンノウンやて!」

「みたいやんなあ? こっちもおんなじ、ノーデータや! 現在、諸元とこの想定される性能を解析中……あ、そやから詳しう解析するためにようモニターしてくれっちゅうとるぞ?」

「知らんわ! そんなのこっちの知ったこっちゃあらへん。なんで命がけの戦闘しとる最中にそないなことせなあかんねん! わしらまだ予備軍扱いで、正規には採用されとらへんのやさかい」

「そやんなあ、それがいきなりあないな新型の敵さんと会敵なんて、しんどいわあ! どないする? ま、アーマーがピッカピカの新型なんはこっちも一緒なんやがのう」

「はん、新型っちゅうてもこないなもんは実験段階の開発途上機やん。そやからわしらみたいなペーペーでも任されとるんやし、それやのにあっちはやけにいかつない? もうちょいズームで、うお、でかっ! めっちゃごっついやん!! なにあれぇ?」

「うわ、なんかきしょない? なんであないなでかいもんが平気で空飛んでんねん? わいらのアーマーのサイズの優に倍はありよるで? ほんまに何で飛んでんのや、ローターエンジン付いとるか? ジェットドライブやったら燃費悪すぎやろ!」

「なんか、飛んでるゆうよりも空に浮いてるカンジせえへん? マジできしょいわ、わけわからへん。マジでどないしょ」

「逃げるわけにもいかへんもんなあ? 仮にも新型機で出撃しといて。この「ドラゴンフライ」の性能も見とかなあかんやろ? なんか大人とこどもくらいも機体に体格差あるんやけど」

「ドラゴンフライて、トンボやったっけ? あっちからしたらこないなチャチな機体、まさしく「かとんぼ」にしか見えへんのちゃうか、まともな足もついとらへん中途半端なもんは? 足っちゅうか、こんなんただのほっそいほっそい棒やん!!」

「空飛ぶんには足なんてあっても邪魔なだけなんやろ? 空中じゃ歩かれへんのやさかい、そやったらそないなもんは、ないほうが身軽になって飛びやすいっちゅうわけで!」

「言いようやんな! まあええわ、よっしゃ、それじゃその身軽なん使こうてふたりで一発かましたろか! あっちはあんなんやから素早くなんか動かれへんのやろ? 見てくれおっかないだけで図体でかいだけのでくの坊や。ははん、だったら楽勝やん!」

 息の合った掛け合いで漫才みたいなやり取りを一息に決めて、モニターの中の敵影にこれと視線を定める犬族のモーリーだ。
 自分がリーダーだとばかりに盛んに意気を吐くが、これにちゃっかりしたお調子者らしい相方が、それはそれは好き勝手な言いようほざいてくれる。

「ふたりっちゅうか、まずはひとりでいっときぃ、じぶんが! そのあいだにこっちでしっかりモニターしとるさかい、存分にその新型の力を試してみぃ! そしたらついでにそれもモニターしたるから、なんや、これってまさに一挙両得やんな?」

「は? いやいやいや! 何を勝手を言うとんねん?」

 まるでひとを使いっ走りみたいにそそのかしてくれるのに慌てて抗議するのだが、相手はまるで聞く耳を持たない。

「ないないっ、あんないかついもんに単機で突っ込むなんて自殺行為やろ! ふたりで挟み撃ちするくらいでないと無理やて、わしひとりでまんまと返り討ちにあったらどないすんねん?」

「そん時はさっさとトンボ帰りやわ! ほなさいなら!!って、ドラゴンフライなだけに? うまいこと言うたやろ? ほな、まずはひとりでいっときぃ、遠慮せんでええから、ほら、あちらさんもあないに手持ち無沙汰なままでじぶんのこと待っとるでえ? せやから今がチャンスやて!!」

「なんのチャンスやねん? あほちゃうか?? むりむり、あかんあかん! 死んでまうて、見れば見るほど、まともちゃうやんか! あないなグロいバケモン……あ!」

「あ、感づかれたんちゃうんか? じぶんがさっさと行かへんさかい、とうとうあちらからご指名がかかったんやな。ほな、ひとりでいっときぃ」


「なんでやねん!! おおい、マジで来よったで! 完全にロックオンされとるがな! あほなこと言うとらんでさっさと応戦や! 漫才ちゃうんやからつまらんボケは通用せんで、うお、マジでごっついやん!! シャレにならんて!!」

「しんどいわあ~、じぶんほんまに手の掛かる子やんなぁ? しゃあない、後ろから援護したるさかい、前衛はまかせたで!」

「なんでやねん!!」

 コクピット内にやかましい警告音が鳴り響く。
 それを戦いのゴングと了解して、ただちみにみずからの正面の操縦桿を握りしめるビーグルだ。モニターの向こうの相棒に目配せして、ガチの戦闘に入ることを互いに確認!

 二機の新型機がおのおの左右に分かれて旋回上昇軌道に入る。

 未知の敵との遭遇。

 かくして息つくヒマもない銃弾とビームの応酬が前衛芸術さながら、青一色の空のキャンバスにくっきりと描き出される。

 「戦争」がはじまった。


Part2
 主人公登場!!

 主役のクマキャラ、若いクマ族のパイロットのベアランドです。初代から数えてこれでテイク4くらいですね!

若いメカニックマンの男の子、リドルははじめの見てくれがかなり雑だったので、下のキャラに顔だけリテイクしています。
 作者的にはそれなりにお気に入りです♡

 Part2

 今はまだ、静かな世界だ。

 空も、海も、果てしなく青く、ひたすらに広がるばかり。

 ここは大陸からはかなり離れた沖合の海洋だ。
 本来ならどこの国にも属さない中立の公海水域なのだが、今やそこは広範囲にわたって敵味方が入り乱れる戦場と化していた。

 元は岩山ばかりが目立つ小さな小島と、その周りをぐるりと取り囲む形で配置された、人工の島々、ギガ・フロート・プラットフォームで形成された、世に言うルマニアの『拡大領域』だ。

 端的に言ってしまえば、海に浮かべた正方形や長方形の巨大なプラットホーム、ギガ・フロート上にそれぞれ任意の構造物を建造した前線基地とその周辺施設群なのだが、今やこの半分が敵方の手に落ちているというのがその実のところである。

 いざ無理矢理に領有権を主張したところで、本国から遠く離れた離れ小島は、地続きでないだけに援護や補給がままならない。

 大陸西岸の属州の港湾で補給を終えて、すぐさまこの混乱した戦線に加勢した巨大な空飛ぶ船艦のはたらきで、この中枢の小島の要塞は見事に奪還したものの、これを中心に西と東で支配権が分かれるフロートの各施設をただちに攻略および守護!

 そこかしこに潜伏する敵を掃討するのがみずからの役目である若きクマ族のエースパイロットは、周囲の青一色の景色ばかりを映し出すモニターに視線を流しながら、何気なくしたひとりごとを口にする。


「う~ん、こうして見てみるに、どこにもこれと言った戦艦らしき影が見当たらないなあ……! でっかいのがこれっぽっちも。友軍もそうだし、敵軍の戦艦、潜水艦なのかな、どこにもそれらしい気配がないんだよねぇ。頼みのレーダーはどれもさっぱり無反応だし。どうしたもんだか……」

「はい? 戦艦、でありますか? 友軍となると、ジーロ・ザットン将軍のものでありましょうか? 確かどちらかのフロートに付けているらしいとは聞いておりますが? それと少尉どの、こちらのトライ・アゲインとおなじで、最新鋭の航空型巡洋艦だったと記憶しておりますが……」

 今は離れた母艦からの応答、通信機越しの見知ったメカニックマンからの返事に、ちょっと小首をかしげてまたこれに応じる。

「まあね? この戦域の指揮を任されてるトップの指揮官なんだから、もっと目立つところに陣取っていてほしいんだけど、切れ者で何考えてるかわからないところがあるからさ、あのおじさん♡ ぶっちゃけ悪いウワサもバンバン飛び交ってるからね! いざとなったら手段を選ばない、冷血艦長の悪党ジーロって!!」

「あはは、そうなのでありますか? 恐れ多くてじぶんの口からは何とも。ですがあちらも目立つ最新の大型戦艦なのですから、よほど高空を飛んでいない限りは目で視認ができないだなんてこともないものだと思われます。かろうじてレーダーの目はごまかせたとしても?」


「うん、ぼくもそんなにお間抜けさんではないからね? まさか海の中に潜っているだなんてことはないはずだから、やっぱり巧妙に隠れているんだよね。となると、あやしいのはいっそあの本島のロックスランドの入り組んだ岩礁地帯か、もしくは……!」

 やや考えあぐねるクマの少尉どのがそう言いかけたさなか、不意にピピピッ!と甲高い警告音がコクピット内に鳴り響く。

 レーダーに反応あり! つまりは敵と遭遇したことを示すものだった。これに通信機の向こうで息をのんだ気配があり、ちょっと緊張したさまの若いクマ族のメカニックマンの声がする。

 今現在、自機がいるのがわりかし高空なのと、周囲に敵影がなかったので妨害電波らしきもないらしく、遠くの母艦で留守番している若いクマ族のハイトーンな声色がきれいに聞こえていた。

「反応、ありましたか? はい、こちらでも確認しました! ギガ・アーマー、二機の模様です。状況からして少尉どのとおなじ飛行型タイプでありますね。あれ、でもこれって……」

 まだ実験開発段階の都合、こちらの機体状況をつぶさにリアルタイムでモニターしている機械小僧のちょっと戸惑ったさまに、釣られて苦笑いのベアランドも太い首をうなずかせてまた言う。

「うん。ノーデータ。『アンノウン』だって! いきなり未確認の機体と遭遇しちゃったよ! いわゆる新型機ってヤツだよね。まいったな、てか、新型で正体不明なのはこっちもおんなじなのかな? あれって見たところどちらも同型の機体だよね、なんかえらい見てくれしてるけど……!」

「えらい見てくれ、でありますか? こちらでは画像の解析がまだできていないのでわかりませんが、飛行タイプのアーマーならば比較的小型、軽量級なのでありましょうか??」

 メカニックマンの推測に小首をかしげて目の前のモニターをのぞき込むクマのパイロットは、何やらあいまいな返答だ。

「う~ん、そのどちらもだね! なんか中途半端な見てくれしてるよ。やけに? なんなんだろ、ボディと飛行ユニット、あれってロータードライブなのかな、今流行(はやり)のさ? そこだけそれなりしっかりしているんだけど、それ以外の手足がオマケみたいな感じでくっついてるよ。脚なんかあれってばただの『棒』なんじゃないのかな??」

「はい? 棒、でありますか?? いやはや、まったくわかりません。少尉どのっ、新型機ならばなるべくこの性能と仕様をモニターするべきなのでしょうが、随伴するサポートの機体がいない今の状況ではいささか難しいものがあります。こちらでなるべく解析トレースしますので、無理のない機体運用をお願いします。そのバンブギン、いえ、ランタンもこの性能試験の真っ最中でありますので!」

「わかってるよ! とにかくいざ会敵したからには真っ向からやり合わなけりゃならないんだから、おのずとデータも入ってくるさ! 相手がひ弱な見た目だからって、遠目からビームの一発で終わらせようだなんて横着はしないから。それじゃこの子の運用データもろくすっぽ取れないしね?」


「了解! 敵影、どちらも動きに変化ありませんが、こちらには気づいているものと思われます。いかがいたしますか?」

「どうするって、こちらから仕掛けるしかないんだろう、この場合は? さいわいあちらさんの頭上を押さえているからやりやすいよ♡ それじゃあ行ってみようか、そうれっ……!!」

 言うなり躊躇なく手元の操縦桿を思い切りに押し倒す少尉どのだ。それによりアーマーとしてはかなり大型なみずからの機体が頭から前のめりに空中をダイブ! こちらよりは低空を飛んでいる二機の敵機めがけて一気に突撃する体勢に入る。

 戦いがはじまった。

 さすがに空中での格闘戦はまだ慣れていないので、機体に装備されたビームカノンを相手めがけて一斉射!!

 この頭上からの不意の攻撃にあって、相手機はどちらも泡を食った感じでひょろひょろっとそれぞれが回避機動に入る。
 ほんとうにひ弱なカトンボみたいなありさまだった。
 ちょっと拍子抜けしたクマのパイロットは、目をまん丸くしてそんな相手のありさまをしげしげと見入る。


「なんだい、あんまり統制が取れてない感じだな、どっちも? ひょっとしてまだペーペーの新人くんだったりして?? あんまり攻め気を感じないんだけど、ちょっとおどしたらあっさりと逃げ出したりするのかな……? まあいいや、とにかくやることやるだけだよね!」

 そんな考えているさなかにも、頭上のスピーカーからはすかさずに若いメカニックマンによるのサポートが入る。

「少尉どのっ、敵機、二手に分かれました! さては挟み撃ちするつもりなのでしょうか? ですがそのランタンに装備されたカノンはほぼ全ての方位に向けて射撃が可能なので、どうか落ち着いて対処願います!!」


「はいはいっ、わかってるよ! 誰に言っているんだい? 余計な茶々は入れないでいいから、黙って相手のモニターに専念しておいでよ。こっちは心配ご無用! ぼくとこのランタンにお任せだね!! とにかく慣れるだけ慣れないと、相手がガンガン攻め込むタイプじゃないみたいだから、まずは距離を取っての打ち合いに専念するよ。両手のハンドカノンの威力をできるだけ発揮させるから、そっちもちゃんとモニターしておいておくれよ!」

「了解!!」

 自機の周りをぐるりと取り囲んで、互いに一定の距離を置いたまま時計回りに旋回する二機のアーマーに、対して機体の両腕に装備されたハンドカノンをぬかりなく構えて冷静に狙いを定めるベアランドだ。

 相手はやはり警戒しているものらしく、あちらからはいまだ仕掛けてくる様子がない。通常のそれよりも大型で、異様な見てくれしたこちらのさまに多少なりとも動揺しているのかもしれないと思うクマの少尉どのだ。さてはまんまと萎縮している感じか。

「ああん、やっぱりやる気が感じられないなあ? そうかい、だったらこっちからガンガン攻めさせてもらうよっ!!」

 2対1と数では劣勢だが、決してこの分は悪くないとみずからの腕前と機体の性能にそれなりの自負がある大柄なクマ族は、ペロリと舌なめずりして自分から見て右手にあるモニターの中の機体にこの意識を集中する。

 まずは一機ずつ、着実に対処するつもりで利き手のレバーのトリガーをゆっくりと引き絞った。
 直後、赤い複数の閃光弾が青空にまっすぐの軌跡を描いて走り抜ける! その先には標的となった見慣れない灰色のアーマーが、複雑な軌道を描いてこちらもただちに回避機動に転じる。
 ひとの手に追い立てられる、それこそ虫の蚊もさながらにだ。

 全弾回避! ハズレだった。

 それなりに狙いを定めたつもりのクマの少尉は、チッと小さな舌打ちして見かけ通りの身軽な機体を恨めしげに見やる。
 運動性能はかなりのものらしい。やはりそんなに簡単にはいかないかと、どこか余裕ぶっていた気持ちをグッと引き締めた。

※以下、挿絵の作製の段階ごとに更新したものをのっけていきます(^^) これまでは随時に画像を差し替えていたのですが、試しにですね♡

 もとの雑な構図の下書きに、もうちょっと具体的なイメージを書き込みました。でもまだまだざっくりしてますね!

 さらに描き込み♡ ちょっとわかるようになってきたでしょうか? これをさらに具体的に描き込みできればいいのですが、最終的な着地点は決まっていまいちびみょーなところに収まるのがシロートの悲しい性です(^_^;)

 とりあえず下絵は完了? 色まで付けられるかはビミョーです。べた塗りくらいはできるのか?? 色つけの課程も随時に公開していく予定です。ちなみに作画の課程はツイキャスとかで無音で公開していたりするので、興味がありましたら♡

 主役のクマキャラ、ベアランドだけベタ塗りで色を付けてみました(^^) 余裕があったらもうちょっと加工してそれっぽくしてみたいのですが、かなりビミョー、たぶん単純なベタ塗りでおわってしまいそうです。ちなみにインスタライブでやりました♡

 全体べた塗りしました(^^) これで合っているのかどうか作者ながらにビミョーです(^_^;) これより先に加工するかはまだ未定ですね…!


 他方、ベアランドからの猛攻に追い立てられる哀れなカトンボの立場のアーマーパイロット、見た目はとかくメジャーな犬種の犬族のモーリィは、悲鳴を上げてジタバタわめきまくる。
 狭いコクピット内に警告音と鳴き声がやかましく交錯する。
 端から見たらばまったく訳がわからないありさまだった。

「おわわわわっ、あかんあかんあかんあかん! なんでそないにぎょうさんビームばっか撃ちまくってくんねん!? しかもこのわしにだけ!! 不公平やろっ、あほんだら! あっちの相方のほうにも何発か見舞ったれや!!」

「なんでやねんっ! そっちでなんとかしいや!!」

 モニターの真ん中にでんと居座るでかい機体に向けて思わず口走ったがなり文句に、相棒の犬族からすかさず苦笑い気味のガヤが入る。
 現在、大型の敵のアーマーを挟んで対極に位置するこちらと同型のアーマーは、ひとりだけ我関せずのひょうひょうとしたありさまでのんきに空を飛んでいるのを苦々しげににらみつけるビーグルだ。ひん曲がった口元からうなり声がもれた。

「うぬうううっ、そやったらちょっとはじぶんも援護しいや! なんでわしだけこんないにガンガン派手にビーム当てられやならへんのや!? まだ当たってへんけど!! でもこないにきつうやられたら反撃もままならへんやろ!! おわあっ!?」

 言っているさなかにも、相手からは盛大なビームのシャワーがひっきりなしにこれでもかと送られてくる。とんでもない大出力のハイパワーエンジンを搭載していることをまざまざと見せつけられる思いの犬族だった。

 通信機越しの相棒がまたもや驚きのガヤを発する。
 いたってのんきな言いようがこれまたしゃくに障るビーグルだ。

「あちゃちゃ、マジでシャレにならへんのちゃう? こっちの射程圏内の外からでも余裕のパワーがありそうやん! おまけに三発四発、同時に見舞ってきよるもんなあ!? あんなんじぶんようよけきれとるわ!!」

「感心しとる場合ちゃう! マジで蜂の巣にされてまうやん!! どないしょっ、ちゅうか、じぶんも相手の背後(バック)取ってるんやから反撃せいや!! なんでわしだけひとりでこないないかついバケモンの相手をさせられにゃならんねん!!?」

 もっともな訴えに、仲間の犬族はやはりしれっとしたさまで応じてくれる。もはやかなりすっとぼけたものの言いようでだ。

「無理やろ。あいにくこっちの射程圏内の外っかわに敵さんおるんやから? 撃っても届かへんて。危なくて近寄れへんやろ。新品のアーマーを傷だらけにしてもうたら怒られそうやしなあ!」

「何言うとんねん! 戦争やぞ、ガチの!! ちゅうても確かにあぶのうて近寄れへんか! このアーマーの装備じゃミドルレンジのハンドガンがせいぜいやけど、あっちはバリバリ、ロングレンジのキャノンの威力かましてるやん! マジ反則やて!!」

 今や逃げ惑うばかりのまさしくカトンボのアーマーだ。
 味方からのまともな援護も望めないままに、絶望的な逃避行を続けている。敗色は濃厚だ。それを見て全てを悟ったかのごとく、相棒の犬族がしれっと問うてくる。

「どないする? さっさとシッポ巻いて逃げてまうか? 敵さんどんくさい見た目しとるし、スピードやったらこっちが上みたいやんか、そやったらいくらか援護したるで??」

「マジか!? じぶんすごいな!! そういうところ、ほんまに尊敬してまうわ!! でも一発も見舞わないまんまに逃げ出すんいうんはあかんやろ? 取り上げられてまうで、この新品の新型アーマー! どれだけ使いもんになるかわからへんのやけど?」

「じゃあ、やれるだけやってもうて、さっさとバックれんのがええんちゃうか? 射程圏外からでも無駄ダマ、バリバリ撃ってまうノリで? あちらさんはそれほど本気な感じがせえへんから、いざ背中見せて逃げ出しても追っかけてこうへんのちゃう??」

 もはや身もフタもない言いようにしまいにはうんざりするモーリィだが、内心ではそれが正解かと判じてもいるらしい。

「納得いかへんわあ、理不尽ここにきわまれりっちゅう感じやん? いざ新型で出撃したら、あないにわけのわからへん新型に鉢合わせするなんちゅうんは! なんかわしだけ目の敵にしとるし!!」


 完全にさじを投げた調子の相棒の意見にいやいやで同調する、こちらもまだ新人のパイロットだ。機転と経験で現状を打開するよりも逃げるが勝ちと相手機との距離を取ることに専念する。

 攻撃はもはや二の次だ。

 かろうじて敵の背後を取っている相棒の機体が形ばかりの援護射撃をくれたらば、それを合図に即座にこの場をとんずらするべく、前屈みでモニターの中の大型の緑色した機体を注視する。

 対してこれを迎え撃つクマ族の若いエースパイロットは、数で勝るはずの相手がそのくせ逃げ腰なのをはっきりと見て取って、とうとう呆れたさまの物言いだ。

「あらら、これじゃ勝負にならないね? 相手さん、完全にやる気がありゃしないよ、逃げてばっかりでろくすっぽ撃ってこないもん! こんなんじゃ敵のアーマーのモニターどころかこっちの性能試験もままならないや。どうしたもんだか……」

 乗り気がしないさまではたと考えあぐねるのに、こちらも若いクマ族のメカニックがスピーカー越しにもそれとわかる、いささか戸惑い加減で言ってくれる。

「少尉どの! あまり戦いを長引かせればこちらの機体の機密を敵軍に無駄にさらすことにもなりかねません。距離を置いての戦いはこちらも得意とするところではありますが、できるなら一気に間を詰めての早期の決着を考えたほうがよいのでは? 片方が墜ちればもう片方には逃げられる可能性が高いのですが…!」

「ああ、まあそれは仕方がないよ。ぼくもホシを稼ぐばかりが能ではないからね! この機体は確かに万能で性能が高いけど、だからって殺戮兵器じゃないんだから…!! これってただのきれい事かな? ま、それじゃ、見ててごらん!」

 どうやら何事か決意したさまで左手のモニターの中のメカニックマンにチラリとだけ目配せすると、いざ正面に向き直って高く意気を発するクマ族だ。

「さあてお立ち会いっ、初見の相手はみんなこぞって度肝を抜かれること受け合いだよ! このランタンの攻撃パターンの多彩さをぞんぶんに思い知らせてやるさ、それじゃ狙いをしっかりと定めまして……ん、いくぞ!!」

 モニターのど真ん中に捉えたくだんの敵アーマーにしっかりとロックオンしたことを確認するなり、そこにまっすぐに突き出したみずからのアーマーの右手と、すかさず怒号を発して利き手のトリガーを思いっ切りに引き絞る!!

「食らえっ、ロケットパアアアアアアアアーーーンチ!!!」


 かくして戦場は大混乱の様相を呈するのだった。

 相手のひっきりなしのビーム攻撃からほうほうの体で逃げ回る犬族だが、不意に何かしらの嫌な気配を察するなり、コクピット内に鳴り響く警告音にびっくりしてこの背後を振り返る。

 バックに配置された中型のモニターには少し距離を置いてこちらを追いかける大型の飛行アーマーが、そこでなにやらしでかしているのを激しいライトの明滅とともに知らせてくれる。

 ビームではない、何かが急接近しているのがわかった。

 かくしてそれが相手の腕から繰り出された、それはそれはどでかいゲンコツのグーパンチ、まさしく『ロケット・パンチ』だと見て取るや、この全身がひいいっと総毛立つビーグルだ。

「ななななっ、なんそれ!? うそやろっ、あかんやつやん!! マンガちゃうんやから、ロケット・パンチなんて反則過ぎるやろ!!」


 まっすぐにこちらめがけて飛んでくるでかい右手首、巨大な鋼鉄のカタマリに恐れおののくモーリィは、必死にペダルを踏み込んで機体を急旋回させる。追尾式だったらアウトだが、そこまでマンガではないことを心の底から願った。スピーカーからさすがにこちらもちょっと慌てたさまの相棒の声がする。

「なんや、そないなビックリ機能があったんかいな! ドッキリやん! 離れてて正解やったわ!! でもうまいことよけられたみたいやで? あっさり通り過ぎてるやんか、おまけにカウンターのチャンスやったりして!!」

「簡単にいうなや! でもそやったらこのスキに一発食らわしたるわ! じぶんもよう援護せいよっ、ん、なんやっ、あわわわわわわわわわわわっ!?」

 ぐるりと機体を旋回させてどうにか立て直した視界の先に浮かぶ謎のアーマーめがけて、すかさず手持ちのハンドガンを狙おうとしたところ、またしても激しいビープ音に見舞われる!

 なにもないはずの背後からの不意の警告に、ギョッとして振り返るビーグルの顔に絶望の影が走る。


 どうにかやり過ごしたと思ったはずの巨大なグーパンチからのしつこいビームの一斉射撃だ。完全に裏をかかれていた。

 これをよける間もなく機体に激しい振動を感じて肝が冷える。

 機体を襲う激しい揺れに背後に備えたフライトユニットが一部被弾したこと、画面に激しいノイズが走るのに頭部のカメラも被弾したことを一瞬にして理解すると、右手に装備したハンドガンを宙に投げ出して機体を急降下、海に墜ちるくらいの覚悟でその場からの緊急離脱をはかる!!

 命よりも大事なものはないとそれだけが頭の中にあった。

「ひいっ、そんなん反則やんか! よけたパンチから攻撃しよるなんて、卑怯すぎるやろこのあかんたれ!! 助けてくれっ!」

「おう、そやったら多少は稼いでやるからさっさと機体を立て直しい! まだキズは浅いやろ!! 基地までならギリギリ帰れるはずやっ、相手の注意を引いてやるさかい、ん、こっちに来よったで、ホシには興味がないんちゅうんかい、ええ根性やの!!」

「おおきにっ、おいっ、死ぬんやないぞ! 枕元に立たれてもしんどいわっ!! おわっ、また行きよったで、今度は左手のロケット・パンチやん!!」

 意気が合った犬族のコンビは口やかましい掛け合いがますますヒートアップする。いつもひょうひょうとしていたはずの相棒がいつになく熱いさまで口からツバ飛ばしていた。

「そないにワンパターンな攻撃を何度も食らうかいっ、追尾式でないならそないに出所がはっきりしとるテレフォンパンチなんて当たらへんてっ! よいしっょ、よけたで!! 背後から食らわされる前に一発見舞ったる!! そうれや!!」

「おうっ、やったやん! て、まるで効いてへんやん!! 当たってるよな、今のそのハンドガンの弾? あ、ちゅうかまさかあの敵さん、バリアっちゅうやつまで備えとるんか!?」

 意気盛んに食らいつく相棒の奮闘ぶりを目を丸くして見つめるビーグルの目つきが途端に怪しげな半眼のそれになる。
 旗色が悪いのはどう見ても変わらないようだ。

「くうっ、まだまだあるで! 胸のキャノンはハンドガンと威力がよう変わらへんから、この頭のレーザー食らわしたる!!」

「そないなもん効果あるんか??」

 他方、終始距離を置いてまるでやる気がなかったはずの敵のアーマーが俄然やる気を出して食らいついてくるさまに、ここに来てちょっとだけ感心するベアランドだが、いかんせんこの戦力差はどうにもならないなと内心で肩をすくめていた。 

「ああん、これはいよいよもって弱いモノいじめになってきちゃったね? モチベーションが下がることおびただしいよ! ん、てかあのアーマーの頭で赤くピカピカ光ってるのって、いわゆるレーザーなのかな??」


 やる気だけはあるようで、そのクセさっぱり空回りしている相手の機体のさまを不可思議に見やるが、それならばとこちらも手元の操縦桿を引き寄せてモニターの中のターゲット・スコープに狙いを付ける。

「なんか弱々しいけど、実は対人用だなんて言いやしないよね? 対アーマーだったらこのくらいの威力はないと! それ!!」

 いかつい大型アーマーのクマの頭部を模したような不細工なヘッドの左右の耳、もとい近接射撃用のビームカノンが激しく火を噴く!
 これには大慌てで機体を急降下させる敵の飛行型アーマーだ。

「あかんわ! まるでお話にならへんっ、こんなん大人と子供の力比べやんかっ、まるっきり!!」

「おうっ、もうええで! ええからさっさと逃げてまえっ、こないな化け物とやりあう義理なんてわしらみたいな安月給の非正規雇用にはあらへんわっ! バリバリ給料もろてる正規軍のひとらにやってもらお!!」

「ほんまやんなあ! あやうく死んでまうところやったわ、ちゅうか、シッポ巻いて逃げるっちゅうんわこういうことを言うんやんな! ほな、さいなら!!」

「おう、もう二度と会わへんで!!」

 ふたりの犬族は捨て台詞を吐くなりに最大戦速で戦域からの離脱、脇目も振らずに空の彼方へと消えていく。ものの10分にも満たない戦いは呆気のない幕切れを迎えた。

「あらら、逃げられちゃったよ! なんかすばしっこさだけは人並み以上だったね? 火力はそうでもないけど、このランタンでなければちょっと手こずるのかな? ま、何はともあれどっちもいいパイロットだよ、このぼくの見立てによるならば♡」

 逃げ去る敵のアーマーたちを見送りながら苦笑交じりにホッと息をつくクマ族の青年パイロットだ。これにはきはきとした口調のメカニックマンが通信機越しにねぎらいの言葉をかけてくれる。

「おつとめ、ご苦労さまでした! 少尉どの。被弾は確認しておりませんが、どうぞお気を付けてお帰りください。星は取れませんでしたがとてもいいデータが取れたものと思われます。おいしいお飲み物を用意しておきますので、寄り道などはなさいませんように」

「うん、ありがとう。とびっきりに冷えたおいしいカフェオレでも用意しておくれよ。たっぷりとしたとっても甘いヤツをね! それじゃ、これよりベアランド機、母艦のトライアゲインに向けて無事に帰還しますっと! めでたしめでたしだね♡」

 広く晴れ渡る青空のした、全身緑色のでっぷりと不細工な見てくれした大型アーマーが悠然とその帰路につく。

 それまで戦いがあったのが嘘のような穏やかなさまでだ。

 果たしてそれはほんのつかの間、嵐の前の静けさのごとくしたかりそめの平穏であったか。

 Part3

 母艦であるトライ・アゲインに帰還したクマ族の少尉、ベアランドを待ち受けていたのはくだんの同じクマ族の青年メカニックマンのリドル伍長であった。

 アーマーのコクピットハッチを開けるなり、そこにすかさず明るい笑顔で出迎えてくれる若い専属チーフメカニックに、こちらも明るい笑顔で応じるエースパイロットだ。

 ハッチから半身を乗り出した顔の前にスッと突き出された飲み物入りのボトルを反射的に利き手で受け取って、コクピットから全身を抜き出すとそれをそのままグビグビと一息に飲み干すでかいクマさんである。

「おっ、ありがとさん! んっ、んっ、んんっ、ん! ぷはあ、おいしいね! リドルの煎れるカフェオレは絶品だよ♡ お砂糖の加減も実にいいあんばいだしね!」

「はっ、ありがとうございます! 任務、ご苦労様でありました。あとはこちらですべて引き継ぎますので、何かこれと気になった点はありましたでしょうか? あとンクス艦長より、後でブリッジに上がってくるようにとの要請がありました。今後のことについてのお知らせがあるとのことで?」


「ありがとう! そうかい、おおよそはこれから合流する予定の増援部隊についてなんだろうけど、楽しみだね♡ それじゃ早速顔を出してこようかな? ん、まだシーサーの機体は戻ってないんだ? あの勝手にリニューアルされちゃったヤツ??」

 飲み干したボトルをまた受け取り直すクマの青年機械工は、見上げる大柄なクマのパイロットにまたはきはきとした返答を返す。

「はい! ウルフハウンド少尉どのは本艦の周囲を索敵警戒中、ついでに機体の稼働性能実験も兼ねたモニターの真っ最中だと思われます。あいにくこの担当はじぶんではなくビーガル副主任なので、詳しくはわからないのですが……!」

 了解するクマの隊長さんは苦笑い気味にうなずく。

「ああ、あのでかいクマのおやじさんね! シーサーとはそりが合わないみたいだけど、じきに仲良くなれるんじゃないのかな。なんたってリドルとおんなじ、あのブルースのおやっさんのお弟子さんだったて話だから、腕は確かなんだしね♡ シーサーもそんなに分からず屋じゃありやしないさ!」 

「はい! じぶんもそのように思います。それではこの場はこのじぶんが引き継ぎますので、ベアランド少尉どのはメディカルルームでお休みになってください。チェックは必ず受けるようにとのこちらは軍医どのの要請でありすので。じぶんが怒られてしまいます」

「ああ、あの陽気なおデブのおじちゃん先生か! おんなじクマ族相手だと力の加減がまるでやってもらないでちょっと痛かったりするんだよな。ま、そっちには後で行くって言っておいてよ、先に肝心のブリッジ、あの強面のスカンクの艦長さまのほうを済ませてくるからさ! それじゃあとはよろしくね♡」

「了解!!」

  最新鋭の大型戦艦の船底に位置するアーマーのハンガーデッキから、この最上階に相当するブリッジ、本船を指揮する責任者である艦長がいる第一艦橋まで歩いてたどり着くのはかなりの骨だ。階段なら優に数百段とあり、タラップなら気が遠くなるような頭上を見上げてこれをひたすらよじのぼらねばならない。

 よってショートカットとなるこのデッキ部から艦橋まで直通の専用エレベーターでそこに向かうクマ族のパイロットだった。
 これを使えるのはごく限られた一部のクルーのみだ。
 パイロットなら正、副隊長以上、メンテナンスの人員では艦橋から許可が降りねば原則利用禁止。

 高速エレベーターはものの十秒足らずでおよそ100メートルの高低差を駆け抜けてくれる。

 音もなく開いた扉の先には、広い通路ごしの真正面に艦橋への大きな専用気密シールド隔壁、大きく「01」と数字の描かれた両開きのスライドドアがあった。

 人気のない通路を大股の三歩で横断。


 するとあらかじめ登録してあった本人の生体認証でその到着を感知したドアが耳障りでない程度のおごそかな音を立てて左右へと開かれていく…!
 わざわざこんな音がするのは振り返らずとも艦橋への出入りがあったことを察知させるための措置なのだろうと思いながら、ずかずかとこれまた大股で中へと踏み込むクマ族の隊長さんだ。

 戦闘態勢の解かれた平時のブリッジ内は明るくて平穏な空気に満たされていたが、いつもなら入るなりに方々から掛けられてくるクルーたちの挨拶がないのにふと首をかしげるベアランドだ。
 みんな息を潜めているのか、誰もこちらを振り返らずにみずからの職務に専念、しているように見せかけてその実、この注意はどこかあさってのほうに向いているようにも見える…??

 なおさら首を傾げさせるクマ族だが、あたりを一度見渡してそこでまっすぐ正面に捉えたものにしごく納得がいく。


「ああ、なるほどね…! うちのボスが例のワケあり艦長さんと通信中なのか。なんか不穏な空気かもしてるけど、さては何を話してるのかね?」

 その場でぴたりと足を止めて頭の上のふたつの耳をそばだてるベアランドだ。不用意に話しかけて会話を中断させるより、盗み聞きしてやろうとにんまり顔で気配を押し殺す。

 艦長席にどっかりと陣取った椅子からはみ出した大きなシッポが特徴的なスカンク族の老年のベテラン艦長は、ついぞこちらを振り返ることはなかったが、それが見上げる正面の大型スクリーンの中で大写しとなる相手の艦長職らしき中年の犬族は、こちらをちらとだけ一瞥してくれたようだ。


 さては感づいているものか?

 相変わらず抜け目がなくていやらしいおじさんだな!と内心で舌を巻く。

 自然と苦笑いでしばしの沈黙からやがてスカンクの艦長がもの申すのに周りのクルー同様、黙ってこれにじっと耳を傾けた。

「……しかしだな、当該戦域の指揮を任されている責任者がいまだ雲隠れしたままと言うのは、現場の指揮にも関わるものだろう? 新型の戦艦戦力を温存したいのはわからないでもないが、指揮官としてはその姿を示してしかるべきものだよ……!」

 どこか浮かないさまの口ぶりしたベテランだ。
 そうたしなめるようにして頭上のモニターへと問いかける。
 そこに顔面度アップで大写しの白い毛並みの犬族は、こちらもいささか暗い顔つきして視線をどこかあさってへと向けて返すのだった。

「いやあ、こちらもいろいろと理由(わけ)ありでして……! 姿を見せたいのはやまやまなのですが、肝心のアーマー部隊がろくすっぽ稼働できないありさまで。面目ない。先生、もとい、ンクス艦長の応援をいただいてまことに感謝することしきりです。ついでに優秀なアーマー部隊も少し分けていただけたらば、感謝感激雨あられなのでありますが……?」

 ひょうひょうとした口ぶりでおまけのらりくらりとした言い訳をモニターのスピーカー越しに垂れ流してくれる犬族だ。
 言葉ほどには申し訳なくも感謝しているようにも思われない。
 それを察しているらしいこちらのスカンク族も冷めた調子でまた返す。背後で聞くクマ族、ベアランドは思わず吹き出しそうになるが、どうにかこらえて艦長席の影ごしに正面モニターの切れ者艦長のしれっとした顔つきをのぞいていた。


「パイロットを選り好みしすぎなのだろう、しょせんキミは? みずからができるからと言って、それを他者にまで求めてばかりいては誰もついては来られまい。加えてそう、己の本心をこれと明かさないとなればなおさらだ……」

「いやあ、なんでもお見通しなんですなあ、こいつはまいった! 確かに返す言葉もありません。艦はこれを本拠地としているから隠していたのですが、心強い援軍があるならば今後は堂々と顔を出せるでしょう。話じゃ、ほかにも援軍はあるようだし?」

「うむ。キミの古くからの戦友であったよな? ならばアーマーの補充はそちらに頼めばよいのではないか? あいにくこちらにはその余力がない」


「はあ、しかしながら同輩には極力、借りをつくりたくないのでありますが。あいつはがめつい。食欲から性欲から、何かと欲張りなのはよくご存知でしょう? そのせいもあってかこのクルーもクセが強いヤツらばかりだし」

 淡々とした会話の中にどこかピリピリとした空気が漂う……。

「ふうーん、あのおじさんもこっちに出張って来るんだ? なんだか騒がしくなりそうだな♡」

 話の流れから誰のことなのかおおよそで想像がつくクマ族の隊長さんは、したり顔してこのまあるい頭をうなずかせる。
 そろそろ出てもいいもんかなとタイミングを見計らった。

「腕のいいパイロットといいアーマーはできればセットで保持したいものです。戦場では何かと不足しがちなものではありますが。わたしは部下が無駄に命を落とすことがないようにこのあたりには特段に気を遣っておりまして、そのせいで今回のような不足の事態を招いたのはまことに遺憾であります。そのあたり、折り入って頼みがあったのですが、今はとどめておきます。いらんクレームを付けて来そうなくせ者がいるようなので……!」

 あ、やっぱりバレてる……!

 モニターの中の犬族の艦長さんが何食わぬさまして、そのクセしっかりとこちらに視線を向けているのに苦笑いが一層濃くなる大型クマ族だ。するとやっぱりこれを察知していたらしいスカンクがこちらを見もせずに言ってくれる。

「出てきたまえ、ベアランド君。この彼はキミも旧知の仲だろう? そちらに増援として行く必要もあるかもしれない、今のうちに顔合わせをしておいたほうが話がスムーズにゆくだろう」

「おっ、さすがはせんせい! よくわかってらっしゃる。おい、出てこいよでかグマ! じゃなくてベアランド、だったか?」

 でかグマ……!

 ひさしぶりに耳にする呼び名だった。
 これを口にするのは頭上の有名軍人さま以外にはいない。
 かくてふたりに促されて仕方なしに顔を出すそれは大柄な熊族の隊長さんだ。苦笑いして真っ向からモニターの中の艦長職と向き合った。



「あはは♡ こいつはまいったな、ぼくのこと覚えててくれたんだ、教官どの? 悪漢ジーロ、もとい、ジーロ・ザットン大佐どの? 性格ぐれてる鬼教官どのが、現場に復帰されたとは聞いてはいたんだけど。まあ、あんまりいいウワサは聞かないよね!」

「おかげさんでな? 生意気な生徒に好き勝手言われて、そのままおめおめと引き下がるほどにはひとができていないんだ、このぼくは。言うだけのことがあるものか、きちんとこの目で拝ませてもらいたいもんだし。そちらさまはとっても優秀な戦績を納めているらしいな?」

 最後のは皮肉なんだろうと受け流しながら、苦笑いで応じる。

「それはどうだか? ご想像にお任せするよ。だからってまさかこのぼくをトレードしようだなんて言いやしないよね、腹の内がさっぱり読めないこのやり手の艦長さんときたら?」

「ふん、それほどとぼけてもいないさ。どうせならもっと従順で扱いやすいヤツのほうがいい。おまえさんのようなやることなすことおおざっぱで力任せなクマ族よりは、そうさな、慎重でありながら機敏でかつ鼻の効く、ま、このおれのような犬族あたりがベストなんだろうな」

「?」


 何か含むところがありそうな言いように、隣の艦長席のスカンクとちょっとだけ目を見合わせるクマ族だ。
 小首をかしげながらにぼそりと小声で隣に声を掛ける。

「犬族? ああ、そういやそんな新人くんたちがじきにこっちに来るんだっけ? このぼくの部隊に配属される予定の??」

「うむ。今日中に合流の予定だが。まったく抜け目がないことだ。機密情報をどこで聞きつけてくるものやら…!」

「フフ、まんまと横取りされないよに気をつけないとね! まずは新人くんたちをしっかりと歓迎してあげないと」

「そのあたりはキミに一任する


「了解♡」

 そんなしてふたりでごにょごにょとやっていたら、モニターの向こうの犬族が何やら浮かない顔してしれっと言ってくれる。

「ああ、まあそのあたりのことは後々に。その前にそちらの隊長どのには新人くんたちを引き連れて、一度こちらに顔を出してもらいたいもんだ。よろしいですよね、先生? こちらも丸裸でこの艦を敵にさらすわけにもいかない都合……」

「丸裸?」

 どういうことなんだと右手の艦長席のンクスに改めて目を向けるが、大ベテランの艦長はさてと肩をすくめさせるのみだった。
 そこにフッと鼻先で笑うみたいなノイズを残して白い犬族がおもむろに敬礼してくれる。

「では! 久しぶりの再会、まことにうれしく感慨深く思います。とりあえずそっちのパイロットも含めて。互いの健闘と勝利を祈りまして、今回の通信を終わらせていただきます。あと、アーマー部隊はすぐにでも遣わせていただきたいものであります。でないとこちらの身動きがとれませんので……では」

 何やら好き勝手なことをひとしきりほざいて相手の犬族の艦長からの通信は一方的に閉ざされることとなる。
 しばしの沈黙の後、クマ族の隊長はおおきく左右の肩をすくめさせる。

「まったく相変わらずだよね、あのおじさん! いいトシなんだからもうちょっと丸くなってもいいもんなのに」

「キミのひとのことは言えないのではないか? まあ、ある意味打って付けなのかもしれないが……」

 こちらも多分に含むところがありそうな物言いのキャプテンに、当のチーフパイロットはあっけらんかと応じてくれる。

「何が? そう言えば艦長はあのおじさんの直属の上官だったりするんだよね、その昔は? だったらぼくって孫弟子あたりにあたるんだ? あんまり自覚がないんだけど」

「なくてよろしい。今の話の流れでもう伝えるべきことは伝わったはずだ。それにつき何か質問はあるかね?」

 真顔で問うてくるンクスに、のんびりしたクマの隊長さんはさあと頭を傾げさせる。

「まあ、例の新人くんたちはこっちで引き受けちゃっていいんだよね? ブリッジにもしょっ引いて来いって言うんなら、連れてくるけど、いざ現場方の最高責任者さまがお相手とあっては、きっと震え上がっちゃうんじゃないのかな♡」


「その必要はない。すべてキミに一任する。言ったとおりだ」

 まったくしゃれっ気のない冷めた顔の艦長に内心で肩をすくめるクマさんだが、折しもそこで静まり返っていた周りのオペレーター陣にちょっとした動きがあったようだ。

 不意の電子音とともにいくらかの応答を交えて、中でも特に見覚えのある犬族の男がすぐさまこちらに振り返って報告を入れる。

「艦長、増援部隊、ビーグルの新型が二機、まもなく艦に合流するとのことであります! 受け入れは二番デッキでよろしいでしょうか?」

「うむ。両機とも、大いに歓迎すると伝えてくれ」


「お、新型のビーグルか! それって例のアレだよね? 何かと問題ありってうわさの♡ ちょっと見るのが楽しみだな、もちろん新人のパイロットくんたちもだけど! それじゃ早速、ハンガーにとんぼ返りして出迎えに行ってくるとするよ」

「ああ、アーマー単体の長旅だったのだからまずは休ませてやるといい。部屋は用意してあるはずだ。あとキミも、ちゃんと休養を取ることだ。パイロットとしてはこれもまた重要な責務ではあるのだからな?」

「了解♡」

 くるりときびすを返してブリッジを後にするアーマー部隊隊長だった。艦長からの忠告に軽く右手を挙げて答えながら、さてこれから忙しくなるぞっ!と舌なめずりしてズカズカと来た道を戻っていく。
 やがて艦に合流することになる増援部隊のありさまに想定以上の驚きがあることをまだ知らない彼だったが、波乱に満ちた戦いの予感は心のどこかにはもうすでにあったのかもしれない。


 以下、#011へ続く…!



 


Part3の流れ、プロット
ベアランド、母艦トライアゲインに帰還。
リドルの出迎え。
ウルフハウンドはまだ出撃中。くだり~
ベアランド、ブリッジに上がる。
艦長、ンクス、戦域統括官のジーロと通信中。
ベアランド、艦長と会話。
援軍の説明。
#011へ~…


 





 ドラゴンフライの兵装
 ミドルレンジのハンドガン
 ショートブレード
 胸部装備 実弾カノン
 頭部装備 レーザーカノン



状況
 ベアランド ランタンのコクピット内から
 リドルと交信
 ジーロ・ザットン ダッツとザニー
 モーリィ、リーンと交戦この

記事は随時に更新されます(^o^) 応援よろしく!

プロット

モーリー リーン 登場
ベアランド隊と会敵



カテゴリー
Lumania War Record Novel オリジナルノベル SF小説 ファンタジーノベル ルマニア戦記 ワードプレス

ルマニア戦記/Lumania War Record #009

#009

Part1

 ハンガーデッキでのすったもんだから、およそ二時間後――。

 スカンク族のベテラン艦長から、内密の話があると密かに招集をかけられていたアーマー部隊・正隊長のベアランドだ。

 それだから今は艦の艦橋(ブリッジ)もその真下にある、第一ブリーフィングルームで相棒のオオカミ族、メカニックの若いクマ族らと共にこれを待ち受ける。

 軍でも最大規模の新造戦艦だ。

 おまけ艦内でも一番の広さの会議室内には、およそ100人くらいは収容できるだろうテーブルと椅子があったのだが、そこに腰掛けるでもなく三人だけでぽつんとその場に立ち尽くしていた。

 ややもすれば、今は無人の壇上に、小柄な初老の紳士然とした本艦艦長どのが現れるはずだ。

 無機質な灰色の壁に掲げられたデジタルとアナログ式の時計は、どちらも約束の時間を少し過ぎていることを指し示していた。そちらにちらりとだけ視線をやって、ちょっと苦笑い気味に茶化した言葉を発する青年パイロットだ。

「あらら、約束の時間になっちゃったよ。やっぱりこんなでっかい軍艦の艦長さんともなると、いろいろと忙しいもんなんだな? こっちもこんなラフな格好できちゃったけど、別にかまわないよね♡」

 朝の荒くれた現場に顔出しした都合、はじめはしっかりと着込んでいたはずのパイロットスーツを、今は簡易式の状態に軽量化させているのを指しながら、隣でやや仏頂面のオオカミの同僚、ウルフハウンドに問いかける。
 すると朝っぱらのゴタゴタからまだ不機嫌面の灰色オオカミは、そんなしたり顔したクマにどうでもよさげに返した。

「構わねえだろ。俺だっておんなじ格好だし、身軽さにこだわる犬族のワン公どもなんてな、みんなアーマーに乗り込む時だってこのまんまがザラなんだぜ? 言うヤツに言わせれば、このスーツ自体がもう時代遅れのシロモノだなんて言うくらいだしな」

「ああ、よその戦艦じゃ、今時はみんなそれなりこだわって専用のスーツを仕立てているって言うもんね? 艦長さんの趣味嗜好とかでさ?」

 脳天気に笑う隊長に、またこの傍らの若いクマ族が目を丸くして言葉を発する。

「そうなのでありますか? 国や地域によってそれぞれ特色があるのは知っていましたが、おなじルマニアの軍の内部でもそんな違いが? でも自分としては、アーマーに搭乗する時はしっかりとした保護パーツを付けることをおすすめします!」

「ああ、これのいかつい胸当てと肩のパーツがこんな風に外れるなんて、はじめ知らなかったもんね。あ、でもそういうリドルこそ、そんなチャチなノーマルのスーツじゃなくて、ちゃんとしたパイロット向けのやつを仕立ててもらわないと! 補給機とは言え戦場には出るんだから、そこらへんはね?」

「あ、いえ、じぶんはあくまでただのメカニックでありますので、このままで……」

 細身で体力にいささか自信がないからか、途端に遠慮して頭を引っ込めるのに、体力自慢のでかい図体のクマの脇から、痩せたオオカミがのぞき込むようにして大きな口を開く。


「とか言いながら、おまえさん、しっかりとホシを取っているんだろう? 立派なパイロットじゃねえか! だったら身なりもそれなりにしておけよ、そのほうが何かと箔が付くだろう」

「いえっ……」

 すると何やらやけに浮かない顔のメカニックに不可思議そうなオオカミの副隊長だが、あいだに挟まれたクマの隊長はかすかに肩をすくめさせるのみだ。

「ふうむ、ちょっと考えなくちゃいけないんだろうな……! おっと、ようやく艦長どののお出ましだ! てか、ひとりきりなんだね。こんなに見てくれでっかい軍艦なんだから、副官のひとりくらいいてもいいはずなのにさ?」


 ベテランの艦長が無言で会議室の壇上に上がるのを見ながら不思議そうなベアランドのセリフには、この横からオオカミが若干揶揄したような調子で返す。

「ふん、よもや艦長がスカンクじゃ、誰も怖がってこの横に立ちたがるヤツがいないじゃねえのか? 犬族なんてみんな逃げ出すだろう。俺もまっぴらだしな!」

「そんな……! あれって世間でも名の知れた軍人さんじゃないか? 確かに鼻が利く人間はあんまり相性良くなさそうだけど、だからってね。あっ、でも確かここのブリッジのオペレーター、いかつい防毒マスクを身につけていたのがいたけど、あれって犬族だったっけ??」

 ひそひそ話をしていたのが、どうやらあちらにも聞こえていたらしい。かすかに咳払いして何食わぬ顔のスカンクの艦長どのだ。

「んっ、待たせて済まない。今はなにぶんにひとりだけなので、何かと手間を食ってな。そう、本来は犬族の優秀な副官がいるのだが、今はあいにくとよそでいろいろと調整中なのだ。いろいろと根回しというものをだな。ところできみたち、そんなに距離を取らないで、もっと近くに来たらどうなんだ?」

 暗に言い含めた言葉付きにまたこの肩をすくめる隊長さんだ。
 隣のオオカミが絶対にここから動かないと全身で拒否しているのにまた肩をすくめて、仕方もなしに曖昧な返答を返した。

「ま、どうかこのままで。お気を悪くしたなら謝るから。わざわざぼくらだけ呼んで話すってことは、それなりの機密事項なんだろうけど、なんとなく予想はつくしね? おおざっぱな今後のスケジュール、こんなカンジだから覚悟してくれって??」


 上官に対するにはいささかゆるくておまけ鷹揚な態度をしたでかいクマに、それを気にするでもない小柄なスカンクのおやじさんは背後のひときわおおきなシッポを一振りすると真顔で返す。

「ふむ。察しがいいな? そこまでわかっているなら手間は取らせない。なにかと機密が多い本艦ではあるから、この動向をあまり声高にアナウンスするわけにもいかないのだ。今は最小限度の人間で共有するだけでよしとして。だがベアランド隊長、私が招いたのはきみとウルフハウンド副隊長のみで、そこの若いクマ族くんまでは呼んだ覚えはないものだが……」

「ああ、この子は多めに見てあげてよ。こう見えてぼくらとおんなじ戦場に立つパイロットでもあるし! メカニックの頭を張る都合、今後のことは極力知っておいたほうがいいはずだから。大丈夫、信用できるのはこちらできちんと保障するから」

 でかい隊長の隣で身を小さくするクマのメカニックマンだが、もう片方のオオカミの副隊長は無言でうなずいてくれる。
 これに初老の艦長どのもまた無言でうなずいた。

「良かろう。では手短に話す。説明は一度しかしないので心して聞いてくれ。まず本艦の今後の予定、この進路についてなのだが……」

 言いながらスカンク族が背後に視線を巡らせるのに、自然とそちらに視線をうながされる三人だ。背後にはおおきなスクリーンがあって、真っ白だったそこに見慣れた大陸のある一部地域の拡大マップらしきが映し出される。

「今わたしたちがいるのが、このルマニア大陸西岸の第三軍港なのだが、本日中にここから南へと艦を発進させる。本格的な作戦行動に移るためにな」

「この艦が建造されていたのが、第七軍港だよね、おなじく西岸の? もろもろの都合で一度は北上したわけだけど、目的地はまったくの反対方向だったんだ。てことは……!」

 納得したさまのクマ族がくれる意味深な目付きに、真顔でうなずく艦長はさらに重々しげにこの言葉をつなぐ。


「大陸外での特務作戦だ。本艦、トライ・アゲインは中央大海、セントラル・オーシャンを南西寄りに南下、その先の第三大陸・アストリオンへと向かう。作戦の詳細は後日改めて通達するが、心しておいて欲しい。だがその前に、やるべきことがある」

「? アストリオンか、いわゆる『南の大陸』ってやつだよね? 本格的な軍事作戦をよそでまで展開するのはあまり乗り気になれないけど、直接『西の大陸』に行かないのだけはホッとしたよ。でも南に下るのには、それってちょっとした関門があるよね」


 相手の言わんとすることおおよそで了解した顔でも顔つきどこかビミョーなさまのベアランドに、隣からウルフハウンドがこちらもおおよそ納得したさまで言ってくれる。

「海上の拡大領地、『ギガ・フロンティア』ってヤツか? 海の上に無断でやたらでかいフロートベースをいくつも建造したのはいいもの、返ってごちゃついて今では敵さんのいい隠れ蓑になっちまってるっていう、あれだろ?」 

「過去の苦い経験から、軍事施設を人里離れた海上に建設したまではいいものの、四方を海に囲まれた要塞はデメリットばかりが目立つのだろう。かなりの苦戦を強いられているらしい」

「つまりはいざ考えなしの拡大路線がまんまと破綻しちゃってるいい例なんだろう? 放棄しちゃったら敵の前線基地にされちゃうし、いっそ海の底に沈めちゃえばいいんじゃないのかな?」

 歯に衣着せぬ言いようには、少しだけ眉をひそめる艦長だ。
 これにでかいクマの隊長が野放図な放言かましてくれる。
 いよいよスカンクの顔色が曇った。

「気安く言ってくれるな。そんなに簡単に沈められるような規模ではないのだぞ? それがいくつも海上に点在する、ある意味で本格的な戦闘行動向けの大規模演習地域だ」

「演習、じゃなくて、実戦だろ? なるほど、つまりはそこでこの艦のならし運転も兼ねての実戦行動をやらかすんだ。いざ南の大陸に向かうまでの演習を兼ねて? ぼくらパイロットやクルーの練度を上げるにはさも打って付けなのかね♡」

「うむ。ちなみにそちらでは人員の補充、アーマーの補強も予定している。次期主力機と目される汎用型の新型機種だ。パイロットの詳細はじきに隊長であるベアランドくんらのもとに届くだろう。目にしておいてほしい」

「期待できるのかね? 実戦での運用実績がおぼつかない新型機ばかりになっちまうんじゃねえのか、この艦のアーマーってヤツは??」

 いぶかしげに首をひねるオオカミ族に、ふたりのクマ族がのほほんとしたさまで応じる。

「さあ、これとセットでやって来る、パイロットくんたちの腕に期待ってところかな?」


「じぶんとしてもとても興味があります! 次期主力機は、確か完全飛行型の機体とのことですので。現行主力機のビーグル・ファイブの後継機だとかで?」

「ああ、そんな話だったっけ? いや、そっちはもっぱらビーガルのおじちゃんたちだとかが受け持つことになるんだろうけど。リドルはこっちのお世話で手一杯だろう?」

「とりあえずはここまでだが、質問があるなら答えよう。ないなら、解散だ。全員、ご苦労だった」

 かいつまんだ説明だけで終わった極秘のミーティングだ。
 しごくあっさりと会の閉幕を告げる艦長どのに、三人のクルーたちは無言で敬礼を返す。

 その日の夕刻、軍港を出発した巡洋艦は、沖合で大空へと浮上。夕闇の中を悠然と南へと向けて旅立つのだった。


 次回、#010へ続く…!

※まだ執筆途上です。随時に更新されます。(予定)


プロット
 ブリーフィングルーム ベアランド ウルフハウンド リドル       → ンクス艦長 今後の予定~ 
 ギガフロート フロンティア ロックランド
 アストリオン(南の大陸)